閑話5。王妃たる者の振る舞い
番外編もあと少し…。前回番外編からの、続きとなります。
「先程から王妃陛下が、王太子妃様がお目覚めになられるのを、お待ちになられておられますぞ。お入りいただいても、宜しいですかな?」
「…えっ?!…王妃さまが?……勿論ですわ。今直ぐ、準備を!」
ユーリエルンが目覚めた後、医師は先ず彼女の脈や熱を測り、彼女の体調が落ち着いたと判断してから、王妃陛下が見舞いに来た事実を、患者に告げた。彼女は目を丸くして驚くも、慌てて侍女達に準備をさせる。
…わたくしは何という騒ぎを、引き起こしてしまったのかしら…。次期国母になると理解しておりながら、まだ大丈夫と無理を押し通してまで…。前世では風邪一つひかず、丈夫なだけが取り柄の体でしたから、今はお姫様の体であることも忘れ、前世同様に振舞ってしまいましたわね。
王族の一員に生まれ育ち、他国の王族に嫁いでおりながら、王族の本意をすっかり忘れて、有り得ない失態を犯した。王族の自覚が今一つ足りなかったと、後悔しても遅しだ。その結果、カルテン国国母に心配を掛けたことは、自分が未熟であると示している。この異世界に転生したと知るや否や、ユーリエルンは王女としての責務を果たしてきた。カルテンに嫁いで以降、何かと夫が庇ってくれるお陰で、本来の責務を忘れていた気もする。
「…ユーリ、大丈夫ですか?…当然倒れたと伺いましたが…」
ユーリエルンは王族の一員として、恥ずべき行いだったと悄気る暇もなく、王妃陛下が王妃専属の侍女達を伴い、王太子妃専用の寝室に入室してきた。王妃にと用意した椅子に優雅に腰かけ、体はもう大丈夫なのかと問うてくる。
その後のやり取りは、王族の一員として情けない限り…と、ユーリエルンが語る時間枠へと、繋がっていく。自らの不甲斐なさが招いたと、しょんぼり項垂れる王太子妃を、王妃はただジッと見つめた後、チラリ横目で医師に視線をやれば、何やら医師と目配せをした。但し、それら王妃の言動は、熟練の侍女だからこそ、見抜けるものであろうか。
「ユーリに、確認するべきことがございます。今から問う事柄は、この国の一大事に繋がるものですから、気を悪くなさらないように…。最近、月のものはございましたか?…それは、いつ頃でしたのかしら?」
王妃は再び王太子妃に向き直ると、「コホン」と咳払いを1つ落とし、当人も言い難いであろう疑問を問い掛ける。然も重大事項を告げられるかの思えば、前振りに対して飽くまでも、個人的な内容でしかなく。王妃のあまりに突飛な問いかけに、王太子妃は物の見事に固まった。
「………ふぇっ?!………」
国家の一大事に繋がるものとは、一体どんな重大事項かと身構えるも、月のものがきたかどうかと聞かれて、真逆の意味でギョッとする。ユーリエルンは目をパチクリさせつつ、王族らしくない間抜けな声を、つい漏らす。また周りで待機する侍女達も、一斉にポカンと呆けるほど、意外だったようだ。
その中の一部、年配の侍女達は王妃の意図を汲み取り、一瞬目を見張るも直ぐ気付いたらしい。まさか…という期待から、驚きより嬉しさが込み上げ、口元がつい綻んでしまう。今はまだ喜ぶ段階ではないと、周りから見えぬよう慌てて両手で口を押え、隠そうと努力はしているものの、結局隠し切れてはいない。それでも、他の者達は誰1人として、王妃と王太子妃に気を取られ、気付く様子もない。
…どうして今、月のもの…なの?…月のものは全世界の女性達が、共通の悩みの種とする生理で、合っておりますか?…最近いつきたかは…あれは、いつ頃のことと申せば、良いのやら……
ユーリエルンは混乱しながらも、王妃の問いに真摯に応じようとした。いつきたかどうかじっくり鑑みれば、そう言えば…今月はまだだっけ?…という、気がしてくる。彼女の周期は特に不規則ではないし、遡っていけば大体は見当がつく。そして今回に限って、普段以上に周期が遅れていると、思い当たる。
「…今月は、まだのようですわ。今回はいつもより遅れておりまして、そろそろ参ります頃かと…」
質問の内容が内容だけに、ユーリエルンは正直に打ち明けるも、言葉を濁しつつ告げる。自分が何を告げたかも、理解せぬままに…。彼女が返答した途端、小さな歓声が上がった。驚いた彼女が見たものは、一部の侍女達の晴れやかな笑顔と、王妃陛下の満面の笑みで……
……んん?…何?……どういうことですの?…わたくし、おかしなことでも申し上げましたっけ…?
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騒がしい場所であれば、気にならないほど小さな歓声である。しかし、様々な要因が重なった。耳が僅かな音も拾うぐらい、王太子妃の寝室はシ〜ンとしている。それほどに、王妃の存在は大きくて。
王妃とユーリエルンの会話の意味に、まだ新婚ほやほやの侍女が、その意図を知ったが故に、つい声を上げたらしい。思わず歓声を上げた侍女は、ハッと我に返る。慌てて両手で口を塞いでも、既に遅しだ。それに…声を上げずとも、意図を知った他の侍女達が、目をキラキラさせ何か期待して、王太子妃を見つめていた。王妃と王宮お抱え医師は、未だ黙秘している。喜ぶのは、ちと早過ぎたようで。
…王妃陛下がお言葉になさらないうちに、侍女のわたくしが騒ぐなど、以ての外でしたわ。王太子妃さまに負担のないよう、王妃さまは気を配っていらしたのに…。もし王太子妃さまがご懐妊なさっておられねば、大層がっかりなさいますわよね。もしかしたらご自分を、責められるかもしれませんわね……
王宮の侍女になる者は皆、実家は貧乏であったりしても、一応は貴族の端くれと言える、貴族令嬢でもある。この侍女は男爵令嬢で、男爵家が持つ領地では、作物はほぼ育たぬ痩せた土地である。その上、宝石などの貴金属も取れず、領地民の生活が豊かになることもなく、男爵家も貧乏であった。
同じく貧乏な貴族家の令嬢達が、王家又は高位貴族家で奉公するのは、この国ではよくあることだった。但し、奉公する上で身元を調査されるのは、当たり前のことだったが、特に王宮勤めとなれば、厳しく詳細に調査されることになる。
特に王族付き侍女ともなれば、身元以外にも人格や趣味に至るまで、事細かに調べられた。カルテン国の王家を監視する、王族の持つ内密事情を手に入れる、王族に危害を加え王家を乗っ取る、それらを目的に貴族や他国王族が、間者や暗殺者を王宮に送り込むことも、あったから。過去には実際に起きており、王宮の警備がより一層厳しくなった、という噂もあるほどだ。昔よりは暗殺者も減ったが、間者が潜り込む可能性は、未だあるらしい。
「…ユーリはよく、おありになることですの?」
チラリと声のした侍女の方に、王妃は視線を向けた後、ユーリエルンに確認するように問うてくる。流石にこれらの問答で、気付き始めた侍女達もチラホラいたりする。『月のもの』と言い出した時点で、それが妊娠の兆候であると、既婚の侍女達ならば感付くはずで…。
皇太子妃という立場上、王家や王族並びに貴族、カルテン国の民達からも、次代の王太子が誕生する瞬間を、どれほど心待ちにしているだろうか。もし彼女が妊娠しなければ、側妃を…と望む声まで、当然ながら飛び出すはずである。
その昔、側妃達が実家の協力を得て、王妃や王の寵愛を得た側妃を、暗殺したという歴史もある。国王が側妃を望まなければ、暗殺者も減る傾向にはある。しかし、王家の弱みを握り、王を利用しようとする者、王を操り国を権力を欲する者など、消え去ることはなく。王妃の評判や名誉を貶め、王妃を排除することを望む、王妃の座を狙う者なども、同じであろうか…?
王妃が崩御したとしても、王家を継ぐ者が1人以上生まれていれば、側妃を娶らぬまま再婚もしないと、国王が宣言することもできた。従って、強引に側妃となる娘を送り込んだとしても、王に閨を拒まれる可能性は、限りなく高い。形だけの側妃を望む場合もあるが、今代の王太子に限っては、徹底的に通じそうにないが。
「…いいえ、初めてのことですわ。此処まで遅れることは、滅多にあることではございません。不規則ではありましても、今回のように1週間以上も遅れるなど、今までにはございませんでしたが…」
何故にここまで詳細に、月のものの状況を聞かれるのかと、ユーリエルンは不思議に思い、首を傾げた。自らの身体の異変に気付いたとしても、何故普段よりも遅れたのかと、自らの妊娠の可能性には、ちっとも行き着かないようだった。
流石にここまでの王妃と王太子妃のやり取りに、若い未婚の侍女達も気付き始めているらしい。王妃の遠回しな言葉の意味を、未だ理解していない者がいるならば、それは…恋愛に程遠い距離にいて、未だ恋愛経験のない者か、ユーリエルン当人ぐらいでは、なかろうか…?
「……それは絶対に、間違いないことなのですね?」
「……えっ?……は…はい、王妃陛下。間違いないことと、存じますが…」
ユーリエルンが首を傾げつつ返答すれば、王妃は少々食い気味な様子で、自らの体を前のめりにする形で、間違いないかと確認してきた。王妃の迫力に、押し負けそうになる。若干引き気味になりつつ、ユーリエルンは真面目に応えた。
「…先生。わたくしの推測は、当たっておりますかしら?」
「はい、王妃陛下。勿論、陛下のご想像の通りですぞ。」
王妃は王宮医師の方を振り向き、意味ありげに微笑んだ。何か確認を取るように問う王妃に、王宮医師は自らの長く白い髭を撫でながら、優し気な笑みを浮かべた顔で、コクンと頷く。漸く核心を得たとばかりに、王妃が爆弾を落とす。彼女だけは未だ、理解が追い付かぬまま……
「…ユーリエルン王太子妃殿下。誠に、お目出度いことですわね。王家に幸せを運んでくださり、本当にありがとう。もうすぐ…この手に初孫を抱く日が、本当に待ち遠しいことですわねえ…」
前回の続きの番外編、ユーリエルンのメインストーリーです。普段は、おっとりして穏やかな王妃さまですが、鋭い指摘をされております。それに比べて、王太子妃の方は過去を含め、恋愛経験も結婚し子育て経験も、全てがゼロだった(?)…かもしれませんね。(特に過去に…)
前回の始まりで登場して以降、ライトバルは今回登場すらしていません。時間がまだ巻き戻っている場面なので、時間が元の時間軸に戻るのは、次回ではまだ無理そうかな…。次回は流石に、ユーリエルンも真相に辿り着くでしょうか?
※第2章『開幕』は、残り僅かとなりそうです。番外編もあと数話、第2章が終了となる予定でいます。
※『婚約から始まる物語を、始めます!』は、暫しの間休載扱いと、させていただく所存です。休載後は、第3章の開始予定としています。




