56話 アイドル級の人気者?
漸く更新を再開しました。久しぶりに書いたので、書き方が変化したところもあるかも……
あれから数か月経った。王立学園では特に問題は起きずに、平穏な日常が過ぎていく。但し、フェリシアンヌにとっては、平穏だったかどうかは別である。というのも昼食時間のみならず、授業の合間である休憩時間(各教室を移動したりトイレ休憩だったりする)に、新ヒロイン・テレンシスが絡んでくるからだ。
その上、乙女ゲー攻略対象で教師スラリートンの婚約者、ハーモニアまでもが参戦してきた。彼女達の目的はフェリシアンヌで、友人として親しくしたいと、心から願っている。
「フェリーヌお姉様。わたくしもご一緒して、宜しいでしょうか?」
「フェリーヌ様、わたくしもご一緒させてくださいませ?」
「……ええ、わたくしは構いませんが…」
このように誘惑されたら、フェリシアンヌは拒絶できなかった。テレンシスは上目遣いをして両手を握り合わせ、可愛らしく甘えながら誘惑すれば、またハーモニアは別の手段を用いて、甘く蕩けるような瞳を向けつつ、妖艶な魅力を最大限に引き出し、誘惑してきた。
本来であればこうした誘惑は、主に異性を誘惑する為に発揮するものだが、どうした理由か2人揃って同性のフェリシアンヌを、本気で誘惑しようとした。これを初めて見た時の親友達、アリアーネとミスティーヌとクリスティアの3人は、当初は目を丸くしていたけれども、案外とすんなり受け入れてしまう。
「…あらあら、フェリーヌ。モテモテですわね?……ふふふっ…」
「…ムッ!…『お姉様』とお呼びできるのは、わたくしだけでしたのに!」
「…はあ~。到頭、同性まで誑かされましたの?…然も、犠牲者が2人もいらっしゃるなんて…」
「……はい?……わたくしは何も、やっておりませんが…?!」
学園の他の生徒達も目を丸くし、信じられぬものを見たという顔をした。日が経つにつれ彼らも、「またやってる…」という呆れ顔で、受け入れていく。そのぐらい日常的なことに、なっていたけれど……
フェリシアンヌの身分と性格を鑑みれば、誰もが納得できることだ。彼女は侯爵家の令嬢である上に、2ヶ国の王族の血を引いており、王族の次に身分が高い。それなのに、高い身分をひけらかすこともなく、相手の身分を一切気にしないという、聡明で優しいご令嬢でもあったからこそ。
「…(ご友人達が)羨ましいですわ。わたくしもフェリシアンヌ様と、仲良くさせていただきたいわ…」
「正にその通りですね。ですが…あの未目麗しい方々と、常日頃からご一緒致しますのは、それなりに勇気も要りますわね…」
「…毎日緊張し過ぎてばかりで、わたくしには無理かも…」
「…抑々それ以前に、お眼鏡に適いそうもないのですが…」
身分も性格も問題なく、異性からも同性からも好かれる、フェリーヌ様。親しくなりたいと思うのは当然で、中には自らも友人の輪に入りたい、と思う者も少なからずいる。それでも他の生徒達が、実際に行動に移さないのは、途轍もなく勇気が必要だったから。
彼女の親友は揃いも揃って美人、若しくはアイドル級の可愛さであり、ごく平凡な容姿と言える生徒にとっては、彼女達の仲間に加わることなど、疎外感などの様々な負の感情が溢れてしまう。
身分の低い生徒は、彼女達にどう合わせるべきか、分からない。常に共に行動するのは気が置ける、などと本心では思っており、『お眼鏡に適わない』と最初から、全てを諦めている。無理をし背伸びして合わせるのは、単なる憧れや推したい気持ちだとしても、最終的に苦しむ結果となるのだから。
「それよりも…わたくし、遂に買いましたのよ。例のあれを…」
「…まあ!…わたくしも欲しいですわ。何処でお求めに、なられまして…?」
この世界においても、推し活に似た行動を取る者が、多少見られた。この異世界にもカルテン国にも、『推し』という単語は存在しない。転生者でない限り、推し活を表立ってするなど、皆無に等しい。
但し、例外はある。現代で言うところのブロマイドならぬ、画家や絵師などが描いた絵を、こっそり買い漁る者達も、それ相応に存在している。此処にはアイドルも芸能人も、存在しないのに。誰を描くというのか?
アイドル級の人気さえあれば、例え何処の誰が描こうとも、絵が売れるという事実を偶然、知ったことが始まりとされる。画家にもピンからキリまでいて、切っ掛けを作った人物は、絵の売れない素人画家だった。初めて売られた時は、非公式とされていたが……
カルテン国の貴族には、肖像画を描いて後世に残す、という習慣がある。切っ掛けとなった画家も、とある貴族家の肖像画を描いた直後、他の貴族家にも呼ばれたりと、実力が認められていった。
「…まあ!…このお方は、公爵家のあの方では?!…是非とも絵を、お譲りくださいませ!」
「…え?!…いや、しかし…これは単なる下書きでして…」
「それでも構いません!…追加で支払いますわ。」
「…あっ、大変有難いことですが…。(当人の)許可を得ていませんので…」
「そういうお話でしたら、問題ございません。わたくしはカルテン国唯一の公爵令嬢ですから、公爵令息も文句は仰らないはずですわ。」
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まだ無名の画家の頃、とある公爵家から一家の肖像画を、依頼された。肖像画を描いた後、未目麗しい公爵令息を描きたくなり、絵のモデルを頼んだ。了承を得て様々な彼の姿を描いたが、その時のスケッチを他家の令嬢に、偶々見られて。令息に好意の持つ令嬢に、売ってほしいと熱烈なゴリ押しで、交渉されてしまった。
肖像画の絵に肖像権があるのは、何処の世界でも国でも、本来なら同じだと言えようか。しかし、当然ながら肖像権の権利は、絵のモデルの公爵令息にあるが、同様に絵を描いた画家にも、等しくある。これが、カルテン国の思想でもあった。
絵を描いた画家当人も、本人の許可なしには売れないと、諦めさせようとしたけれども、結果的には令嬢に押し切られ、絵を売ってしまった。その後、その令息とその令嬢は両想いだったらしく、その絵を切っ掛けに結婚した、と聞いている。
次第に彼らの恋愛が、噂となっていく。画家が描いたスケッチ、それが好きな異性の絵であれば、相手と両想いになるという、噂が広まった。また、何人かの好みの異性の絵を買えば、その中の1人とは結婚できる、などと買う側に都合いい噂も、あったりしたけれど……
最初の素人画家が有名になり、スケッチを売らなくなっても、また別の画家の卵やら素人絵師達が、出世の手段の1つとして売りだした。絵が上手ければ売れるという、構図が成り立っていく。当初、こっそり売る者も密かに買う者も、現在ある意味では堂々と売買されていた。それだけに、需要が高いと言えるだろう。
「最近我が家に出入りしている、商会から買い取りましたのよ。他では手に入らない珍しい商品、という触れ込みでしたので、幾つか購入したのですわ。」
フェリシアンヌとお近づきになりたい、と話す生徒達のうちの1人が、これを見てとばかりに自慢げに、バックの中から絵を取り出す。そして、数枚の絵を見せられた他の女子生徒達は、絵に描かれた人物に釘付けとなった。
「…こ、これは…『レア』というものでは…?」
「…ま、正しく…レアですわね。…わたくしも、欲しい…です!」
「…えっ、レアもの?!…す、素敵…」
餌に飛びつくような勢いで、各々1枚ずつ手に取っては、うっとりと絵を眺める女子生徒達。購入した女子生徒のみ、鼻高々な様子であった。この光景を離れた場所から見たら、異様な光景でしかないだろうが、本人達は頗る真剣だ。
因みに『レア』という単語は、カルテン国にも存在している。前世世界の日本と同じ意味で、ステーキ料理など肉の焼き具合を表す、生焼けを意味する言葉である。また英語同様に、『希少な、珍しい』という意味でも、使用される言葉だ。
初めに『レア』の意で使用したのは、前世日本からの転生者であった。カルテン国でも使う単語だったことから、わりと直ぐ使用されるようになる。そして徐々に庶民だけでなく貴族も、十分理解し使用するほどに、国中に浸透していった。
「最近と申しますと、あの商会でしょうか?」
「ええ。最近、貴方の家も利用なされた、あの商会ですわ。」
「モートン子爵家御用達でもある、シアノイ商会…かしら?」
「庶民向きの商品ばかりを扱う、ノイズ商会とは違いシアノイ商会は、貴族向けの商品を取り扱います。最近はこうした絵も、扱っておりますのよ。」
ノイズ商会はアレンシアの祖父が、起業した商会だ。庶民は主に、生活全般の様々な用品を、購入できる。つい最近、祖父はアレンシアの能力を認め、彼女を責任者とするシアノイ商会を、起業した。
シアノイ商会は表向き、アレンシアの伯父が代表だ。何れは、彼女が引き継ぐ予定であるらしい。当然のことだが、王立学園の生徒どころか、貴族でさえもまだ知らない事実だ。現在、完全に信頼を取り戻したと言えず、取り戻す最中であったのだから。
「これらの絵はどのような手段で、お描きになられたのでしょうね?」
「…まあ。確かにそうですね。身分の高いお方が、描かれたのかしら…?」
「どのように拝見致しましても、此方は…あの方のお部屋なのでは…?」
フェリシアンヌがこの絵を見たら、卒倒するレベルかもしれない。何故なら絵に描かれた人物は、彼女自身であったから。然もプライベートと言える、自室で優雅に寛ぐ姿を、描いたものもあり……
基本的にこうした絵は、作者が明確にされない。通常は作者自身でなく、商人が買い取り販売することから、知る人ぞ知る状態ではある。但し、女子生徒達が購入した絵だけは、作者自ら販売したものと、言えるかもしれないが…
「…ふふ。お茶するフェリーヌ様、凄くいいわ…。爆買いって、最高よね!」
自ら絵の出来栄えに、酔い痴れるその人物のことは、知られてないはず。
新ヒロインとどう絡むか悩んだ結果、このような展開になりました。主人公の名前が出てきても、本人は少ししか登場していませんが。
今回は、学園のその他大勢の女子生徒達が、主人公と関わりたいけど、現実ではあまり関われなくて、推しという形で写真ならぬ絵を手に入れ、愛でるという内容になっています。
『推し活』という文化を知らなくても、何処の世界でも『推し』は存在する、という風に思っています。人間として生まれたら、相手が人でなく何か物に対しても、『推し』事をする気がします。
※『婚約から始まる物語を、始めます!』の更新を、再開致しました。諸事情などから先月まで、更新は全て止めていました。今後は無理のない範囲で、更新していこうと思います。改めて、よろしくお願い致します。