7問目:先輩 / 後輩 ①
「だんだんと熱くなってきたねー」
「……ねー」
「夏を感じるよねー」
「……ねー」
夏休み前の中間テストが無事終わり、疲れを癒すべくわたし――明石友奈は親友である氷室桜ちゃんを連れてお気に入りのコンビニへと向かい歩いていた。
きっかけはちょうどアルバイトのお給料も入ったことだしせっかくなのでアイスでも奢ってあげるよ、と桜ちゃんにお話をしたこと。
いつものようにすぐ返事は来なかったけど、少し嬉しそうな表情で賛成してくれた時は誘ってよかったと心底思ったものである。。
お互いなかなか予定が合わなかったりと実は一緒に遊びに行く機会が少ないわたしたちだけど、その分今日は遊び倒そうと約束し、現在に至るというわけだ。
「さーて、何しようか。桜ちゃんは? どこか行きたいこところない?」
「友奈ちゃんは、どこかいきたいところ、ないの?」
「もぉ! わたしは桜ちゃんに聞いたのにー」
「私に? それなら身体を、動かしてみたい、かも」
「……桜ちゃん、大丈夫なの?」
「……今日は大丈夫。調子は悪くない」
まさかあの桜ちゃんが運動を所望とは驚きだが、ふむふむさてどうしたものだろうか。
人より少し身体が弱く、なんなら連れ歩き過ぎると迷惑かと思っていた矢先の提案に、わたしとしてはどうするべきかを考える。
てっきり喫茶店とか、そういった静かな場所を想定していたもので――そうか、身体を動かしたいか。
「そだねー。例えばバッティングセンターでドカーン! とホームランを狙ってみたり」
「……バッティングセンターで、ホームラン」
「あとはボーリングでストライクを連発してみたり!」
「……ボーリングで、ストライクを連発」
「あ、今ってプールとか空いてたりしないかな。時期的にはそろそろだけど、どうだろう?」
「……プールで、水泳」
うーん、さてどうしたものか。
出来ることはいっぱいあるけどどれも決め手に欠ける気がする。
そんな風に考え事をしながら歩いていたわたしだが、気が付けば当初の目的地に辿り着いていたことに気が付く。
考え事をすると時間が過ぎるのってあるあるだよね。
「コンビニ、着いたよ」
「そだね。桜ちゃん疲れてない?」
「大丈夫。とりあえず、アイス食べよ」
「そだね。桜ちゃん好きなの奢ってあげるからね!」
「……スイカバー、あるかな」
「お、そういうのが好きなんだね。私もそれにしようかなー」
いつもより日差しも強く、学校からそこそこ離れた場所まで歩いてきたものだから結構汗までかいてしまった。
隣のを見てみれば疲れた顔はしてないけれど、早くアイスを食べたそうな桜ちゃんの表情を伺うことが出来る。
変わらずの無表情ではあるものの楽しそうな雰囲気を感じる。
桜ちゃんにしては少し珍しいかもしれない。
「さーて、どんなアイスがあるかなー……と?」
「……どうしたの?」
一歩先に店内に足を踏み入れたわたしは、そこで珍しい顔を目撃した。
何が珍しいって、それほど深い意味はないのだがわたしが知る中で最もコンビニが似合わないというか、その――。
「あら、奇遇ですね。こんにちは明石さん。氷室さん」
「……どうも、こんにちは」
「こんにちは四条さん。こんなところで珍しいね。ここ結構学校から離れてると思うんだけど」
四条紅葉さん。
物腰柔らかな雰囲気とその愛らしい容姿、真面目だけどやや抜けている性格が可愛らしいと評判で特に男子からの人気がとても高いと評判の同級生。
四条さんとは二年生で同じクラスになってから少し交流がある程度の関係だけど、前から少し話してみたいとは思っていた気になるクラスメイトだ。
「実はこの辺りに用事があったのですが、急に喉が渇いてしまって」
「そうなんだ。なんていうか、その――四条さんってコンビニとか来るんだね」
「あら? それはどういう意味でしょうか」
「いや悪い意味じゃないんだよ! そういうのじゃなくて、なんていうか似合わないというか、ではなくてっ!」
「……おちついて、友奈ちゃん」
なんというかこの気持ちは分かって頂きたいものである。
正真正銘のお嬢様である四条家のご息女がわたしの行きつけのコンビニにいるという、その衝撃たるや言葉にしがたいものがあるのだ。
この気持ち、伝わらないものだろうか。
「実は――というほどでもありませんが、わたしは結構コンビニとか行くんですよ。学校の帰りについお菓子とか買っちゃうんですよね」
やや引かれながらも私の疑問に答えてくれる四条さん。
その手には既に飲み物と一緒に小さなお菓子がいくつか握られており、これからレジに並ぶところらしかった。
「……それ、私も好き」
「え、そうなんですか? これ美味しくていつも買っちゃうんですよ」
「……わかる。私も結構、食べちゃう」
なにやら早速打ち解け始める桜ちゃんと四条さん。
寂しいからわたしのことを蚊帳の外にしないで欲しいものである。
「……四条さんは、どこに行こうと、してるの」
「この近くに図書館があると聞きまして。このスマートフォンの地図を見ながら歩いてきたのは良いのですが、実はどうにも道に迷ってしまったらしくて」
そう話しながら、四条さんは困り顔でスマートフォンを取り出す。
「どうにも昔からこういう機械に弱くて。苦手意識、みたいなものでしょうか」
「……わかる。私も苦手」
「もぉ、桜ちゃんは苦手なこと多いでしょ」
「そうかも」
四条さんに苦手なことがあるなんて初めて聞いたかも。
少し意外だった。
学校で見かける四条さんの印象としては何事もそつなくこなす女性、といった感じなので少し親近感が湧き始めてきた。
なによりコンビニに来るなんてわたしと全く同じではないか。
――よし、せっかくだし。
「四条さん、その図書館に案内してあげようか」
「え? 明石さん場所がお分かりになるのですか」
「そこはわたしもよく通ってた場所だからね。ここからそんな遠くないし。ね、いいよね桜ちゃん」
「うん。いいよ」
「でもそんな、お二方のご予定は大丈夫なのですか?」
「あぁ、全然大丈夫っ! ちょうどいま行き先を思いついたし、ちょうどその近くだから一石二鳥ってやつだよ!」
嘘ではなく本当のことだ。
ちょうど桜ちゃんの要望に応えられそうな場所を思いついたところで、ついでに四条さんとお話しできるいい機会だと思えばなんてことはない。
なにより桜ちゃんも多分わたしと同じ気持ちでいるのだろう。
少し話しかけたそうな雰囲気が見て取れる。
「あーでもその前に。ほら桜ちゃん、アイスを選ぼうよ」
「……忘れてた。四条さん。少し待ってて」
「――あっそうだ! どうせなら四条さんも選んでよ! 今日のところはわたしのおごりだぜ」
「え? ちょ、ちょっと明石さん?」
キョトンとする四条さんの手を引き、早速とばかりにアイスを選び始めるわたしたち。
お目当てのアイスを見つけて無表情ながら嬉しそうな様子の桜ちゃんと、最初は遠慮していたものの次第に割り切ったのか好みのアイスを選び始める四条さん。
それでわたしも食べたいアイスを探して――さぁ、いざ図書館へ行こうではないか。




