52話 心配と悋気は紙一重です
前回までの悪役令嬢達のやり取りが終わり、漸くあの人が…?
「最近、貴方の身の周りで不穏な動きがあったと、そういう情報を幾つか耳にしたが、本当…ですか?」
「………ひっ?!」
久々に時間が取れたという連絡の後、彼女が返事を書く暇もなく、彼女の元へと彼は駆けつけて来た。如何やら彼女に手紙を出して直ぐ、自ら追い掛けるようにして馬を走らせたらしく。
婚約者の手紙にぱあ~と花開く如く微笑み、彼女が迎える準備を決意した、正にその時。幸せの余韻に浸る間もなく、彼が我が家に到着したと聞かされた。もし…相手が元婚約者であれば、貴族令嬢の身支度は時間が掛かると、言い訳してでも態と急がせないことだろう。
…カイ様は一体、何を仰りたいの?…それともわたくしに対して、何か…怒っていらっしゃる?
今の婚約者は彼女を本気で心配する余り、急な訪問をすることが度々ある。遅くなるほど余計な心配を掛ける気がして、急ぎ身支度を済ませ彼と対面する。彼はお堅い顔つきでお茶を口にし、まるで尋問するような口調で、行き成り本題に入った。普段のような甘さが全くない彼に、思わずブルっと身体を震わせ。
直近1ヶ月の間、彼とは手紙のやり取りだけだった。漸く会えたと思えば、彼は何故か怒りを向けてくる。身体をビクッと震わせ、不安げに瞳を揺らす彼女を見て、自らの失態を知ったカイルベルトが、慌てて態度を軟化させた。
「…ああ…ごめんね、フェリ。君に怒りを向けるつもりはないのに、最近の君に関する報告の中で、余りに君の無謀な行動を知らされて、無意識にきつい言葉を浴びせてしまったな…。如何やら、僕もまだまだだ…」
「……えっ?…わたくしに関する報告?…わたくしの無謀な行動?…貴方はもしかして、わたくしを見張ってでもおられたの?」
「……っ、見張っていたんじゃない。僕の護衛を付けたのは、何としても君を護りたかったからで…」
「…貴方の護衛を?…わたくしに?」
「…アーマイル家では主人は勿論、正妻や子息子女にも各々、専属の密偵が付けられる。ハミルトン家は一般的な護衛だけだと聞き、私専属である密偵何人かを君に、付けさせてもらった。」
「…………」
フェリシアンヌは呆れつつ、ふう~と嘆息した。密偵を抱える資格を持つとするならば、王族の他に王家と立場の近いアーマイル家、ぐらいだと言える。前世に置き換えれば、密偵は忍者・スパイの類だ。但し、いくら何でも婚約者を護る目的で、公爵家の権力を揮うのはやり過ぎだと、思えば思うほど頭が痛い……
「カイ様はもっと御身のご安全を、顧みてくださいませ。貴方は公爵家嫡男であると同時に、わたくしよりずっと尊いお立場なのですから…」
この国ではこれが、至極当たり前の思想である。前世の記憶と乙女ゲームの知識という、彼らには共通点があるものの、今では自然とこの世界の在り方に、慣れ親しんでしまった。しかし彼女は未だ、前世の記憶に引き摺れているけれど。
「…っ、何を言うんだ!…君の命が僕よりも、軽くあってはならない。身分や地位で命の重さを量るのは、愚か者のすることだ。僕が公爵家嫡男なら、君はか弱き貴族令嬢なのだよ。誰よりも君は、僕の大切で愛おしい恋人なのだから…」
「……っ、カイ様……」
フェリシアンヌが彼の命を尊ぶように、カイルベルトは彼女の命を最も尊重しているようだ。例え、彼女当人が告げた言葉であれ、彼女の命を軽く扱わないでほしいと、激昂しそうになる。彼にはそれは、絶対に譲れない想いで。
フェリシアンヌが何よりも大切で、誰よりも愛おしい存在だと、真顔で告げる婚約者の想いは、未だきちんと届いていないようだ。この世界で彼と初めて知り合い、同郷者として志を共にする仲間として、彼を理解しただけで。婚約者としての彼を知るほど、彼女は追い付けていない。
目のやり場に困るというように、視線を彼方此方に向けつつ、狼狽する彼女の様子が可愛くて。何時になったら気付くのか、カイルベルトには寂しい気持ちよりも、楽しみに思う気持ちが勝ってくる。
…今の世界の彼も過去の世界の彼も、わたくしは何も存じ上げません。何故これほど真っ直ぐわたくしだけ、見てくださるの?…わたくしを強く想うのは、前世での因縁では…と疑ってしまいます。貴方は、どうようなお方でしたの…?
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「……何!?…フェリが例のヒロ…いや、転入生と出会っただと?!」
「はい、故意ではないようです。転入生のご令嬢からは、慕われたご様子でしたので、ご安心を。」
フェリシアンヌと転入生との接触を、密偵から報告を受けた彼は、『ヒロイン』と言いかけるほど動揺していた。青褪めるカイルベルトの背中を、嫌な汗が流れていく。如何やら、偶然が幾つか重なった上でのハプニングらしい。今にも飛び出しそうになるのを、彼はグッと堪えた。
彼女に付けた隠密は、学園の中にも溶け込むように、彼女と同年代の同性を敢えて選んだ。それでも彼の目が届かず、歯痒い……
「……どういうことだ?」
「モニータ伯爵令嬢のご欠席を幸いに、フェリシアンヌ様に大勢の令嬢方が付き纏われた為、避難をなされたのですが…。その先が偶々、ルノブール公爵令嬢が普段から、ランチをなさる場所だったようです。」
クリスティアの欠席した日に、偶然が重なったこととは言え、乙女ゲー展開が起きると、誰が予想できたか。本来ならばこれは、カイルベルトとヒロインが出逢う、正しく隠しキャラルートのイベントだ。例えこれがゲームイベントでも、ヒロインと出会うのが悪役令嬢という時点で、シナリオから逸脱していた。
「…単なる偶然とは言え、彼女から転入生と接触するとは、ね……」
「何故そこまで、ご令嬢を警戒なさるのです?」
「…ファー、戻っていたのか…」
この時点ではカイルベルトは、自らのイベントと知らずにいた。自分が何も行動を起こさずにいた結果、強制力の代わりに自然の摂理が、彼女に向け働いた可能性もあると、彼が後で全てを知った時には、どう思うのだろうか?
密偵が去り1人になって安堵したのか、カイルベルトがつい独り言ちれば、問い掛ける者がいた。彼の専属従者で、隠密でもあるファーレスが、彼の直ぐ傍で静かに控えている。ファーレスは顔には一切出さないものの、落ち込む主人を気遣う様子を見せた。互いの感情を見破れるほど、主人と従者という関係を超え、彼らは信頼し合っているようだ。
「私の調べる限り、公爵家に入る前のルノブール公爵令嬢は、弟達の面倒を見る良き姉で、近所の幼い子供達にも好かれる、優しい人物のようです。但し、自分と同年代以上の者達には、相手側に問題がある場合に限り、攻撃的な面も見られるようですが、カイル様が危惧なさるほどの人物に、私には見えませんけれど…」
従者を見て苦笑する主人に、今までの調査を報告しつつ、主人が転入生をこれほど警戒する理由を、理解出来ないと言いたげだ。カイルベルトも従者の言い分を理解するも、婚約者を守ることを前提に置き、絶対に後悔しない道のりを歩みたい。
「前世のゲーム通りになるとは、流石に僕も思わないけれども、フェリは誰にでも優しく、あまりに警戒心がなさ過ぎる。平和だった前世と違い、今の世界に平和を保障できるものなんて、ないも同然だ。前世の自分が如何に、平和ボケしていたかを知る今の僕には、守りたいものが此処に沢山あるんだよ。守る力がどれだけあろうと、実際に守れなければ意味がない…」
「…私には『前世』や『ゲーム』も、未知のものでしかありません。『強制力』が働かないならば、それほど危険だとも思いませんでした。カイル様が慎重になられる理由も、分かる気が致します。」
ファーレスが公爵家を調べた当初、アレンシアの密告通りのテレンシスに、彼も辟易した覚えがある。但し、本当の彼女の姿ではなく、敢えて公爵当主に対抗した姿であり、使用人達には慕われていた。公爵令嬢に成りたくないという、強い意思も感じられることに、新たな疑念が生まれた。今も調査を継続中であるものの、未だ結論には至らない状況であった。
「はっきりとした詳細は、未だに解明されていないようだな。」
「はい。テレンシス嬢は間違いなく、あの夫妻の実の娘ではありません。実の両親は何処の誰なのか、生きているか死亡したかは、判明しておりません。もう暫くお傍を離れますけれど、宜しいでしょうか?」
「…ああ、頼む。流石に乙女ゲームや前世が絡む以上、ファーにしか頼めない事情だからな…」
実は…他の密偵にもバレているけれど、密偵が仕事上知り得た事情は、見て見ぬふりをしている。ファーレスだけは主人当人から、詳細な説明を受けているものの、他の密偵達には何の説明もない。主人の事情を詳細に知るからこそ、密偵は自らの命をも主人に預けている。そして、密偵が知る必要がないような、不必要な情報に耳を塞ぐのは、当然のことである。
「私が目を離した途端に、フェリの周りが騒がしくなるのは、何故なんだ…」
「カイル様。せめて出掛ける前に感情を抑えてから、会いに行かれるようになさってくださいませ。フェリシアンヌ様を、本気で怖がらせたくなければ。」
「……ああ、分っている…」
アレンシアが学園に潜り込んだと、後から報告を受けた時にも、ドス黒い影を纏っていた主人は、最愛の婚約者が何かに巻き込まれる度に、相手は男女関係なく誰であろうと、悋気を向けている。
そんな我が主人は厄介極まりないと、従者は呆れつつも沈黙し、主人の体裁を守ろうとした。但し、主人を放っておけないと判断した時は、従者も已むを得ず口を挟むけれど……
…我がご主人様の機嫌は、フェリシアンヌ様にしか直せません。このような情けない我が主人ではありますが、どうか見捨てないでいただきたい。今後もお2人が、いつまでも末永く幸せであられるよう、私達がお守りさせていただきます。
カイルベルトの出番が、やっと回ってきました。前半はフェリシアンヌと彼のやり取り、後半は従者ファーレスと彼との遣り取り、となっています。後半部分は前半よりも、過去になりますが。
ファーレスが折角忠告してくれたのに、カイルベルトはフェリシアンヌを問い詰めてしまいました。それだけ心に余裕が、なかったようで…。35話での出会いは、隠しキャラルートのイベントで、彼の代わりにフェリシアンヌが、イベントをすることになったと判明。今後どうなるのか、まだ筆者も分かりません……
暫くの間は、カイルベルトをメインとして、話が進む予定です。




