閑話4。王宮の一大事の裏側で
今回も、番外編となります。さて今回は、誰がメインの話なのか…?
「ユーリっ!!……突然倒れたと聞いたが、大丈夫なのか?!」
王太子妃専属の寝室の扉を、あろうことかノックすることもなく、突然室内に飛び込んできたのは、夫である王太子であった。国民や貴族の手本となるべき存在で、次期国王ともあろうお人が、無作法を行う姿を目撃して、誰もが凍りついた。
但し、王太子の言動にそれ相応の理由があると、その場にいる誰もが理解できたはずだ。妻が倒れたと聞かされた上、然も彼女が倒れてから随分と、時間が経過していたのだから。日頃から妻を溺愛する王太子が、大慌てで飛び込むのも無理からぬことだと、見て見ぬふりをする。たった1人を除いては…。
今から、数時間前に遡る。ユーリエルン王太子妃はいつも通り、自らの執務を熟していた。王族はそれぞれ執務部屋を設けており、各々の業務を熟さねばならない。執務を始めてから数時間経過し、王太子妃専属侍女が声を掛けてくる。
「ユーリエルンさま、そろそろ…ご休憩を。お体に触りますわ…」
ユーリエルンは隣国ハーバーから、カルテン国に嫁いだ。元王女の彼女には王太子妃の公務も、それほど難しいことではなく、穏やかな日々を送るほどの余裕もあった。しかし、ここ最近は目覚めが悪く、朝食も喉が通らないなど、何となく体調もだるくて仕方がない。何れ彼女は国の国母とされる、正妃になる。体調管理にも、十分に気を配っていた。
「まだまだ大丈夫ですわよ。後もう少しで、区切りがつきますわ。」
料理を見ると気分が悪くなる所為で、食欲も出なかった。本来ならば食欲を誘う匂いでさえ、拒絶反応を起こすこともある。原因不明の体調不良が続き、食事することから無意識に逃げていた。
「…いけませんわ、王太子妃さま。お顔の色が段々、青ざめておられます…」
「……そうですね。では、休憩に致しましょうか?」
匂わない料理というか、野菜サラダのような無臭に近い、食物ばかりを好んで食べていた。ここ最近は王族の職務も激務で、彼女の睡眠時間も減少しがちであった。侍女達を心配させぬようにと、休憩しようと立ち上がった瞬間、目の前が歪んだように思えた。そして…彼女はそのまま、気を失って倒れてしまう。
その後はご想像の通り、上を下への大騒ぎだ。倒れたユーリエルンに、慌てて駆け寄る者もいれば、キャア~と叫び声を上げ、呆然と立ち尽くす者もいた。王太子妃専属侍女頭は侍女達や、騒ぎを聞きつけた王太子妃専属の騎士に、テキパキと指示を出していく。騎士が倒れたユーリエルンを、寝室に運ぶ。侍女達は医師を呼びに行く者、国王夫妻に知らせに行く者、王太子への伝言を告げに行く者、各々が自らの役目を果たしていた。
「ご気分は…如何ですかな、王太子妃さま?…脈を測りますぞ。」
ユーリエルンが目を覚ました時、寝室のベットの上に横たわっていた。彼女が瞼を上げれば、真っ先に王宮専属医師が気付き、声を掛けてくる。彼女自身には倒れる前後の記憶がなく、何がどうなったのか分からずにいる。
「…ええ、大丈……うっ、気持ち悪い…。吐きそう…」
「急に動かれては、なりませぬぞ。ゆっくり、動いてくだされ…」
大したことはないと思って、ユーリエルンは起き上がろうとする。しかし、勢いよく動いた所為で、吐きそうになった。医師からの忠告を受け、再びベットに横たわる。ふと周りに目をやれば、部屋の中には自分専属の侍女が皆、ズラリと横一列に整然と並び、心配気に彼女を見つめていて。
「わたくしは…もしかしてあの後、気を失いましたの?」
「…はい、王太子妃様。ご休憩をなさろうと立ち上がられた後、倒れられたのですが…。わたくし共がもっとお体を、お労りしなければなりませんでしたのに…。本当に申し訳ございません…」
侍女達の様子を見て漸く、気を失ったのでは…と思い至る。彼女の問い掛けに侍女頭が、代表して応えてくれた。王太子妃が倒れたのは、自分達に非があるとする、謝罪を含め……
「…貴方方には、ご心配をお掛けしたようですね。わたくしが休憩を取らないようにしたのですから、貴方達に非はありませんことよ。そういう点でもわたくし、まだまだ未熟者でしたのね…」
「わたくし達のような使用人にも、お優しくしてくださる王太子妃様。わたくし達は皆、お仕えできて喜ばしく存じます。今後も誠心誠意でお仕えすると、誓わせていただきます。」
「…ふふっ。貴方方からのご厚意は、わたくしも有難く思いましてよ。これからも宜しくね…?」
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「今回は…わたくしの甘さが招いた、自らの管理不足ですのよ。他の誰も王太子妃のわたくしを、止めることなど出来ませんでしたわ…」
ユーリエルンは、現代日本で暮らした記憶を、持っている。侍女達に一方的な責任を押し付けるなど、できるはずもなかった。この世界で彼らに責任を問うことは、処罰を与えることにもなるからだ。王女として王太子妃として、常に国民達に威厳を示す必要はあれ、暴君になるべきではないとも、知っていた。
…わたくしの夫をどう説得するべきか、それが一番の問題ですわ。ライトさまがお知りになったら、処罰を与えると申されるかも、しれません…。
彼女の夫はこの国の王子であり、将来はカルテン国を統べる者である。ゲーム通りのライトバル王太子であれば、正妃を愛することもなく、冷徹な王子様だったことだろう。しかし現実では、王太子妃を溺愛してやまぬ夫で、侍女達の怠慢で起きたことだと、厳罰を科す可能性もあって……
だから彼女は、夫よりも先に手を打つ。彼女自身の落ち度として、侍女達を許したのである。勿論、これが彼女自身の本心ではあるが、この世界では相手の身分次第で、処罰が変わることもあると、理解しなければならない。
彼女が気を失ってから、こうして目を覚ますまで、凡そ1時間近く時刻が経過していた。未だ王太子が駆け付けていないのは、単に公務で忙しかしいとか、邪魔になると周りが止めたとか、そういう理由などではなく…。単に王太子まで、連絡が伝わっていなかっただけである。
国王並びに王太子が、他の貴族達と会議をする間は、何人たりとも会議に取り次ぐべからず、という国の規則があるからだ。会議中には誰も、連絡を取り次ぐことはできないし、会議中は国王さえ退出できないと、決められている。
「大変です、王妃様!…王太子妃様が…突然、倒れられたそうですわ!」
「…な、何ですって!…直ぐ陛下と王太子殿下に、ご報告を…。いえ、会議はまだ終わっていないでしょうし、ご報告は後ですわ。わたくしは直ぐにでも、ユーリの元へ参ります。」
王妃だけは無事に、連絡を受け取った。国王と王太子は会議中で、侍女は直接面会することができず、会議室の前に立っている騎士に、王太子妃の事情を言付ける。騎士達も入室不可であるが故、侵略・暗殺などの国家的危機でもない限り、取り次ぎも扉の開閉もできぬまま、扉が開くのを待って報告するのだろう。
もしかしたら…王太子が、激昂するかもしれないと、王妃は何としてでも間に合うように、駆け付けねばならないと思い、慌てて身支度をした。王太子も実の母親には、頭の上がらないところがあると、王妃は知っている。王妃が本気で怒った時、国王陛下でさえご機嫌伺いをするのは、知る人ぞ知る逸話であるようだ。
今直ぐ駆け付けたくとも、王族という身分は実に面倒で、その時の服装などによっては、其れなりに王族らしい身支度を、しなければならなかった。今日は気軽な服装であったことから、軽く身支度をした後に訪問となる。
「最低限必要な身支度に、致しましょう。髪は簡単に、纏めてちょうだい。」
「はい、王妃様。畏まりました。」
これでも普段より早く、それでも移動などを含め、凡そ30分後に着く。王太子夫妻の宮殿に移動するには、王妃の暮らす宮殿からそれなりの距離を、歩かねばならないから。今日という日は王妃にとって、年に数回の休息日だ。読書をしたり刺繍をしたり、自室でのんびり過ごす日であった。
王妃の命に王妃専属の侍女達は、テキパキと15分程で終わらせた。残り15分ほどで、王妃の宮殿から王太子の宮殿へ移動し、王妃達一行は王太子妃の部屋まで、到着した。未だユーリエルンは目覚めておらず、王太子妃の寝室の隣室にて、彼女が倒れた時の状況を聞かされた。ここでも王妃は、王太子妃が目覚めた後を考え、色々と指揮を執っていた。
「王妃様。たった今、王太子妃様は無事、お目覚めになられました…」
「…ユーリが、目覚めたのね。お会いしても、大丈夫そうかしら…?」
「…医師は、大丈夫かと…。王太子妃様も、ご了承なされておられます。」
一通りの指揮を済ませた頃、やっとユーリエルンが目覚めたと、様子を見に行かせていた王妃専属侍女達が、知らせに来る。予定外の身支度にも、的確に他の侍女達に指示を出す、ベテランの侍女である。王妃は緊張を隠しつつ、落ち着いた様子で王太子の寝室へと、入って行った。王妃専属侍女達も、引き連れて。
「…ユーリ、大丈夫なのですか?…倒れたとお聞きして、驚きましたのよ。」
「…王妃様。ご心配をお掛け致しまして、大変申し訳ございません。夜はぐっすり眠りましても、最近特に朝の目覚めも悪く、日中も執務中に眠くなるなど、症状が出ておりました。匂いも少々気になりまして、食欲もあまり出ないからと、つい食事も軽く済ませたり、わたくしの詰めが甘かったと、反省しております。お騒がせ致し、申し訳ございません。王族の一員として、情けない限りですわ…」
王太子妃を気遣ってくれる王妃に、ユーリエルンの胸が痛む。自己管理不足が招いた所為で、王族にあるまじき行動だったと、ユーリエルンは自らを責めた。それに対し彼女の放った言葉に、王妃は驚愕した様子を見せるも、彼女はそれに気付くことも、なく……
今回の番外編から暫く、王宮がメインストーリーとなります。王太子&王太子妃夫妻の回ですが、王妃さまもご登場!…但し、今のところ王妃さまは、名無しとなる予定です。
王宮には王太子の実母・王妃さまの他に、側妃さまもおられます。ユーリエルンは王太子の正妃ですから、側妃さま及びその子供達(王太子の妹&弟)のご登場は、敢えて辞退してもらいました。本編では殆ど登場しない彼らも、番外編では出番があるかも。同様に国王陛下も、出番があまりなさそうかな……
次回の番外編は、今回の続きとなります。王妃さまが驚愕した理由は、次回に判明するかも…?
※第2章『開幕』も、残り僅かだと思われます。あと数話で、第2章が終了となる予定です。
※『婚約から始まる物語を、始めます!』は、暫らく休載とさせていただくつもりです。休載後に、第3章を開始しようと思います。