閑話3。陰に光が当てられて…
前回に引き続き、番外編となります。さて今回は……
「あれからもう、半年以上経ちましたのね…。ラングが王立学園に、入学となる年齢になられたとは…」
「母上。僕は今日から、入学する身の上ですよ。感激なされるには、まだ早過ぎます。今日卒業する立場でしたら、僕も感極まっていたでしょうが…」
「……ふふふっ、ラングに一本取られましたわね…」
僕は今日、王立学園に入学する。去年、兄が重大な問題を引き起こし、退学となった学園に。カルテン国では貴族子息子女の全員が、王立学園に通うと決められている。自分で学校を選ぶことも、自宅で家庭教師に教わることも、何処かの国のような選択肢すらない。
何処で聞いたのか覚えてないが、『義務教育』という制度に近いようで、全く別物だとも言えた。王立学園に入学するのが、貴族の義務でもある。但し、病気など特別な理由があれば、我が国でもその義務は問わない、とされている。しかし…貴族には、貴族としての義務が発生する。義務として押し付けておきながら、退学は安易に許可される。
「貴族の義務と言いつつ、退学制度があるなんておかしいよな…。本音は貴族の義務という言葉で、国の管理下に置きたいだけでは…」
「…ラングルフ。我が家で申す分には構いませんが、それを絶対に外で申してはなりませんよ。」
学園に入学した初日の朝、母上は妙にしんみりと振り返り、涙ぐむ。僕は母の本音に気付きつつ、敢えて冗談で返した。僕が学園に入学するのを機に、兄の起こした騒動を思い出したらしい。母も僕も一生、忘れられるはずがないのだから。
母にとってどれほど、辛い選択だったことか。当主の職務に没頭し、イキイキとした母上の姿に、僕はこれで良かったと感じる。父上や兄上がもう少し早く、自ら反省してくれたなら、あんな大きな問題に発展せず、終わっていただろう。兄の退学処分は妥当としつつも、母上が後悔しない方法もあったはずで、これらが全て結果オーライだったとは、否定したくないしするつもりもない。
全国民が学校に通うことを前提とし、自ら学校を自由に選ぶことができ、学校側は退学させる権利を一切持たず、他校へも自由に転校できること、それが…何処かの国での義務だった。勿論、全てが無条件ではないのだろうが……
夢のような実在しない話に思えるが、その何処かの国と比べたら、我が国は矛盾ばかりだ。他に貴族の通う学校が抑々存在せず、転校する自体が不可能だ。また一度学園から退学されれば、二度と復帰できない。我が国の貴族にとって、王立学園を卒業するか否かに、重大な意味を持つ。貴族の退学は社交もできぬとして、恥と捉えられているからだ。
「…申し訳ありません、母上。あまりの矛盾に、つい本音が…」
「理解していらっしゃるならば、良いのです。貴方の鋭い着眼点には、わたくしも驚きましてよ。確かに義務とするならば、卒業までが義務ですわね。我が子の退学に不満なわけではありませんが、矛盾が感じられますわ。…ラングはもう、立派な嫡男にご成長なさいましたのね…」
つい口が滑り、僕は本音を呟いた。我が国ではこんな些細な愚痴も、王家に逆らったと見なされるようだ。強者には遜り弱者には威張る、前公爵当主が聞いていたとしたら、王家を敵に回すつもりかと憤慨し、僕の頬を殴ったことだろう。あれでも父は、貴族らしい貴族でもあり。
「…いやいや、大袈裟です。ふと思ったぐらいですし…」
「貴方の仰る通りでしょう。国を統治する者として、民を管理するのは当然のことですわ。ですが、退学という処分は義務と、真逆の行いと申せますかしら。初めから義務としなければ、良かったのです。」
母上の言い分は、ある意味正しい。しかし…。僕の言い分が正解でも、国を…王家を敵に回してまで、声高にする話ではないはずで…。僕を買い被っている節が見られるが、本音半分冗談半分と言ったところか。僕がつい愚痴を零したことに対し、冷静に答えを導き出そうとした。初めから義務としないことと、結論付けた母上は素晴らしい。何処かの国の国民なら未だしも、身分に縛られたカルテン国で、母のような考えに至る者はほんの一握りだ。
『国民全員の義務』という思考は、母上にも思い浮かばないようだ。飽くまでも王立学園における、貴族の義務として捉えている。そういう点では、僕や姉様はカルテン国の貴族らしくないだろう。それにも拘らず、僕の意見をちゃんと聞き入れた上で、同意してくれる母を誇りに思う。
…以前からフェリーヌ姉様とは、僕も意見が合うんだよね。貴族らしい母上とは相容れないかと、少し前までは思ってたけど。僕はどうして『義務』に、そこまで拘るのだろうか?…何処かの国とは、何処の国のことだったっけ……?
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母上との会話を切っ掛けに、何故そういう意見を持ったのか、自分でも不思議に思う。「何かがおかしい、何かが違う」と問う声が、頭の中に浮かぶ。カルテン国高位貴族として、生まれながらに育ったにも拘らず、何故こうも貴族らしくない思考を、持つのか…?
僕が無意識に比べる何処かの国は、僕には全く思い当たらない。何故か知らぬはずの国の事情を、何かと比べてしまう程度には、僕は良く知っていた。何かの書物で偶然知り得たのか、どれだけ自らの記憶を辿れども、思い出せそうにない。
「では…母上、行って参ります。」
「…行ってらっしゃいませ、ラング。」
引っかかるものを感じつつも、僕はその不可解な思いを心の奥に、無理矢理仕舞い込む。母上と別れた後、公爵家の馬車で移動していても、この世界にはない便利な何かを、ふと思い浮かべた。お陰で妙に懐かしさや不満、そして残念な気分に陥ったけれど、未だ何も肝心なことは思い出せない。
父と兄から距離を置き、長いものに巻かれる状態が長年続き、僕は諦めるのが当たり前になったのか…。今更深く考えることもなく、これ以上巻き込まれないようにと、生きるのが精一杯であったのだから。
「初めまして、キャスパー公爵令息。同じクラスで、光栄です。僕は…」
「…あっ、狡いぞ。キャスパー公爵令息、お初にお目に掛かります。俺は…」
「…ラングルフ・キャスパーです。皆さん、よろしくお願い致します。」
王立学園での僕の立ち位置は、悪くない。それどころか、非常に好待遇だ。兄のいない学園では、今では公爵家嫡男となった僕を、アーマイル公爵令息の次に高位であると、男女問わず取り入ろうとする者達が、僕に擦り寄って来る。次男であった頃も似た経験はあれど、嫡男の兄に敵うはずもないが。
「ごきげんよう、キャスパー公爵令息さま。明日の我が家のお茶会に、是非いらしてくださいませんこと?」
「…まあ!?…何を仰いまして?…明日は我が家の夜会に、お招き致しますつもりでおりますのよ!」
「…まあ。皆さま、図々しいですわよ。キャスパー公爵令息さまは、我が家にこそお招きしとうございましてよ!」
兄が零落れた現在、未だ正式な婚約者のいない僕に、これまでに面識のない貴族令嬢達も、声を掛けてきた。婚約者どころか、同性の取り巻きも望まない僕だけど、男女問わず付き纏われ、気の休まる時間もなく……
同性からは友人になりたい、せめて取り巻きになれば…と、公爵家に取り込ろうとするのが、最大の目的であるようだ。異性からは婚約者になりたい、玉の輿に乗り公爵夫人になりたい、そういう願望が強いようである。婚約者になって僕の容姿を自慢したいと、単なる優越感を満たす目的で近づく者も、中にはいたけれど。
中身を知る努力を重ね、心から好意を寄せてくる者は、ほんの一握りだ。僕の外見しか見ず、僕の心を知ろうとしないくせに、僕には自らの要求を押し付けてくる、そんな自称友人や婚約者候補たちに、僕は呆れを通り越し笑ってしまう。
…兄は周りからちやほやされるほど喜んだが、僕は違う。他人への警戒心が人一倍強い僕は、建前と本音をきっちり分けている。どれほど貴族令息らしくなくとも、貴族らしい振る舞いには慣れており、兄よりは上手に振舞う自信もある。兄の影に隠れていたから、簡単に御せると勘違いしたようだな。
普段から一際目立つ派手な服装を好み、最も優位な立ち位置を望み、異性にモテていい気になっていた、ハイリッシュ。弟に一切の興味を示さず、自分より弟が愛されることを、本気で嫌っていただろう。
兄とは真逆の弟は、気の許す相手と過ごす時間を、何よりも大切にしたい。父からの八つ当たりを、従順な態度でやり過ごし、兄からの敵意を受け流す日々。こっそり母上側につき、公爵家で味方を増やした。それも全て無駄になったと、疎ましく思うこともある。
「フェリ、今日は一緒に昼食を取らないか?」
「…カイ様。勿論でしてよ…」
「…まあ!…あのお2人は、大変仲が宜しいようですわね。羨ましいわ…」
「そうですわね。本当に、とってもお似合いですこと。」
「わたくしも…あれほどに、わたくしだけを想ってくださる殿方と、婚約したくなりましたわ…」
偶然にもこの光景を目撃した者達が、仲の良すぎる2人の姿を、微笑ましく思ったようだ。我が兄と比べようもなく、既に兄が入り込む余地もないと、頭の隅にちらりと浮かんだが、今の僕はそれどころではなくなった。兄が勝手に敵意を向ける相手と、僕も良く知る令嬢の姿に。
…ん?…あの2人は姉様と、アーマイル公爵令息かな?…う~ん。心の奥でざわつくこの感覚は、何だろう?…何処か懐かしく感じるのは、何故?
どう見ても恋人同士にしか見えない2人が、学食に向かう様子に既視感を覚えたからだ。何処かで見たような、見ていないような…。アーマイル公爵令息とは年が離れすぎて、今までに接点もないはずだが。
2人が幸せそうで嬉しく思う反面、何故か無性に涙が込み上げてくる。その理由も分からぬままに、僕は平然な様子を振る舞い続けた。
今回も、ラングルフがメインとなりました。然もラング視点の話で、時間枠としては前回に続く形でしょうか。
今回は、ラングルフの入学初日の朝から、スタートしています。兄の廃爵を切っ掛けに、彼が嫡男になってから入学となりました。兄のような失敗を遣らかさない限り、ラングが次期当主になるので、周りも彼を放っておくはずもなく、恋愛面でもモテ期が到来する結果に。彼もこれには、疎ましく思ったようですね。
前回の本文最後の理由は、いずれ本文か外伝で書いたらいいかな、とは思っているのですが、取り敢えず次回には続かないと、しておきます。次回は、全く別の話になる予定ですので。
※第2章『開幕』も、残り僅かとなりそうです。あと数話で、第2章を終了とさせる予定です。
※『婚約から始まる物語を、始めます!』は、暫らく休載させていただくつもりですが、休載後は第3章を開始予定としています。




