46話 元ヒロインの長い1日
元ヒロインの行動が、悪役令嬢達を困惑させているようで……
「さて、わたくし達が納得いくよう、ご説明してくださいます?…貴方が王立学園にいらした理由を、詳細に……」
フェリシアンヌは重い口を開き、アレンシアをジッと見つめた後、意を決して問いかける。決して激怒してもいないが、理由を明確に説明しなければ、絶対に許さないという意志を匂わして。
フェリシアンヌがこういう手段を取るのは、アレンシアのとある行動が原因と言えそうだ。それは、今日の昼食の時間のこと。フェリシアンヌ達が食堂を利用しようとして、ランチを注文した後に受け取ろうとしたら、アレンシアとばったり出くわしたのである。そう、偶然にも目の前に……
その時のアレンシアの様子から、間違いなく許可なく潜り込んだ、そういう事情に確信が至ったのである。その『許可』とは当然の如く、王立学園の学園長に許可を取ったかどうか、ということになる。
許可は取れていないだろうと、そう簡単には許可が下りないはずだと、彼女のあたふたする様子から理解した。何故ならば、アレンシアはこの学園の元生徒であり、またこの学園を退学させられた者でもあり、本来ならば二度とこの学園に入ることが許されないと、本人にも約束されられていたからだ。
其れなのに彼女は、その重大な約束を破ってしまったようだ。…否、この国の王族も通う王立学園の決まりを、反故にしてしまうとは。当然それは、重大なる違反であると言えよう。その違反を犯したということは……
「…えっと、フェリシアンヌ様に…何もご相談しなかったこと、も…申し訳ありませんでしたっ!……あ…あの、態とではないんです…。本当はお話しようと思っていたんですけど、えっと…ひ…秘密と、とあるお人から言われた所為で、お話できなくて……すみませんでした!」
フェリシアンヌの無言の圧力で、アレンシアは恐る恐るという風に、頭を深々下げて謝りつつ語り始める。アレンシアの言い分では当初、フェリシアンヌに相談しようとしたが、如何やら誰かに口止めをされたということだ。彼女の話を素直に信じるならば、そのとあるお人とは一体、何処の誰のことなのか?
フェリシアンヌとアレンシアが今居る場所、それは…王立学園の食堂でも、王立学園内の何処でもない。其処は、ハミルトン家の客室の一室である。フェリシアンヌ達は通常通りに授業を受けた後、彼女の自宅であるハミルトン家に、クリスティアを伴い帰宅した。ハミルトン家の従者を学園に行かせ、アレンシアをそっと連れ出すようにと、命も出してある。
案の定のことだが、アレンシアはその後も食堂で働いているようだ。仕事中に連れ出すのは流石に良くないと、仕事が終わり次第ハミルトン家に、連れて来させることにした。
事前に御者に連絡を入れさせたお陰で、アレンシアがハミルトン家にやって来る前には、他の悪役令嬢達も集合している。アリアーネとミスティーヌ、また他学生であるジェシカも遅れて訪ねてきた。学園の食堂で働くアレンシアよりも、庶民の学校から帰宅したジェシカの方が、早く来れたようだ。
ハミルトン家に現れたのは、アレンシアが最後である。例え、誰かの手助けがあったとしても、いい加減な気持ちで働くのではなく、真剣に働く彼女の様子は、食堂のおばさま達からも評判が良かった。
「…えっと、フェリーヌ様。一体、どうされたのですか?…ヒロイ…アレンシアさんがまた何か、問題でも起こされたのですか?」
何が何だか分からない…という顔で、フェリシアンヌに恐る恐るという風体で問い掛けるのは、まだ事情を知らぬジェシカだ。アリアーネとミスティーヌには既に、詳細を説明をした後であり、当然ながら彼らも頭を抱えている。
ジェシカだけはまだ来てから、そう時間も経っていない。ジェシカがハミルトン家に到着した後、詳細な説明をする時間がなかったからだ。特に王立学園に一度も通ったことのない彼女には、王立学園の規則を伝えるところから、話さなければならないという事情もあって……
ジェシカが来た後暫くして、アレンシアもハミルトン家に来たので、王立学園の規則に関する事柄も、アレンシアが学園に潜り込んだ真相も、全く説明する時間がなかったのである。
「…そうですわね。何もご説明致せず、申し訳ございません。シアさんとのお話は一旦横に置きまして、ジェシーさんにもお分かりいただけるように、先にお話を致しましょうか。もう一度、皆様にお集まりいただいた事情も含め、初めからご説明致しますわ。」
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「…ひええ~~。ごめんなさい~~~」
時間は、数時間前の出来事に戻る。フェリシアンヌとクリスティアがランチをしようと食堂に行った時、偶然にもアレンシアを見つけてしまった。その時のアレンシアは想定外のことに、真っ先に逃げていく。声を抑えた小声で叫びつつ、ぐるんと向きを変え逃げ去った。
フェリシアンヌとクリスティアは当初、暫し唖然としていた。周りにいた生徒達が不思議そうに見ていると気付き、何事もなかったかの如く振舞いつつ、2人は普段通りアレンシアの話には触れず、何気無い会話でランチを済ませた。食堂で出会った時の彼女の様子を、何度も頭の中でフラッシュバックした事実は、2人揃って隠していたけれども……
フェリシアンヌもクリスティアも、その後の授業に集中できず、学園から帰宅した後の予定で、頭が一杯になっていた。取り敢えずは急遽、ハミルトン家で相談することにしたが、今も…アレンシアの存在が何時バレてしまうかと、何となく落ち着かなくソワソワしてしまう。
何とかその日の授業を、無難に遣り過ごした2人は、ハミルトン家の馬車で侯爵家に向かった。何時もは楽し気に会話をする2人も、今はそれどころではない様子が見られた。2人それぞれが深く考え込み、馬車の中では無言の状態であった。
帰宅時の馬車には、モーリスバーグは乗っていない。5年生である彼はまだ授業がある為、登校時は一緒の馬車で通っていても、普段は別々で帰宅することとなる。現代日本であればこのぐらいは、登下校の道もそう遠い距離ではないが、現代人が30分ほど歩けば帰宅できる、そのぐらいの距離だろう。
但し、この世界で30分も歩くのは、庶民達だけだった。貴族であればどれだけ近くとも、外出時に徒歩で向かうことはない。その理由として、貴族が徒歩で外出をすることは、身の危険を晒すこともあるぐらいに、危ないものと言える。庶民達の中には殺害や誘拐を職業とする者もおり、貴族を対象にする場合もあったからだ。特に貴族令嬢はか弱いという理由から、真っ先に狙われることとなる。稀に、貴族令息も狙われるので、用心に越したことはない。
馬車だから完全に安心というものでもなく、徒歩よりマシな程度だ。また馬車で外出する際には必ず、護衛も付き従う。護衛たちは馬に乗り、馬車の横に付き添うことになる。護衛のいる馬車を襲う輩は、流石に街中では居なかった。
ハミルトン家でも当然ながら、専属護衛を雇っている。王立騎士団の者と変わらぬほどに、またそれより腕を持つ者達ばかりだ。表向き大した役職の文官ではなくとも、王家の血筋も混じるハミルトン家の一族は、其れなりに強い権力を持つ。血筋だけで見たならば、アーマイル公爵家やキャスパー公爵家と変わらぬほど、影響力のある家柄でもある。現在、その事実を知らない者達も、其れなりに多かった。
それはさて置き、クリスティアを伴い自宅に帰宅したフェリシアンヌは、直ぐに家令(=執事長)であるロイドに指示を出し、直ぐに手紙を出させた。勿論、手紙の中身を書いたのは、フェリシアンヌ本人ではあるけれども。
ロイドは急ぎの手紙をあることから、取り急ぎ従者達に届けさせる。最終的に配達の命を受けた従者達は、各家に分かれて手紙を届けに行った。1人はスイセント家へと向かい、また別の1人はフェンデン家へと、更に別の1人はリンド家に、最後となる1人はノイズ家に向かう。ノイズ家に向かった者は、アレンシアを招待したと詫びる手紙を持参し、ノイズ家主人に届けに行ったのである。
アレンシアの元へも、馬車とハミルトン家の護衛騎士を向かわせ、彼女が仕事を終えた後に連れてくるよう、既に伝えた。彼女が仕事を終えるまでは、まだ其れなりに時間がありそうなので、その間に詳細を伝えるつもりでいた。
程なくしてアリアーネとミスティーヌが、ハミルトン家に現れた。今日のことが両親の耳に入るのは、今は性急過ぎて不味いと思われたので、フェリシアンヌの家族は勿論のこと、他の使用人達にも内密とする為、普段は使用頻度の少ない客間へと案内をさせた。
元ヒロインを我が家に入れているなどと、家族にだけは絶対に知られてはいけないことだし、また気まずいことになるだろう。特に今日の事態を知られたら、余計にまずい事態に陥るであろう。
到着したばかりの2人を出迎えた早々に、今日の学食での出来事を語れば、流石に動揺したようだ。アレンシアの愚行には、2人も頭を抱えた様子である。
「アレンシアさんはどうしてこうも、思慮が足りないのでしょうね。徹底的にお説教が必要なのでは、ございませんかしら?……ふふふっ。」
「…アレンシアさんは、無謀すぎますわね。王族の方々がこのことをお知りになられましたら、本当に大変なことですわね……」
ミスティーヌも内心では、沸々と怒りを沸かせながらも、自らお灸を据えてやろうと思っているらしく、笑顔に何となく腹黒さがある。アリアーネは溜息を吐くと、心底彼女を心配する様子を見せつつも、苦笑気味であった。フェリシアンヌも流石にこれは、放っておけないと思う。
「……皆様、今日は…どうされましたの?」
今漸くやって来たジェシカは、4人の様子に困惑を隠せない。嫌な予感が犇々と押し寄せた彼女の勘は、当たっていた。
ハミルトン家に、悪役令嬢キャラが全員集合となりました。プラス、ヒロインというところでしょうか…。ヒロインを糾弾する流れに……?
次回は、ヒロインがどうしてこうなったのか、判明する予定ではありますが、はてさてどうなるのかな……




