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5問目:幼馴染 / 幼馴染 ③





☆☆☆☆☆☆☆☆





 そして放課後。

 高校の部活動でテニス部を選択した(わたくし)はいつものように練習を終えた後、学友たちと別れ一人教室へと向かいます。

 さすがに汗をかいた後に制服を着る気にはなれず、体操服の上からジャージを羽織り、帰り鞄を持ちながら向かう足取りは、しかし決して重たいものではありませんでした。

 

「あら、まだいらっしゃいましたのね」

「暇だったからね。ついついのんびりしちゃったよ」


 いつもの無駄口から始まり、会話を始める私たち二人。

 実のところお互いに待ち合わせをしているわけではないのですが、ただなんとなく教室にいて共に過ぎし一緒に帰ると、そんな青春ごっこ(・・・・・)を楽しむことが私たちにとって細やかな楽しみとして数えられていました。

 立場上、こんなにゆったりとした時間をあとどれだけ送ることが出来るのかも分かりません。

 有栖川の家に生まれた以上やるべき事を心の芯に据え、人の前を歩き続けることを義務付けられた人生の中でこれほどのささやかな幸せを嚙みしめる権利は、きっと私にだってあってもいいでしょう。


「そういえば足は大丈夫ですの?」

「足? なんのことかな」

「とぼけても駄目ですわ。最後の坂本さんとのやり取りで、リンさん足を痛めたのではなくて?」

「いやー、よく見てるね」


 ふと思い出したかのような口調で、私はリンさんの足の安否を確認します。

 普段は飄々としたリンさんですが、ご自身の怪我や体調不良など平気で他人に隠し通せるという、その実とんでもない嘘つきな方なのです。

 先ほども平静を装ってはおりましたが、さてその胸中やいかにといったところでしょうか。


「あの試合の後、皆さんからは休まれていたように見られていたかもしれませんが、立ち姿が明らかに身体の重心が偏っていましたから」

「よく見てるよね。本当にさ」


 椅子に座っていたリンさんがこちらに向かって座り直し、左足を軽く曲げ上げて見せます。


「っていっても、本当に大丈夫だよ。別に激しい運動をしているわけでもないし、少し休めば問題ないよ」

「ですが……」

「ありがとね麗華さん。大丈夫、本当に大丈夫だから」


 さすがに心配しすぎだと言わんばかりに、少し苦笑い気味にリンさんが軽く膝を叩きます。

 こと足の怪我について私よりも詳しいはずのリンさんがそういうのであれば、私から言えることは何もございません。


「分かりました。ですが、今日はゆっくり足を休めてくださいね。くれぐれもランニングなどの運動はしませんように」


 ただまぁ、お小言の一つでも言わせていただきましょう。

 ほんの僅かでも、私を心配させた罰として。


「心配性だな、麗華さんは。そうだ、それより少し待っててもらってもいいかな?」

「あら、私たちは別に待ち合わせなどしていないのではなくて?」

「そういえばそうだね。そうだったかもね」


 それだけ言うと、リンさんは机に向かい文字を書き始めます。

 彼の趣味の一つに、文字を書くというものがあります。

 それは日記であったり小説のような物語――そしてお手紙。

 パソコンやスマートフォンのような電子端末を用いたものではなく、自身の手で何かを書くことが、リンさんにとってはとても大事なことなのだと以前聞いたことがあります。


「……………………」


 そして私はそんな何かに取り組むリンさんの横顔がとても好きで、ついいつも眺めてしまうのです。時折見せるこんな真剣な表情が愛おしく、つい悪戯したくなる愛らしさも相まって私の意地悪な性格をこれでもかと刺激してくるのです。

 ですが、同時に一つ抱いてしまう感情もありまして――。


「よし、書けた。お待たせしました。麗華さん」

「あらもういいんですの? どうでしたか今日のお手紙は」

「そうだね。近況報告っぽい感じかな。三カ月ぶりだからね、話したいこともいくつかあってさ」


 リンさんの生い立ちは少し複雑で、それ故に誰かを好きになる、あるいは好かれたいという感情が他の人よりも希薄な傾向にあります。

 例えばそれは私に対しても同じで、もしも私のことを好きかと問いかければ、彼は迷うことなく好きだと答えてくれるでしょう。おそらくそれは本心からの言葉で。

 ですが、文通相手であるシイさんに対しても心の中では似た感情を抱いており、結果として彼には好きな人(・・・・)が二人いるのです。もしくはそれ以上に。


「そうですか。最近は『シイ』さんもお忙しそうですが、返事がすぐ来るとよろしいですわね」

「うん、そうだね。この年になってまで顔も知らない人と手紙で文通なんて珍しいかもしれないけど。意外と続いているのが嬉しくってさ」


 相手の顔も住所も知らず、それでもリンさんは生前のお爺様との約束を律儀に守りお手紙を書き続けております。

 始めの頃は一週間に一通程度。それが二週間に、一カ月、二カ月と徐々に間は開くようになるものの、リンさんとシイさんの交流は今でも続いており、それが私にはたまらなく羨ましく思えるのです。


「シイさん、いつか会ってみたいな」


 そしてだからこそ、私には叶えたい願いが一つあります。

 それは、リンさんに『恋』とはどのようなものであるかを知っていただくこと。


「さぁそろそろ帰りますわよ」

「そうだね。帰ろうか。遅くなったし家まで送るよ」

「あらそうですか? ではお言葉に甘えて」

「ついでにさ、コンビニ寄っていかない? 僕お腹がすいちゃってさ」


 それは私かもしれませんしシイさんかもしれません。あるいは別のどなたか。

 勿論彼の恋の相手が私であればどれほどの喜びになりますでしょうか。ですが、悔しい気持ちもありますがそれ(・・)は後でも構いません。

 恋を、そして愛を知らない彼に知って頂きたいのです。

 この気持ちが、一体どれだけ素晴らしいのかということを。


「いいですけど、私は奢りませんわよ。ただでさえ今月は出費も多いと言いますのに」

「そんなまるで人がいつも強請っているような言い方を。あれ、でも珍しいね。麗華さんが節約なんて」

「失礼ですわね。私だって節約くらいしますわよ。その、今年は色々と準備するものが重なっているものですから」

「まぁ僕ら高校に入ったばっかりだからね。……ん、準備?」

「…………なんですの、その視線は」

「いや、この時期に準備っていうと……もしかして麗華さん少しふと」

「あらこんなところに大きなゴミ虫が」

「うべぇ!!」


 人様の顔を手で叩いたのなんていつ以来かしら? 間違えましたゴミ虫でしたわ。


「なにするのさ麗華さん! 図星っ!? 図星だからビンタしたのー?」

「あら減らず口が止まりませんわね。いいですこと。例え真実であろうがなかろうが女性に言ってはならない言葉というのがございますのよ。そしてあなたはそれを今口にしようとしましたわね」

「だからって殴っていい理由にはなりませんが! そんな簡単に怒るようでは嫁の貰い手がないのではなくて?」

「上等ですわこの野郎! 何度でも叩いてやりますから顔をお出しなさいっ!」


 その後、両頬を擦りながら歩く彼と、未だ怒り収まらず時折鞄で彼を殴ろうとする私の一日が終わりを迎えるわけですが、まぁいつもの通りって感じですわね。

 私の願いも――あるいは彼の願いも、それはきっとこんな日常の中で叶っていくのかもしれません。

 ですので今はただ――。


「ほらコンビニに行くのでしょう? さっさと歩きなさいな」


 今はただ、この二人だけの時間を、何物にも代えがたい日々の中で。


《了》

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