37話 悪役令嬢は魅了する
乙女ゲー新ヒロインとの遣り取り、続きです。新ヒロインが意外な発言を……?
…分け隔てなく他人を思いやり、心まで美しい聖女という噂で有名な、彼の人ご本人でしたとは……
目の前の美少女の正体は、侯爵令嬢フェリシアンヌであった。テレンシスはぼお〜と夢現の状態で、美少女を見つめる。一度で良いから会ってみたかったが、まさかこんな形で叶うとは思いもせず。
…このお方が、かの有名なフェリシアンヌ様ですのね?…世間は広いようで、狭いですわ。このような辺鄙な場所でお会いできるとは、正に運命なのですね…。
当の美少女ことフェリシアンヌは、今日会ったばかりの少女の様子に、戸惑いを隠せない。彼女の名を知った途端、うっとりと見つめてくる少女に、一体どういう反応なのかと理解が追い付かない。彼女自身の認識に、自分が学園内で有名だという意識はなく、自らが有名であることを知れば、元婚約者ハイリッシュとの婚約破棄が原因だと、思うに違いない。その後のカイルベルトとの婚約までも、原因の1つとして悪い意味に捉えたことだろう。
ハミルトン家領地民達だけでなく、学園の貴族令嬢や令息からも慕われ、自分が聖女のような扱いを受けていることは、全く気付いていなかった。その上に例の噂のご令嬢からも、慕われることになろうとは、夢にも思わず……
フェリシアンヌの人柄は、前世の彼女の性格を引き継いだと言える。彼女の前世の母国では、彼女の人柄に悪意を向ける人間もいた。好意を寄せる異性が、彼女に好意を持つことで、また彼女がその異性の好意を無にしたことで、同性から悪意を持たれ睨まれることもある。彼女が異性の告白に白黒つけたことは、評価されずに。時には断った異性からも好意を拒まれたと、逆恨みをされ。
彼女の立場からすれば、好意のない異性と取り敢えず付き合うとか、それこそ失礼だと引き下がったというのに、自分勝手な感情を正当化する輩達は、何処にでも存在しているということだ。
日本に来てからは、外国人特有のはっきりとした言動から、彼女に対して悪意を持つ日本人は少なくて、彼女に親切にしてくれた。その後の彼女は、誰を好きなのかが明確で、誰も…横槍を入れる勇気はなく。彼女の旦那さまは異性にモテないと思われたが、分け隔てなく誰にでも同じく接する姿勢に、彼への密かな想いを持った異性も、ひっそり存在していたけれど…。異性の好意に全く気付かない彼に、告白をする勇気のない者達が振られる前にと、去っていったと言うべきだろうか。
特に、後に妻になる彼女が彼の恋人となった後では、告白する勇気のある日本人女性は、存在しなかったに違いない。美人で豊満な体形の外国人女性だった彼女は、一般的な日本人から見てもモデル並みのスタイルの良さで、非常に羨ましい存在であったことだろう。
反対に、彼女に惚れる男性もいたにはいたのだが、後の夫である彼と恋人同士になってからは、心身共に逞しくなった彼を、本気で敵に回したいとは思えず…。以前から身体を鍛えていた彼は、服を着ていると分からない細マッチョ体型で、彼女と恋人になったことを切っ掛けとして、彼女を守る為自信を付けていった。あれほど自分に自信のなかった彼は、何処に行ったのか……
現世のフェリシアンヌは、前世の記憶を取り戻してからは、心情は前世の彼女に近づいていた、と言えそうだ。前世の彼女の記憶の中にある暗い影も、今の彼女には影響したようで、他者との関係には慎重になっていた。
乙女ゲーと激似のこの世界で、ハイリッシュとの婚約成立直後であり、これらの現状も彼女の心境に影響した、と思われる。その後の彼女はより慎重となり、元婚約者からの横暴な婚約破棄に対策しようと、明後日の方向に邁進していった。但し、自分の他にも転生者が居る、という考えは何故か一切なくて、彼女の親友達が転生者だとは気付かずに。
…わたくしの顔をジッと見つめられておられますのは、一体どういう状況なのでしょうか?…もしや、わたくしの悪い噂を聞かれた所為で、恐怖を感じて怯えていらっしゃるのでは……
フェリシアンヌは前世から、自身の噂に無頓着であった。テレンシスにぼお~と見つめ返され、悪役令嬢の噂に怖がられたのだと、彼女は誤解する。元婚約者の断罪計画は失敗させられても、彼らへの重い罰は望んでいないのに、結果的に自分が元婚約者を断罪した形に、なってしまっていた。前世の彼女はここまで自分のせいにしなくとも、思いの外に乙女ゲーの設定が枷となったのか…。
相手の少女が放ったこの次の言葉に、今度は…フェリシアンヌの方が、呆然とするのであった。
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「…フェリシアンヌ様のお噂は、兼ね兼ね伺っておりますわ。このような場所で偶然にもお会い出来ましたことを、大変嬉しく存じます。フェリシアンヌ様のような高貴なお方と、こうしてご一緒にお過ごしできたこと、わたくしの一生の良き思い出となりましてよ。…あ、あの、ご無礼なこととは承知しておりますが、今後もこうしてフェリシアンヌ様とご一緒する機会を、お許し願えますでしょうか?」
「……………」
テレンシスが彼女の噂を聞いた、と会話を切り出したことに対し、フェリシアンヌはてっきり自身の悪い噂のことだと、ビクッと肩を揺らす。しかし、テレンシスは彼女の様子に気付かず、彼女とこうして共に過ごした時間を、一生の思い出という宝にしたいと、彼女をベタ褒めだったのである。テレンシスの誉め具合に、逆に彼女の方が戸惑ってしまう。流石に噂に鈍感な彼女も、一体どういう内容の噂が流れているのかと、疑問を投げかけたいほどだ。
今後もお昼を共に過ごしたいと、テレンシスが願い出たことに、フェリシアンヌに更なる混乱を招いた。目をキョトンと丸くし、あどけない仕草となる彼女に、当然ながら悪意は一切なく。
その様子を見ていたテレンシスは、思わず悶えそうになったほどだ。自分より1歳年上だと知っていても、頭を撫でまわしたくなるほどに、小動物のような愛らしい姿に見えてしまった。彼女は昔から可愛いもの・綺麗なものが大好きで、その中には人間もその対象に含まれている。但し、そこには例外なく異性は含まず、同性のみに限ったことではあるけれど。
フェリシアンヌからの返答がもらえず、テレンシスはテレンシスで誤解した。名乗らない自分に、彼女が侮辱されたと怒ったかもしれないと。未だに名を明かしていないと気付き、この国の貴族として正式な礼を取り、挨拶して。
「フェリシアンヌ様、こうしてお会い出来たことを、神に感謝致します。今まで名乗りもせず、大変ご無礼を致しました。わたくしは最近、ノルブール公爵家養女に迎えられた、『テレンシス』と申す者ですわ。フェリシアンヌ様もわたくしが庶民だという噂は、もう既にご存じのことでしょうね…。本来ならばわたくしのような身分の低い者が、フェリシアンヌ様とこうしてお会いすることは、有り得ないことだと存じ上げております。もし、フェリシアンヌ様が不愉快でいらっしゃらないのでしたら、わたくしを貴方様の配下にしていただけませんか?」
「……っ!!………?!……………」
西洋風世界ならではのカーテシーで、自らの名を名乗ったテレンシス。最近まで庶民だったとは思えぬ所作に、フェリシアンヌは凝視するように見つめた。目の前の少女の正体を知らされ、言葉を失くし青褪めている。彼女もまたテレンシス同様、まさかこの辺鄙なイベント場所で、ヒロインと差しでお昼を共に過ごすとは、予想もしなかったのだから……
…目の前の何とも愛らしい少女が、新ヒロイン『テレンシス・ルノブール』本人でしたとは…。何とも言えない嫌な予感は、これでしたのね…。乙女ゲーヒロインと悪役令嬢が出会う展開は、乙女ゲーの中のイベントでも、皆無でしたのに。まさかの攻略対象の誰とも恋愛しない、友情エンドのルート?…まさか、悪役令嬢と恋愛する百合ルートは、存在しませんわよね?
この世界は乙女ゲーそのものではないと、前回の展開で確認できたけれど、こうして再び新ヒロインと絡むことに、乙女ゲーだからという理由だけで、簡単に無視できる問題ではない。
フェリシアンヌも続編に突入したと知っても、親友令嬢達が同じ転生者だと知ってからは、何とかなると油断した。今後は自分1人ではなく、親友達も居るから大丈夫だと、安心し切っていた。アレンシアの情報で、我が儘なヒロインだと聞いていた所為で、会えば分かると思っていたのに。
…シアさんが提供された情報で、却って外見ばかりしか、判断しておりませんでしたわね。ご本人のお話では、彼女は今の公爵家で酷い扱いをされておられ、本当のご両親の為に我慢なさっておられます。彼女のあの我が儘な態度は、態とされておられる演技なのでしょうね…。
誰しも自分を慕う人物に対して、冷たく振る舞うことは難しい。例えそれが、自らを破滅へと追い詰める人物であろうと、感情を移さず無下に突き放すことは、困難なことだろう。特にフェリシアンヌのようなお人好しは、例え後で後悔することになろうとも、どれほど相手に非があれども、彼女は自分を責めるに違いない。
当然の如く例の乙女ゲーには、百合ルートは存在していない。例え、悪役令嬢が百合要素を持てども、百合のヒロインでは乙女ゲーとして、世間一般からは認められないからだ。
そのことはフェリシアンヌも理解していたが、新ヒロインの言動に混乱し、真面に判断できずにいる。テレンシスの本心が分からず、未だ彼女の頭の中は混乱中である。何しろテレンシスの衝撃発言は、百合ルート以上に危うげな内容を、含んでいたのだから……
…何故にヒロインが、わたくしに憧れるような素振りを、されますの?…わたくしの配下になりたい(?)とは、一体どういう意味なのですか?!…わたくし、どう対処すべきでしたのよっ!?
フェリシアンヌとテレンシスとの遣り取りが、続きます。お互いの正体を、漸く知ることになりましたが…。本来は、新ヒロインと攻略対象が出逢う筈のイベント会場にて、敵となる間柄の2人が出逢った、という場面です。
今回は、新ヒロインに振り回される悪役令嬢、という回となりました……




