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7問目:先輩 / 後輩 ③





☆☆☆☆☆☆☆☆





「それでは、忘れないうちに返却だけしてきますね」


 公園から歩くこと約十分、わたしたちは地域ではそこそこの大きさを誇る図書館へと到着しました。

 地区センターと隣り合わせの図書館で、勉学生もさることながら小さい子供からご年配のおじいちゃんおばあちゃんまで幅広い世代が利用するこの場所で、わたしたちはそれぞれの読みたい小説を探すことになっています。


「……じゃあ、私も、探しに、行ってくる」


 最初は四条さんが当初の目的である本の返却に、次いで桜ちゃんもお目当ての本があるのか足早に動き出しました。

 さて、そこでわたしはというと――。


「……さて、どうしたもんか」


 小説と言ってもジャンルは幅広く存在する。

 恋愛、ミステリー、SF、過去の偉人の伝記物語、ある意味ではなんでもござれだ。


「そういえばわたしってどんなジャンルが好みなんだろう」


 正直言って、自分から好んで小説を買うようなタイプではない。

 元々誰かにおススメされた、あるいは善意で貸してくれた本を読むくらいで、とりわけ自分の好きなジャンルというのを考えたこともなかった。

 かといって読書が嫌いかと言われればそんなことはない。

 よく国語の授業で題材になるような物語は読んでいて好きだし、活字にも苦手意識などはない。


『友奈はテニスをしてる時が一番楽しそうだな』


 ただ、この言葉の通りなのだと思う。

 昨年から親しくなったおせっかいな先輩に送られた一言だが、この何気ない言葉はよくよくわたしの心に刻まれた一言になっている。

 好きなことに夢中で取り組んでいる自分が好きで、きっと周りの人よりも視野が狭くなっているのだけれど数少ない未来への可能性に手を伸ばし続ける明石友奈というわたし自身のことが好きで、だけど時間に限りがあるから拾うことの出来ない可能性もあるわけで。


「もしも先輩に出会ってなかったら、そういう未来もあったのかな」


 そう呟きながら、わたしは目の前の本棚に手を添える。

 今年から図書委員になったわたしにとって、山のような本は日常の光景のごとく当たり前の風景になっている。

 だけど今日は少し違くて、四条さんに自分の面影を重ねたからか、ほんの少しだけ感傷的になっていて。


「……なんか、らしくないぞ。明石友奈」


 そんな気持ちも何とか切り替え、わたしは前へと進んでいく。

 なんてことはない。ただ読みたい本を借りに来ただけなのだから。ただそれだけの話である。





☆☆☆☆☆☆☆☆





 とはいえ、なかなか思うように読みたい本というものが見つからない。

 少し前に流行った映画の小説だったり、わたしでも知っている著名人の書いた話題の作品、あるいは賞を受賞した物語。

 本棚には色々と作品が並ぶものの、どれを手に取っていいか今一つ分からない。


「どうですか明石さん。良さそうな本は見つかりましたか」


 そんな風に迷っていたところ、すぐ後ろから四条さんが声をかけてきた。

 その手には既に数冊の本を抱えており、もしかしたら彼女の用事は既に済んでいるのかもしれなかった。

 ――そうだっ!


「あー、なかなか読みたいなーって本が見つからなくてね。どう四条さん、何かおススメとかないかな」

「おススメ、ですか?」

「うん。どんなジャンルでもいいんだけど四条さんが面白いと思った作品とか教えて欲しいなーって」

「うーん、そうですね……」


 やはりここは本に詳しい人に聞くのが良いと判断したわたしは、迷うことなく四条さんのおススメを聞き出すことにする。

 それが結果的にわたしの好みに合おうが合うまいが、四条さんのおススメとあらば最後まで読み切ることが出来るだろう。

 なんて、そんな安直な考えが半分と、残りの半分は本当に四条さんのおススメというのが読んでみたくて。


「……分かりました。それではわたし一押しの作品をご紹介いたします」


 四条さんはそう言い残すと、ついてきてくださいと言わんばかりにあるジャンルのコーナーへと移動を始めた。


「……文芸作品?」


 印象としては、どんな作品があるのだろうと、あまりぱっとは想像がつかないジャンル名だった。


「全然有名な作品とかではないのですが……あるかなぁ」


 本棚の並び方がタイトル順というわけでもなく、法則性のない中で四条さんは本を探し始める。


「あ、じゃあわたしも探すのを手伝うから。なんてタイトル?」

「すみません、お願いします。タイトルは……」


 そして始まる作品探し。

 結構な広さと高さを誇る本棚から作品を一つ見つけるのはなかなか手間である。

 

「うーん、見当たらないなぁ。そっちはどう?」

「……そうですね。あるとしたらここらへんだと思うのですが」

「……なに、してるの?」


 ふと気が付けば隣に桜ちゃんが立っていた。


「本を探してるんだけどさ。なかなか見つからなくて」

「……本? 検索機とか、調べてみた?」

「あー、そうか。その手があったね」


 普段図書館になんて来ないからそういう便利なものがあることをすっかり忘れていた。

 実際ここまで探してないのだから、もしかしたら在庫がない可能性もあるだろう。


「四条さん、わたしちょっと機械で検索してくるよ」

「……えぇ、ただ……あっ、ありました!」


 ちょど良いというべきか、ナイスなタイミングで四条さんは本を見つける。


「これです。この本です。……良かった、見つけることが出来て」

「そんな大げさな。って結構細い本だね。これくらいならあっさりと読めそうかも」


 四条さんから本を受け取った私はパラパラとめくり始め、そのページ数の少なさに驚く。

 二百ページと少し、こんな細い作品というのも存在するのか。初めて知った。


「はい。ページ数が少ないので普段本を読まない方にもおすすめの作品です」

「へぇ、これが四条さんのおススメかぁ」


 本を閉じて表紙を見ると、そこにはタイトルが書かれていた。


「『隣にいないあなたへ』か。……ん? 聞いたことあるようなないような」

「そうなんですか? そこまで有名な本ではないのですが一時期話題になった本ではあるので、もしかしたら耳にしたことがあるのかもしれませんね」

「そうなんだ。作者は……『有栖鈴』? こっちは聞いたことないかな」

「……えぇ、無名の作者さんで、世に出された作品はその一冊だけのようです」


 とても作風が好きなんですけど残念です、そんな風につぶやく四条さんを見て、わたしは本当に彼女がこの本を好きなんだろうなと感じ取ることが出来た。

 もう少し親しくなったら、そういう経緯でこの本を手に取ったのかなんて背景なんかも聞くことが出来るのでしょうか


「ありがと。そしたらこの本を借りてくるよ。四条さんも一緒に行く?」

「はい。わたしも行きます。氷室さんも行きますか?」

「……うん、行く」


 わたしが一冊で桜ちゃんは二冊、四条さんに至っては三冊と、それぞれが読みたいと思った本を抱え持ち受付へと向かう。


「……そういえば、さっき、この近くで、遊ぶ場所があるって、話をしてた」

「おぉ、よく覚えてるね。ここさ、隣に体育館があってね。卓球とかバドミントンとか出来るんだよ」

「……すごい。そんなこと、できるの?」

「うん、出来るよー。そうだ四条さんもよかったら遊んでいかない?」

「え、よろしいのですか?」

「全然大丈夫だよ! むしろせっかくだし遊んでいこうよ」

「あ、ありがとうございます! わたし友達とこうして遊びに行く機会なんてなかなか無くて……」


 良き良き。せっかくの機会に交友を深めようじゃあないですか。


「あ、でも運動するような服装ではないのですが」

「うーん、まぁ平気でしょ。男子とかいなければそのままでも」

「そ、そういうものなのですか?」

「……いや、友奈ちゃんが、おかしいだけ」


 冷たい桜ちゃんの言葉に少し傷つくわたし。

 そうなのかな、変なのかな、などと悲しみに暮れていいたところだが、ふとあることを思い出す。


「そういえば、本を借りる時ってカードとか作るのかな?」


 確か図書館カードみたいなものを作らなくてはいけなかったはず。

 受付前まで来ていたわたしは辺りを見渡し注意事項が記載されている看板を見つける。


「えーっと、あぁ、学生証があれば大丈夫っぽいね」


 わたしは鞄をあさり学生証を引っ張り出す。それを見ていた桜ちゃんと、四条さんも同様に鞄の中をあさり始める。

 運のよいことに二人ともすぐ見つけられる場所にあったらしく、ごちゃごちゃと鞄を荒らす前に見つけることが出来たようだ。


「……あった。大丈夫」

「わたしもあります」

「よし、それじゃあ行きますか」


 先ほどからこちらをちらちらと見てた受付のお姉さんに軽く会釈し、受付前まで足を運び図書カードの作り方を教えてもらう。

 その最中に受けた説明によれば本は一週間借りられるとのこと。暇なときに纏めて読め進められたらいいかな。


「はい。これで図書カードが出来たのでいつでも本を借りに来てくださいね」

「ありがとうございます!」


 丁寧に説明をしてくれたお姉さんに感謝の言葉を伝え、わたしたちはそのまま隣の体育館へと足を進める。

 

「……急に、行っても、場所がないとは、ならないの?」

「あぁ、さっき電話で予約したから大丈夫!」

「いつの間に……」


 面白そうな本は借りられたし、これから運動も出来るし、良き一日になりましたな。

 そんな満足感に浸っていたわたしは、ふと四条さんの鞄から何かが落ちそうになっていることに気が付く。


「ん? 四条さん、鞄から何か落ちそうだよ」

「え? あ、本当だ。ありがとうございます」


 四条さんが抜き取ったそれは、お手紙だった。


「手紙? ま、まさかラブレターってやつですか!」

「ち、違います。これはその……お守り、みたいなものです」


 少しよれた無地の封筒に、青みがかかった便箋のようなものが視界に入る。

 興味は惹かれるものの、あの感じではあまり踏み込まない方が良さそうだ。


「……私も、ラブレター、もらったこと、あるよ」

「え”」

「……今の声どうやって出しましたの?」


 ただこう、乙女の勘として恋バナセンサーが反応してるんだよなぁ。

 いつか話を聞ける仲になりたいと思いつつ、そんな未来に向かって今日のところは親睦を深めていきましょうかね。


「よーし、まず初めにわたしと桜ちゃんの勝負ね! よーしっ……ボコボコにしてやるよ」

「……嫉妬は、見苦しい。可哀そう」

「ほ、ほどほどにお願いしますわね。お二人とも」


 それでは本日のとりあえずの目標として、散々コケにしてくれた桜ちゃんを泣かしたるぜよぉぉぉぉ!


《了》

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