38話 新たな信仰者の誕生?!
乙女ゲー新ヒロインとの遣り取りも、あともう少しかな…。
フェリシアンヌは悪役令嬢という立場から、新ヒロインとの接触を避けていたというのに、その当人からの思わぬ告白に、言葉を失い混乱する。お昼を一緒に食べるという他愛無い内容は、仲良くなりたいという意味と同等でもある。テレンシスの言い分に若干逸脱したものも感じつつ、それは…気の所為ではなさそうで。
「…フェリシアンヌ様には、ご迷惑ですわよね?…わたくしみたいな中途半端な身分の者が、傍に侍るなど…見っともないことですものね……」
混乱中のフェリシアンヌを余所に、勝手に悪く解釈していくテレンシス。ただ返答を待つヒロインには、フェリシアンヌが暫く無言だった所為で、余計に長く感じたようだ。彼女が断る気だと解釈し、諦めたかの如く明らかに肩を落とすヒロインの姿に、彼女も身振り手振りを加えながら、慌てて否定して。
「…ち…違います、誤解ですわっ!…ルノブール公爵令嬢からランチをお誘いいただいたことは、大変光栄なお話だと驚き誤解を招いたこと、大変申し訳ございませんわ。わたくしも普段は同学年のご令嬢達と、ランチを共に致しておりまして、わたくしの独断ではお答え出来かねます。それに…テレンシス様も、同学年のご学友と共にお過ごしなされた方が、宜しいですわ。年上であるわたくし達とご一緒されるより、楽しくお過ごしになられましてよ。」
フェリシアンヌは公爵令嬢の方が格上だと、お世辞も交えた貴族らしい言葉を含ませつつ、やんわりとお断りする。大袈裟な物言いではあれども、決して嘘はついていない。今吐露した言葉は彼女の本心だと、テレンシスも理解した。自分の方が、立場を弁えるべきなのだと。
テレンシスは悲し気な顔で、断られたことにしょんぼりと肩を落とす。まるでその姿は、飼い主に遊んでもらえないと言われ、シュンとなった子犬みたいだと、そういう感想が頭に浮かぶ。傷付いてはいない様子だったが、寂そうに視線を落とす様子に、この彼女の姿を他の誰かに見られたら…と、この現場を攻略対象にでも見られたら、悪役令嬢であるフェリシアンヌの方が、圧倒的に不利だと思われる。実際にはそれはないが、現実を知らないのはフェリシアンヌだけで……
…今にも泣きそうで、それほど悲し気にされては、悪役令嬢顔の私が虐めたと疑われるわね…。
フェリシアンヌは、そう思い込む。今此処に誰も居なくとも、ヒロインが攻略対象達に話すことで、乙女ゲー通りの展開になりそうで、恐ろしい。自分は未だ悪役令嬢なのだからと、ゲームと重ねて見ていたから。
「…フェリシアンヌ様ほどの人格者に、わたくしの事情を申し上げては、お目汚しなことでしょうね…。今のわたくしには、親しい友人など誰もおりません。王立学園では今まで敢えて、自らそういう行動を取っておりました。わたくしを養女になさった公爵様は、何らかの悪意を持たれておられます。何か良からぬ計画を企てておられると、公爵家使用人達が教えてくれましたのよ。そういう理由からわたくしは態と、養父の命とは逆の行動を取っておりました。」
…所詮、わたくしは庶民育ちの娘ですわ。わたくしの片親が高位貴族だと、そう信じ引き取ってくださった育ての母は、貴族の娘としてわたくしを育ててくださったわ。例え、本当に出自に高位貴族が関わられておられても、生まれた時から貴族令嬢のご令嬢達には、どう足掻いても…敵いません。
テレンシスは今現在も、自分の立場をよく弁えている。母の言葉を闇雲に信じてはおらず、私は高貴な者だと威張ることもなく、公爵家の正式な養女になった今も、自分は高貴な者とは思わない。
フェリシアンヌを敵視し対抗しろと言う、養父の指示に従う気はなかったが、彼女ともっと親しくなりたくなり、寧ろ今は本気で抗うつもりでいる。今の自らの置かれた状況を、なりふり構わず正直に告げようと決意できたのは、心根の優しい彼女に同情されたいと、思ったからである。生粋の令嬢のお手本と言える人物に、親しい友を作れない自らの事情を語るのは、人間として恥ずかしいと思いつつ。
…フェリシアンヌ様には、誤解されたくございませんもの。養父がハミルトン家とご対立されたとしても、わたくしは養父に協力する気など、一切ございませんわ。わたくしの恥ずべき事情も養父の企みも、フェリシアンヌ様のお味方になりたいことも、全てお伝えしなくては……
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この機会を逃してしまえば、フェリシアンヌと本気で親しくなるのは、難しいことだとテレンシスにも安易に分かる。藁にも縋りたい思いで、自らの恥ずべき事情も含め、打ち明けた。貴方の敵ではない、と必死に訴えて。
「それではヒロ……いえ、テレンシス様はお1人でお父君に、対峙なさるおつもりですのね?…何も事情を知らぬこととは言え、貴方には申し訳ないことを進言致しました……」
今度はフェリシアンヌの方が、自らの失言に視線を落とした。クラスメイトと仲良くすることは、ヒロインに養父の言いなりになれと、言ったも同然だと後悔する。しかし、テレンシスが彼女のことを、相当なお人好しだと見抜いているとは、露知らず。ルノブール家当主から見れば、ハミルトン家の人間全てが、目の上の瘤なのだろう。ハミルトン家も警戒を強めているが、ルノブール当主への敵意はなく。
「……っ、い…いえ、フェリシアンヌ様が責任を感じられる必要は、ございませんわ。何もご存知ではなく、この話を切り出したわたくしが、悪いのです。ご進言いただいた内容は、今のわたくしの話とは関係ございませんもの。」
フェリシアンヌはついヒロ…と言いかけたが、テレンシスが気にした様子は見られない。例え彼女が気に留めようとも、本来の言葉の意味を理解するのは、不可能と言えそうだ。もし言葉の意味が分かるならば、別の波乱を齎すことになる。
…危ない、危ない。もう少しで、口走りそうでした…。シアのお話では、ヒロインは転生者ではなさそうですものね…。何とか…誤魔化せたかしら?
フェリシアンヌは心中で、ペロッと下を出す仕草をする。前世の日本人が失敗した時に、よくやっていた『てへぺろ』だ。前世の彼女は、日本人の友達が良くする言動を真似て吸収し、あっという間に日本人らしくなっていき、最愛の旦那様と結婚したことで、日本人として正式に帰化している。母国に里帰りすることはあれど、彼女は永眠するまでずっと日本に、永住したのである。
今でも…あの頃が懐かしいと思えど、あの頃に戻りたいとは思わない。あの頃の人生があればこそ、今の人生が成り立つと知っているからだ。同じく前世の記憶を持つ仲間もできて、前世で攻略した乙女ゲーと激似の世界に、自分達が転生したことに何らかの意味がある、そう推測している。
前世の旦那様を愛したのは、過去の自分で今の自分ではない。心は全く同じ人物だとしても、厳密には同一人物ではないと言えた。例え住む世界も環境が違えども、中身だけは全く同じ人間だと思うところだが、微妙に変化してしまっているのは、当然の摂理なのかもしれない。フェリシアンヌとしても過去は過去のこと、現在は現在のこと、未来は未来のことだと思っている。転生の記憶を思い出さなければ、別の人生を歩んだかもしれない。記憶を持った今は、基本的な性格は同じだと言えたとしても、住む世界や環境など状況の他にも、身分や容姿が異なることもあり、性質にも多少の変化が生じたのかもしれない。
また、自らの生涯の相手となる人物が、前世と同じ人物であることは、有り得ないことだと思っていた。前世の旦那様に会いたくとも、彼も此処に転生することは、不可能なことだから…と。
フェリシアンヌが心中で舌を出していると知らず、テレンシスは寧ろ自分が悪いのだと、大真面目に否定する。テレンシスは彼女に嫌われたくない一心で、好意を示したのである。その一方でフェリシアンヌは、乙女ゲーと同様にテレンシスが清廉だと確信し、流石は乙女ゲーヒロインだなあと、感心しきりであるけれど……
「テレンシス様の養父であられる、ルノブール公爵様のお噂は 予予 、わたくしも両親から伺っております。養女となられた貴方の前で、本来は…お話すべきことではございませんけれども、あまりにも悪い噂ばかりのようですわね。我が物顔で皇家に物申されるお姿に、公爵様の態度は目に余る言動だとして、皇家に絶対的な忠誠を誓う我がハミルトン家も、警戒心を強めておりますのよ。テレンシス様が養父に反発なさるのならば、其れで…貴方のお心が救われますのなら、わたくしも何か貴方のお力になりたいと、思いましてよ。」
フェリシアンヌはヒロインについ同情し、自分がヒロインと敵対する、悪役令嬢の立場である事情をすっかり忘れていた。前作で死を迎えた筈の自分が、未だに堂々と生きていられることで、実感がなかったことも理由のようだ。
乙女ゲーから飛び出したヒロインは、フェリシアンヌが想像したよりも遥かに愛らしく、前作ヒロイン・アレンシアとは真逆の性格のようで、寧ろ…守ってあげたいという気持ちになってくる。
「…も…勿論わたくしは元々、養父の命に従う気は全くございません。養父には無理矢理、連れて来られた身の上なのですもの。フェリシアンヌ様がお味方になってくださるのでしたら、それ以上に嬉しいものなどございませんわ。……できましたら、フェリシアンヌ様を『お姉さま』と、お呼びさせていただいても…?」
「………っ?!……はい?!………お姉さま………?」
フェリシアンヌから力になりたいと告げられ、テレンシスの顔はパア~と明るくなって、花開くかの如く微笑んだ。フェリシアンヌの信仰者が、また1人増えたようで。肝心の信仰対象である本人は、顔が引き攣り困惑気味だ。自覚なしほど、厄介この上ないとは……
フェリシアンヌとテレンシスとの出逢い編、今回は終わりませんでしたが、次回には終わるかと思います。
如何やら、新ヒロインに気に入られてしまった、フェリシアンヌの運命は……?




