44話 人騒がせな元ヒロイン
今回からやっと、主人公側に話が戻りました。タイトル通り、元ヒロインが騒ぎを起こします……
モーリスバーグがアリアーネの相談に乗る頃には、フェリシアンヌは風邪が治ったクリスティアと共に、学食に向かっていた頃だろう。但し、今は其れより少し前に、時間を戻し…。
「クリスがご登校なさって、一安心ですわ。今日も貴方がお休みの場合、どうしたら良いのか分からず、困りましたもの。」
「フェリーヌったら、大袈裟ですこと。わたくしが学園を休んでも、貴方が困ることなどないでしょうに。」
「いいえ!…ございましたのよ!…貴方がいらっしゃらないと大変だと、嫌というほど身に沁みましたわ。」
フェリシアンヌが恐々と登校すれば、クリスティアも今日は登校してきた。親友の存在が、どれほど安心出来たか…。常に傍に居てくれた親友が、僅か1日休んだだけなのに、乙女ゲーでは取り巻きだった少女達に、付き纏われ追い回された挙句、逃げた先で偶々出逢った新ヒロインに、懐かれてしまったから。
そういう状況の中で親友と再会すると、嬉しさも人一倍であるようだ。感激ぶりが甚だしいフェリシアンヌの態度を、クリスティアは不思議に思う。たった1日王立学園を欠席したら、歓迎されて戸惑った上に、偶々自分が欠席した日に、これらの出来事が起こるとは未だ知らなくて。
フェリシアンヌから漸く詳細を聞かされ、目を真ん丸くしたクリスティア。自分が欠席したことが切っ掛けで、悪役令嬢である親友と新ヒロインの2人が、接触することになったとは……
……絶句するとは、こういう事態を申しますのかしら…。まさか、わたくしがお休み中に、フェリーヌが新ヒロインと接触されるとは、驚きましたわ。新ヒロインと仲良くなられたことも、親友のわたくしでさえ予見できませんことよ。流石、お人好しのフェリーヌですわね?
フェリシアンヌを良く知るクリスティアも、苦笑気味である。フェリシアンヌのことを良く知る人々の間では、彼女がとんでもなくお人好しであると、誰もが知っている話だから。
例え、彼女のお人好しぶりを知れども、彼女が乙女ゲーの事情を知る上で、まさか新ヒロインに慕われる行動を取ったり、敵に優しさを向けたりするとは、彼女と仲の良い親友達でもそこまでとは、思いもしないことだろう。勿論、フェリシアンヌ当人は気付いていない。自分が何をしでかしたのか、を……
彼女は誰にでも優しく、相手に対等に接することで、その相手が彼女に心を開くことも、その相手から心底懐かれることも、特に意識していないようだ。自分の行為が相手に、どれだけ影響を与えるか、フェリシアンヌは知らないのだろう。
クリスティアは内心で頭を抱え、この先の道をどう解決すべきか、悩む。友人達にもどう説明すべきか、と…。フェリシアンヌを乙女ゲー通り、悪役令嬢にさせないためにも、自分を含めて周りの者たちは、どう動けば良いのかと思案して。政治など難しい事柄が絡むと、クリスティアには不得手であるし、策略など裏をかく事柄に関しても、また得意ではなく。
…アリア様達にも事情を、ご報告すべきですわね。一足先に新ヒロインと出会ってしまったフェリーヌを、このままにして置けませんもの…。真面目過ぎるきらいのあるアリア様よりは、策略好きなミスティの方が、妙案を出してくれそうね。
クリスティアは裏の顔のある人間ではなく、お人好しのフェリシアンヌ、人見知りの強いアリアーネより、尤もごく普通の人間に多いタイプだろう。どちらかと言えば、アリアーネの方がフェリシアンヌ側に、近い人間と言えようか。クリスティアは2人に比べれば、ちょっとしたことで人を羨ましがったり、大したことでもないのに怒ったり、普通の人間らしさを持っている。
但し、クリスティアも悪口っぽいことを、普段は滅多に言わないのに、新ヒロインとの出会いはそれほど、危惧するものなのだろう。前世の記憶を持ったからこそ、悪役令嬢としての役目を得たフェリシアンヌを、心配するのだろうと…。
前世の彼女はごく一般的な家の娘で、乙女ゲー好きな女性であった。乙女ゲーに登場する、地味な性格のクリスティアとは異なり、今の彼女は単なる大人しいタイプではない。前世の記憶が戻る以前から、前世の彼女に近い性格が表に表れ、元気で明るく前向きな性格であると言えよう。
乙女ゲーに似た世界だと、初めて思い出した時には、あたふたし過ぎたり落ち着きもなかった。今は仲間達の存在が彼女を、より強い存在へ変化させている。
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「…あれれっ?……此処に居るの、お2人に…バレちゃいましたね?…こんなはずじゃなかったんですけど、ね…。あははははっ……」
「「…………」」
実は…フェリシアンヌとクリスティアが、学園の食堂に向かった時のこと。食堂で今日のランチを頼んだ後、ランチを受け取ろうとしたクリスティアと、丁度食事のお盆を生徒達側に出した少女が、真正面からぶつかりそうになる。少女は慌てた素振りで寸前で立ち止まると、貴族の少女の方に顔を向け、謝罪してきた。
「…す、すみませんでした!…お怪我をしませんでしたか?………あれっ?」
「…い、いえ…大丈夫ですわ。其方こそ、大丈夫でしたか?………貴方…?」
貴族の少女ことクリスティアと、食堂で働いている(?)少女は、同時に謝る形でばちりと目が合う。暫しの間、互いに顔を見合わせつつ、2人揃って黙り込んだ。どうやら互いに見覚えがあると、気付いたようで。え~と、誰だっけ…。そういう声が聞こえてきそうな、雰囲気だったけれども。
「えっ!?………シアさん?…どうして、貴方が学園に………?」
「…あっ、あれっ……フェリシアンヌ様。やばっ…早速バレちゃった?……てへへへっ、やっぱり…バレちゃいましたよね?」
フェリシアンヌは当初、2人の様子を不思議そうに見つめた。食堂で働く少女の顔に見覚えがあり、思わず2人の会話に割り込む。唐突に会話に入ってきた人物に、庶民と思しき少女が目を丸くした直後、バレちゃった…と何度も呟く。これを聞く限り、学園にこっそり潜り込んだと、自白したようなもので……
「…まさか、ご自分の身分や経歴など、詐称されておられませんわよね?…今はまだ、此処で何も仰らなくても、結構です。お仕事が終わった後にでも、我が屋敷に来ていただきたいですわ。後できちんと納得がいくまで、ご説明していただきたいと存じましてよ。…うふふっ。」
「……………」
「………は、はい……分かりました………」
化粧などで誤魔化したようだが、過去の彼女自身を良く知る者達で、例えば以前に恋人若しくは、彼女の恋人候補になれた者、逆に婚約者を盗られた者、そういう彼らならば彼女の顔にも、見覚えがあるだろう。クリスティアもそれらの条件に当て嵌まることから、少女の正体を見破れたようだ。
フェリシアンヌは思い浮かんだ疑念から、つい少女に問いかけた。実際に口を開きかけ、少女が今にも答えようとする寸前に、『此処で何も仰らなくても、結構』と言外に匂わせ、口止めをした。『此処では何も話すな』という意味で。貴族流の遠回しな言葉だが、前世でも言い回す言葉である為、流石に少女にも通じたらしく、少女はすっかり大人しくなる。
表向きはあまり変化のないまま、優しい顔をするフェリシアンヌも、話すうちに声が段々と低くなり始め、最終的には更に低いトーンの小声で、笑顔にさえ恐怖を感じる顔へと、変貌させていく。特に『納得がいくまで』前後から、凄まじい怒りを込めているようだ。少女はブルっと身体を震わせ、顔を青くする。
『うふふっ』と誤魔化す笑い声、目が笑っていない状況には、明らかに恐怖が増したことだろう。こうして直接、強烈な怒りを向けられれば、少女は縮こまるように身体を強張らせ、「はい」と返事をするしかなく。
これら一連の流れを、傍で呆然と見つめるしかないクリスティア。これほどの怒りを見せたフェリシアンヌに、内心では驚きを隠せず、見てはならないものを見た気分である。学園へこっそり潜り込んだ少女に呆れつつ、少しだけ同情もした。勿論のことだが、フェリシアンヌがそれほどに怒る気持ちも、理解していて……
「モートン子爵令嬢アレンシアに、最終通達だ。其方個人の事情に、例えどのような理由があれ、王立学園の門を二度と潜ることは、一切許さないとする。そう肝に銘じよ。」
……本当にシアさんは、一体何をされていらっしゃるの?…この状況を、ご理解されていらっしゃる?…シアさんはこの王立学園を、退学処分された身の上なのですわ。退学直前に学園理事長から、このような通達がなされた筈ですのに。まさか、理解できておられないの?…それとも、全く覚えていらっしゃらない?…再入学ができないだけだと、安易に考えていらっしゃいます?
フェリシアンヌがこうした疑念を抱くのも、無理からぬことだろうか。王立学園を退学とされた時、伝えられた通達は絶対だ。再入学を許さない、そういう意味だけではない。『どのような理由があれど』と、言葉が加えられているように、如何なる理由を以てしても、王立学園に入ることを許さない、そういう意味がある。
要するにアレンシアは、理事長からの通達を反故してしまった。この事態が理事長の耳に入れば、騒ぎどころの話ではない。もし…国王の耳に入りでもしたら、学園の問題だけではなくなるだろう。それほどに、由々しき事態なのである。
……ああ、シアさん!…なんてことを、なさったの?…もうこれは、貴方1人だけの問題では、ないのですのよ。これは、由々しき事態なのでしてよ。もしかしてわたくし達も関わったかもしれないと、周りの人達も罰せられるほど、一大事なのですわ。わたくし、どう致しましたら良いのでしょう…?
フェリシアンヌはもう授業どころではなく、気も漫ろな様子だ。一刻も早く帰りたいと、ジリジリするのであった。
前半部分は、久しぶりに登校したクリスティアと、フェリシアンヌとのやり取りでしたが、時間軸としてはモーリス達よりも、少し前の状況となります。
後半部分からは元ヒロインも登場し、3人でのやり取りとなります。アレンシアが学園の掟を無視した、という内容です。
また本文に補足するならば、学園長の言葉は、直接アレンシアに告げられたものではなく、家族宛に手紙で告げられた内容でして、それを見た家族が商家に養子に出す、という結論になりました。…と、言ったところでしょうね……