59話 信じるかどうかは後で
前回からの続きとなります。アレンシアは何を言いたかったのか……?
「……えっ!?…まさかあの、ジュール王国…?!」
アレンシアは両目を見開き、仰天した様子を見せた。何をそう驚くのか、そう言いたげな顔で彼女を見やる、フェリシアンヌ達である。彼女達貴族令嬢からすれば、隣国の名前や文化・風習は勿論のこと、国の代表とされる事柄程度も、基本的な知識は全て覚えるのが、当前とされている。
不穏な隣国=ハーバー国と、クリスティアは勘違いした。というのも、カルテン国の隣国とされる国が、他にも存在しているからだ。そして、それがジュール王国なのである。
ハーバー国の現国王は、カルテン国の現王太子妃の実の両親に当たる。両国の関係を維持する為、カルテン国皇太子とハーバー国王女が婚姻した。他にも、両国間の貿易に力を入れ、2国は親しく穏やかな関係を、築いてきた。王太子妃の懸念する隣国のことが、ハーバー国だと勘違いしたのも、無理からぬ話である。
「…シアさん?…ジュール王国の内情を、何か…ご存知ですの?」
フェリシアンヌは小首を傾げて、さり気なく問う。他の令嬢達は2人を深刻な表情で見つめ、ごくりと唾を呑み込んだ。貴族令嬢として基礎的な情報はあれど、それ以上の何かを期待しつつ。
「…はい。…ん?…あっ!…じゃなくて…いいえ、です。全く知りません。」
ところが、当のアレンシアは特に気にする素振りもなく、チグハグな返事を返してきた。『はい』と『いいえ』が共存するなど、あり得ない返答だ。その上、全く知らないと言い切って。
「…本当に全く、ご存知ありませんでしたの?…王立学園でも、隣国について学びましたわよね?」
「…あ~、そうですね。多分、習ったと思います。あの頃は、どう動けばゲーム通りになるのか、そればかり考えて行動してたので、全くというほど学園での授業は、記憶に残ってなくて…。えへへっ…」
「「「…………」」」
アレンシアの叫ぶ口調から、情報としての知識を持つ上に、如何にも行ったことがある、という風にも聞こえたので、フェリシアンヌは確認しようと、ストレートに訊いただけである。
ところが、アレンシアはてへぺろと誤魔化し笑いで、返答してきた。それには普段は宥め役のアリアーネも、単なる勉強不足を隠そうとしない彼女に、呆れている。子爵令嬢とはいえ元貴族令嬢が、全く覚えていない事情を、あっけらかんと明かしたことから、ミスティーヌの口調はより険しくなる。
「……はあ?…貴方、一体何をしに学園に、通っていらしたの?…まさかずっと乙女ゲーのことばかり、気にしておられたの?」
ミスティーヌは苛立ちを隠せなくなったのか、態と当人の禁句とされる話を持ち出しては、嫌味を言う。アレンシアよりも1学年年下の彼女は、丁度習ったばかりでもあったから、尚更に納得できないのだろう。何故知らないのか…は勿論のこと、何故平然と答えられるのか…と、怒りに震えていた。
ミスティーヌの嫌味や怒りに対し、他の令嬢達も無言で同意した。アレンシアが勉強しなかったことよりも、無知さを開き直っていることに。イラっとするような怒りを通り越し、既に呆れていたものの…。
「……はい、ごめんなさい。あの頃は…自分がヒロインだと、調子に乗っていたんです…」
今度はアレンシアもシュンと、落ち込んだかのように見える。流石に言い過ぎたと思い、ミスティーヌの怒りも落ち着いたようだ。フェリシアンヌも本来であれば、苦笑していたところだろうが、今の彼女にはそんな余裕など皆無で、焦っているようにも見られた。
「……では、どうして『あのジュール王国』と…?」
フェリシアンヌが再び、隣国の件で問う。大声で驚いたのには、それなりの理由があるのでは…と、信じていた。アレンシアは何かを知っている、そう直感が働いているのだから。
「ジュール王国がどんな国か、それ以前に隣国であることも、実在する国であることも、そういうこと全部ひっくるめて、現実のことは何も知りません。だけど、ミスティ様が先程暴露された中に、今の『ジュール王国』という国の名で、大事なことまで…思い出したんですよ。」
「……大事なこと?…それは、何ですの?」
「…それが、まだ頭の中がぐちゃぐちゃで、ちょっとだけでいいので、待ってもらえませんか?…思い出したばかりで、上手く説明できそうにないので…」
「了解致しましたわ。そういうことでしたら、もう少しの間お待ち致しておりますわね。ゆるりと…お考えなさってくださいまし。」
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フェリシアンヌへの返事を、アレンシアは意外な言葉で告げた。現実の状況は知らないと言いながらも、まるで現実でなければ知っている、とでも言うかのようにである。ミスティーヌの暴露話を切っ掛けに、一体何を思い出したのだろうかと、令嬢一同は特に期待などせずに、アレンシアを待つことにする。
こうしてアレンシアは、1人でじっくり思考する時間を、十分に与えられることになるわけだが、フェリシアンヌ達もまた自由に、ここ最近の話題を種にして、会話を交わす。最終的に話題は再び、隣国ジュール王国の話になりかけた頃。
不穏な動きがどういうものなのか、本当は誰もが気に掛かるのだろう。ジュール王国内で内紛でも起きたのか、将又…他国を侵略する気満々で、戦争の準備をしているというのか。そして、もし戦争を起こす気でいるならば、我が国に攻め入ろうとしているかどうか、それをはっきりさせたいと……
「…あっ!…やっと全部、思い出したわ!…ふう~、すっきりした。」
アレンシアは突然、声を上げた。同時に椅子を蹴飛ばすほど勢いよく、何か重大な事柄を思い出したような顔つきで、立ち上がる。彼女達が居る場所が、ハミルトン侯爵家で良かったというべきか。多少大声で叫んだとしても、何ら問題なく済んだと言えるだろう。
アレンシアの突然の奇行に、その場にいた令嬢達はぎくりとする。既に彼女の存在ごと全てを、忘れていた者もいたらしい。クリスティアは、どうせ大したことじゃないと、軽く見ていた節も見られるが。何が起きたのかと、一瞬キョトンとして。
元々、彼女達は前世の乙女ゲーになぞらえ、自らの前世の記憶を頼りに、ゲーム設定をすり合わせていた。そのうちに設定の展開に行き詰まり、最終的に脱線した。この世界での現実的な話題になったのも、息抜きのつもりだったのだ。アレンシアの言動で、それすら忘れ去られていたが。
「……先程の大事な何かを、思い出されましたのね?」
「はい、ハッキリ思い出しました。道理で…ヒロインの設定だけ、覚えてなかったんだ…」
「「「「………!!………」」」」
アレンシアは、明確に思い出したと言う。会話の途中で、ぼそっと呟いて。その呟きは小声ながらも、『ヒロインの設定』という言葉がはっきり聞こえ、令嬢たち皆一斉にピクリと反応する。道理で覚えていなかったと、1人で勝手に納得する彼女へと、皆の視線が同時に向けられる。
「……ヒロインですって?!…乙女ゲーと何の関係が、あるの?」
それまでずっと、黙々と聞くだけのジェシカが、食いつくようにして彼女に問いかけてくる。彼女もまた勢いよく立ち上がり、座っていた椅子を倒したが、それを気にかける余裕も失くしていた。
ジェシカは商人の娘なので、令嬢達とは違い平民の学校に通っている。但し、平民が通う学校の勉強は、貴族令嬢の勉強とは全く異なっており、普段の生活で必要な基礎的な勉強のみ、だったりする。隣国の名前は知っていても、文化や風習など基本的なことも、全く学んでいない。
その所為で令嬢達の話題には、全然ついていけずにいる。生まれて初めて聞く話ばかりで、何をどう話したらいいのか、分からなかった。乙女ゲーに繋がるなどと、思いも寄らずにいたようだ。
「…もし私がそうだと言ったら、皆さんはどこまで信じてくれますか?」
「お話の内容にも、よりますかしら?…シアさんは自信がおありに、なられるのでしょう?…そういうことでしたら、わたくしも信じたくございますが…」
ジェシカの疑問に、アレンシアは疑問形で逆に問いかけた。彼らの仲間となった今更ながら、何故そのような問いかけをするのか、思うことだろう。すると真っ先にフェリシアンヌが、飽くまでのほほんという様子で、話す内容によるとした。
しかし、これはそのままの意味でなく、アレンシアが投げた謎かけに対し、その意図に気付いて答えたものだった。それほどに彼女が思い出した内容が、乙女ゲームからは意外過ぎるものなのか。それとも、ゲーム設定に結びつかないほど、かけ離れたものなのか。
フェリシアンヌは的確に、その意図に気付いた。だからこそ先に、一言試すような言葉を放ったのだと。それでも今更、彼女が嘘を吐くはずもないと、全面的に信じてはいたのだが、それをそのまま言葉にする気もなくて。
『貴方が話す内容にもよるけれど、貴方は…自信があるのでしょ?…だったら私は全面的に信じているわ。だけど、それに関しては全部話を聞いてから、伝えることにするわね。』
フェリシアンヌのセリフを訳すならば、そういう意を含ませていた。決して意地悪な言い方ではなく、友人として信頼しているからこそ、言えることだった。すると今度は、アリアーネも同意するようにして、告げてくる。
「わたくしもフェリーヌに、同意致しましてよ。お話してくだされば、お伺い致しましてよ。」
「そうですわね。シアさんが先にお話ししてくださらないと、わたくしも判断できませんことよ?」
「その通りですわよ、シアさん。判断するのは後ですわ。」
それにミスティーヌも続き、クリスティアも同意した。放つ言葉は各々違っていたけれど、訳したら似たような意味となる。元貴族令嬢のアレンシアには、ちゃんと意味が通じたようで、笑顔を返して。
「…だったら…私も、話を聞いてから……にしていいです、よね…?」
アレンシアが思い出したことを巡り、令嬢達との間に亀裂が入ったのか、と思いきやそうではなくて、段々と友情が強くなってきた模様です。
今回の本編では、その思い出した内容については、書くことができませんでしたけれども、次回は書けるかと思います。
次回、ジュール王国と乙女ゲームの関係が、分かるかも…?




