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6問目:幼馴染 / 幼馴染 Ⅱ ②





☆☆☆☆☆☆☆☆





「……はぁ…はぁ……はぁ…はぁ……」


 息を整えながら通路を歩き、ようやく目的地に辿り着けたという事実に安堵する。

 蛇口を捻り水を流す。手を濡らしのどを潤し、次に頭から水を被る。

 つい先ほどまで感じていた熱を冷ますかのように、それでいてその身体に籠る不思議な温かさを手放すのが少し惜しいことのようにも感じ、なによりその歯がゆい矛盾を自覚し、僕は誰に見られることもなく笑っていた。

 別になにかスポーツの大会に出ていたわけではない。ただ体育の授業で熱くなってしまい、ノリの良い男子どもと一緒につい盛り上がってしまっただけである。ただ、それだけ。


「……はぁ…はぁ…………ははっ」


 だというのに、少し全力で身体を動かしただけでこの満足感。僕はある種の欲求不満だったのかと自問自答する。

 足は、少し痛い。

 運動神経抜群の坂下(さかした)を相手に手を抜くことは許されず、自身の持ちうる限りの技術と戦略を以て臨んだ結果がこの有り様だ。

 まぁ、だからといって後悔など微塵もしていないのだが。


「……ま、おかげさまでよく分かったけどね」


 その代わり、僕は現実を知ることとなった。

 結局のところ、僕に激しいスポーツは難しいらしかった。

 家の方針で基より禁止されているとはいえ、その事実を知ってしまったことがなんだか少し辛くて、結局そんな時でも僕は笑うことしか出来なかった。


「……よし、戻らないと」


 体育の授業はまだ続いている。

 僕の出番はおそらく回ってこないだろうけど、さすがに体育館からいなくなったままでは先生からの心証が悪くなってしまうかもしれない。

 僕としては成績などそれほど気にしていないのだが、やはりというべきか父母の視線が厳しくなることだけは避けなければならない。お小遣いが減りでもしたらとんでもない大事件だ。

 僕は左足を少し叩き、支障がないと判断すると体育館へ向かい歩きだす。

 多少足を引きづっても先ほどの試合を見ていた人なら筋肉痛程度に思ってくれるだろう。

 事情を知られ同情されるのも面倒だが、なにより先ほどのような心躍るスポーツが出来なくなることの方がツライ。この秘密(・・)は何が何でも通しぬこうと心に決める。


「あら、こんなところでおサボりですの?」


 少し歩いたところで彼女に声をかけられたことに気が付き、僕は顔を上げる。

 同じ体育の時間を過ごしたにしては、あまりにも涼しげな顔をしている体操着姿の女子生徒。有栖川麗華さんの姿がそこにはあった。


「サボりなんて人聞きが悪いなぁ。少し水を飲みに来ただけだよ」

「あらそうですの? それにしてはずいぶん離れた場所まで来られたようですが」


 さすが、なかなかに厳しいところを突いてくる。確信はないけれど、もしかしたら足のことを感づいているかもしれない。


「ならそんな麗華さんはこんなところまで何の御用で?」

「えぇ、あなたを探しに来ましたのよ。先生に頼まれまして」

「……僕を?」

「まぁさすがに先ほどの試合の後ですから、おそらく心配なさったのでしょうね。あなた一言も告げずに体育館を離れたのでしょ?」


 なるほど、そういうことか。

 たしかに水飲みだけを考えるのであればもっと近くに水道がある。

 きっとそこを確認しに行った先生が僕の姿を見つけることが出来なかったので麗華さんに声をかけたといったところだろうか。


「それは悪かったね。ちょうどいま戻ろうとしていたところだって先生に伝えてよ」

「は? 伝えるって、リンさんは一緒に戻らないのですか?」


 眉を顰め怪訝そうな表情でこちらを伺う麗華さんに、どうしたものかと僕は考えついた一言を告げる。


「いや、せっかくだし少しゆっくりしようかと」

「……要はサボろうとしているわけですわね」

「いやいやそんな大それたことじゃないよ。でもほら、さっきの試合は思ったより疲れちゃったし」

「……ま、いいですわよ」

「え?」


 驚いた。

 サボるなんてよくありませんわー、などと言われて引っ張っていかれるのかと思ったけどそんなことはなかったらしい。


「僕が言うのもアレだけど……いいの?」

「あら、では先ほどの話は嘘ということですのね」

「いやいやいやいやそんなことはなくてね」


 慌てて納得させようとする僕と、溜息を吐き辺りを見回す麗華さん。

 ふと階段が目についたらしく、彼女は無言でそちらを指差す。どうやら座れと言ってるらしい。

 これ幸いにと大人しく座る僕。目に入らない位置で左足に気を使いながら腰を下ろし、そして彼女もその右隣に腰をかけてくる。――あれ?


「って、麗華さんは戻らなくていいの?」

「あら、別にいいではありませんか。たまにはこんな時間も必要ですわよ」


 素知らぬ顔であごに手をつき居座りを決めるザ・庶民派お嬢様。


「大丈夫ですわ。(わたくし)はリンさんを見つけられませんでしたの。いつまでに戻ってこいとも言われてませんから仕方がないのですわ。あぁ仕方がないですわー」


 ジト目で見る僕の視線など気にも留めず堂々のサボり宣言をかますとは、やるな麗華さん。

 まぁ、それならそれでお言葉に甘えようと、僕もゆっくりすることに決め込んだ。

 何をするでもなく階段に横並ぶ僕ら二人の姿は、もし見つかりでもしたら大目玉を食らうかもしれない。


「まぁその時はその時ですわ」

「だね」


 だけどまぁ、そういうことでいいのだそうだ。


「……………………」

「……………………」

「……久々に見ましたわ、あなたのスポーツをしている姿」

「……どう、格好良かったでしょ?」

「ま、そこそこですわね」

「えーなんだよそれ」


 ふと切り出す彼女の話に、僕もそれとなく答える。

 そのを切り出してくるとは思わなかったから、ほんの少しだけ驚いた。


「クラスの女子たちが騒いでましたわよ。良かったですわね。あなた、これから告白とかされるのではなくって?」

「それは光栄だね。参考までに誰が言ってたの聞いてもいいかな」

「は? 教えるわけないでしょうがこのスケベ野郎が」

「その怒り方は理不尽では?」


 いや別の意味でも驚かされたが。

 

「そもそもあなた、先ほどから視線がいやらしいですわ。……まさか女性の体操服に興味がおありなのでは」

「……えぇ、具体的にどこを見てたのか教えてよ。残念ながら記憶になくてさ」

「……女性になんてことを言わせようとしているのですか。この変態」

「……マジでどこを見てたというのさ」


 級友たちが真面目に授業を受けている(だろう)この時間に、僕らは何の話をしているのか。

 と、気になり時計を探そうとすれば、チャイムの音が耳に届く。

 どれくらいの時間をここで過ごしたのだろうか。十、いや十五分くらいかな


「さ、そろそろ戻りますわよ。さすがに先生に報告しないとマズいでしょう」

「そだね。それじゃあ行こうか」


 少し身体が冷え重たくなった腰を上げた僕らは体育館を目指し今度こそ歩き始める。

 少し休んだからか左足がだいぶ良くなったようだ。これなら違和感なく歩ける。


「……あまり無理はなさりませんように」

「え?」

「なんでもありませんわよ。ほら、急ぎますわよ」


 私の気にしすぎでしょうか、そんな独り言が聞こえたような気もするが気のせいかもしれない、ということにしておこう。

 きっとその言葉は僕に届かない方が良いものだと思うから。


「ところでリンさんはどのような言い訳をされるおつもりですか? 私は探していたという大義名分があるのですが」

「そうだねー。それじゃあ僕はそんな麗華さんの姿を見かけたから追いかけていたけど捕まらなかったってことにしようかな」

「ストーカーですの?」

「かもねー」

「あら、素直ですわね。熱でもあるのではなくて」

「あ、それいいね。保健室にいたことにしようかな」


 こんなバカみたいなやり取りの中でさえ、僕は彼女の優しさに触れている。

 本当は分かってる。なぜ彼女がここに来たのか。なぜ先ほどあんな話題に触れたのか。


 僕と彼女の関係性は、きっと普通ではないのだろう。

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