48話 現実とのギャップに…
王太子妃がアレンシアに協力したことで、今後どうなる?…という展開に。
一体何をどうしたら、この状況が彼の人物と繋がるのか?…この場の全員が心中で、そう呟いたことだろう。そのほどに、ショッキングな内容であると……
「え〜と、もしかして…王太子妃様も、何らかの罪に問われます?…王太子妃様が手助けしてくれると仰ったから、私はあまり深く考えなかったので。やっぱり…不味かったかなあ?…だけど今の平民の私は、王太子妃様に逆らえない立場だし、王太子を狙ったという前科ありで、断れなかったんですよね…」
「「「「「……………」」」」」
アレンシアの今の気持ちは、これが本音のようだ。王太子妃からの提案を、誰が断れようか。誰がどう鑑みても、わが国の王妃殿下がアレンシアを手助けしたとは、絶対に信じないだろう。
……ユーリ様、どうなさるおつもりなの?…王太子殿下に内密の上、シアさんをご紹介しておりますのよ。元ヒロインとの接点を持つ為、ユーリ様が自ら動かれるなどとは、あまりに想定外すぎますわ!…ライトお兄様が真相を突き止められたら、お叱りを受けましてよ。主にわたくしと、貴方様以外の者達が……
フェリシアンヌは顔や態度に出さずとも、内心ではヒヤヒヤした。悪役令嬢達の頭も真っ白となり、暫し思考が停止したらしい。ユーリエルンがカルテン国王太子に嫁いで以降、一番親交が深いフェリシアンヌでさえ、何も聞かされていない。ただでさえ王太子に内緒のことであり、全ての真相を突き止められたら、その後どうなるかと…考えるだけでも、恐ろしい。
「……ユーリ様が…?……何故?……」
「あ、そうだっ!…王太子妃様はフェリシアンヌ様を、凄くご心配されていましたよ。新ヒロインの情報が少しでもほしいと、私に使命を託されたぐらいなんですよ。お友達思いの良いお方ですよね、王太子妃様は…」
「わたくしはユーリ様から、何一つお伺いしてはおりません…」
フェリシアンヌがついポロリと、愚痴っぽく呟いたことから、アレンシアは何か思い出したらしい。王太子妃が命を下す要因と思しき言葉を、代弁者の如く嬉々として告げてくる。王太子妃の口調は実に貴族らしいと、気付かずに。
「あ、そのことですが…。実は…王太子妃様が皆さんに内緒にしようと、私に話さないように仰られていたので、何もご説明ができなかったんですよ。お騒がせして、ごめんなさい……」
フェリシアンヌは内心で、頭を抱えた。…いやいや、ユーリ様はわたくしを出しに使われましたのね、と…。悪役令嬢達も王太子妃の策略に、まんまと嵌められたと気付いて、相手が悪いと苦笑しつつも。
「…ふふっ。友達思いを否定する気はありませんが、王太子妃様は随分と型破りのお方と、お見受け致しましたわね…」
「今まで殆どお会いする機会がなく、王太子妃様のお人柄を存じ上げませんでしたが…。型に囚われない、自由なお方のようですね…」
「…王太子妃様は、行動力があり過ぎですわ…」
目をパチクリしてミスティーヌが嫌味っぽく言い、アリアーネは優しさに溢れる年上らしく、オブラートに包んだけれども、動揺は隠し切れず。またクリスティアの呟きに、皆が頷く。
「…王太子妃様は意外と、行動力のあるお人ですね。自由に動けないご自分の身代わりに、アレンシアさんへの協力という形で、命を下し実権を握ったと…」
「ユーリ様の命に堂々と文句を申せる者は、ユーリ様を溺愛されるライトお兄様だけでしょう。ですからライトお兄様には、絶対に知られてはなりません。もしも存じ上げられた時はカルテン国にとって、由々しき問題となりましてよ!」
ジェシカは如何にも商人らしく、王太子妃の言動を分析する。元貴族のアレンシアより商人の彼女の方が、今の2人の立ち位置を理解したようだが…。但し、王太子妃が絡めば王太子も絡むという、厄介な事例だとは知らなくて。
王太子の真の顔を知る1人、フェリシアンヌからこの状況を見れば、この国の由々しき事態だと問題視しても、大袈裟ではない。何れ国王として、この国を統治する彼ならば…。一国を統治する者としては、ただ優しいだけでは務まらない。普段は温和な顔で振舞いつつ、国や王族に敵意を向ける輩を、厳しく処罰する君主であるべきだ。正に表裏一体の顔を持った彼は、何れ絶対的な君主として君臨する、そういう時代が来るだろう。
「……王太子殿下に知られると、何か問題があるんですか?」
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カルテン国王太子・ライトバルは、人徳者だと尊敬される存在として、一般的には広く伝わっている。しかしその一方で、裏の世界で生きる者達からは、絶対的な恐怖を齎す存在とも、恐れられ始めたようだ。
商人として育ったジェシカは、王太子に会うどころか姿さえ、見る機会はなかっただろう。逆にアレンシアは、王太子と個人的に出逢わずとも、姿は見たことがあっただろう。王太子の裏の顔は、彼女が再び平民に戻ってから、知ったことである。その情報源は主に、フェリシアンヌからだったが。
王太子にバレてはならない理由は、アレンシアも既に知っていたが、頭では理解しても本能的な恐怖もなく、未だ他人事のようである。ジェシカが全員を見渡してから、フェリシアンヌへと期待の視線を向ければ、他の令嬢達もまた彼女へと視線を送る。王族とも親戚関係とされるフェリシアンヌに、自分達に答えを与えてくれるような、諸々の感情を期待した風体で……
「ライトお兄様ことライトバル殿下が、正妻のユーリ様を溺愛されておられることは、皆様もよくご存じなことでしょう。例えユーリ様がシアさんを許されても、わたくしの名を辱めたシアさんが、ユーリ様にも近づいたとなれば、徹底的に排除なさるように動かれますのが、ライトお兄様なのですわ。シアさんの今後の態度次第では、お兄様がどう動かれたとしても、おかしくございませんわね……」
「…乙女ゲーの王太子殿下は確か、真面目で純粋な人物のはず…。現実の王太子殿下とは、性格は全く違うようですね?」
「ええ、そうですわ。ゲームとは真逆の性格ですし、これぞ本物の王族というようなお方です。実妹の如くわたくしを、昔から可愛がってくださいますけれども、わたくしが悪役令嬢らしく振る舞えば、疾うの昔に見限られておられます。殿下と殿下の愛する者を敵に回さない限りは、見た目通り優しいお兄様ですのよ。」
「……本物の殿下って、腹黒策士キャラなのかも…?」
「…うふふっ。裏のお顔をお持ちなのは、本当でしてよ。シアさんが王太子妃の座を狙ったことも、早い段階から警戒なさっておられたと、ご本人からお伺いしておりますわ。ユーリ様を守る為にも、証拠を集めておられたと。」
「…………」
乙女ゲーの王太子は純粋キャラであり、元々腹黒いキャラではない。彼女達も悪役令嬢の設定に逆らい、彼も現実世界のあらゆる波風に抵抗して、生きてきたのだろう。単なるゲームキャラと異なるのは、当然の摂理かもしれない。
乙女ゲーは飽くまでも、前世の大衆が好むように作られた。異世界の記憶を持ったまま転生し、都合よく書き換えたという可能性は、十分に有り得た。ヒロインが権力を持つ男性ばかりを魅了すれば、実際の異世界ではハピエンどころか、バトエンに近い悲惨な運命になるだろう。それは、実際に転生して体験したアレンシアが、良い例えであると言えるかも?
悪役令嬢が単独で依頼するのは、現実的に無理がある。組織に与する裏の者や殺し屋などのプロは特に、自らの命を掛けるに足らない者を認めず、容易に引き受けない。生粋の貴族令嬢として育った娘が、裏の者達と繋がる手段もなく。
要するに早い話が、少なくとも悪役令嬢の片親は関わっている、それが現実的な意見だ。貴族子息達が実家で暮らす以上、従者が子息の世話をする傍ら、執事などから子息の言動を報告させつつ、当主は常に目を光らせているはずだ。一から十まで詳細か最低限かは、各家庭で異なるだろうが。
こうした状況などから、当主が自分の子供の不始末を、全く知らずにいるという事情は、あり得ないと思われた。本当に知らなかったとするなら、その家に何らかの問題があるだろう。使用人の少ない男爵や子爵家など、低位貴族ならばあり得るかもしれないが。プロに依頼するにも金銭若しくは、それに該当する褒美が必要だ。例えば、強盗や誘拐や強姦など含め…
モートン子爵家は裕福になれど、今も庶民を多く雇い入れている。貴族出身の使用人は当主に従順だが、庶民出身の使用人は当主以外にも逆らえず、使用人の質が他の貴族家よりも落ちるようだが。
アレンアシアは気分次第で従者が解雇し、使用人達は彼女の顔を伺った。今まで庶民だった孫が不憫だと、当時の当主は彼女を甘やかしすぎた。使用人が彼女の命に従うのは、尤なことだ。またハイリッシュの言動は当主の父ではなく、母の夫人へ報告されていた。家の代表である当主の怠慢から、起きるべきして起きたことだ。少なくとも弟のラングルフは、真面な人間に育っているのだから……
政略結婚が当たり前の世界で、乙女ゲーのような都合の良い展開は、通常は起こらないだろう。無垢という定義を基準にするならば、真逆な教育を受ける貴族令嬢には、当て嵌まらないことになる。苦労した庶民ほど強かにしぶとく生き、世間知らずな貴族令嬢の方が案外と苦労を知らず、生きていることが多かった。
貴族令嬢がプロの悪人を雇うのは、無理がある。世間知らずで肌も綺麗な貴族令嬢には、別の利用価値があると目を付けたとしたら。騙す目的や裏切る可能性も非常に高く、そういうリスクも無きにしも非ずで……
「乙女ゲーの中の理想の王子さまは、現実では存在しないのよ。純粋無垢の王子さまがあのまま国王になったら、国がいつ傾くのか分からないし、怖くて安心できないよ。本物がゲームの王子と違って、今は良かったと思ってる。」
王太子妃が何らかの罪に問われるのか、それは王太子が存在する限り、阻止されると思います。今回は王太子ライトバルが、如何に腹黒いかを説明中…?
この展開はあと少し、もう少しで次の展開へと移れそうです。次回には、新キャラを入れたいなあ……




