36話 運命を感じる出逢い
前々回、35話の続きとなります。意外な展開に発展する…?
「では、これにて失礼をさせていただきますわ。」
「…っ!…あ、あの…お待ちください!」
「………はいっ?!」
目の前の美しい少女は完結にそう告げると、あっさり引き下がろうとする。先客である筈の彼女が此処から立ち去ることに、罪悪感を感じたテレンシスは、慌てて美少女を引き止めた。テレンシスが引き止めたことに対し、驚いたように目を丸くしつつ、美少女は僅かに首を傾げキョトンとする。
美少女の第一印象にはキツめの印象を感じるものの、その仕草は非常に愛らしい姿であり、テレンシスは相手が同性だと知りつつも、見惚れてしまった。寧ろ同性でなければ、一目惚れをしただろうに…と思われるほどで。
…ああ、危なかったですわ。一目で虜になりかけましたわ。日頃から負けん気の強い私には、真似が出来そうにない愛らしい仕草でしたもの…。これほど美しく気品のあるご令嬢は、一体何処の何方なの?
実際に一目少女を目にし、美少女にすっかり心を奪われたテレンシス。特に前世の記憶などはないし、前世でいうところのGLを好む訳でもなく、単に可愛い物や綺麗な物が大好きな彼女。但し、その中には人間に対する容姿や性格も、含まれているだけという…。
…これほど綺麗な美少女は、今までにお会いしたことがございません。一瞬で目が奪われた上に、心まで澄んだお人だとは…。是非ともこの機会に、お近づきになりたいですわ…。
今にも此処から去ろうとする美少女を引き止めつつ、テレンシスは策略する。美少女は未だキョトンとし、純真さが表に現れているのが分かるほどだ。高貴な貴族令嬢とは思えぬほど、素直な表情だと感じさせられた。益々、この美少女とお近づきになりたいと、テレンシスは口説く作戦に出る。
「…あ、あの、ご迷惑でなければ…わたくしとご一緒に、お昼を召し上がられませんか?…いつもは1人寂しく昼食を摂っておりますので、こうしてお会い出来たのも何かのご縁かと…。もし…お嫌でなければ、お付き合い願えませんか?」
テレンシスはいつもこういう時に使う、奥の手を利用する。上目遣いで下から媚びるように、寂しげに装いつつお願いするのだ。そうすれば大抵の相手は、断れなくなるようだ。この方法ならば、異性はイチコロだと誰もが思うだろうが、実は…彼女はこの奥の手を使う相手は、同性限定なのである。
これでGL好きではないと言っても、信じられないだろう。彼女はただ単に、可愛いものや綺麗なものが大好きで、その中に同性に対するものは含まれても、異性に対するものは一切含まれていなかった。彼女には血の繋がらない弟が3人も居り、現実での異性の悪ガキ要素を知り過ぎたお陰で、異性に対しての夢が見れなくなっていた。早い話が…姉妹が居ない彼女は、優しい姉や可愛い妹がほしいと望み…。
テレンシスの容姿は本来であれば、媚びる女や嫌な女だと、同性からは嫌われる要素であろうが、彼女の場合はこういう言動のお陰でそうならず、意外と同性から好意を持たれている。実際に下町では、同性の友人達が多かった。
その代わりとして、一部の異性達から嫌われている。異性である自分達を拒絶したのだと、彼らは勝手な想像を膨らませ、彼女をお高い女だと決めつけた。挙句の果てには、僻んで逆恨みしたのである。何方にしろ、彼女から相手にされていない、彼らの身勝手な行為だと言えよう。
そして、テレンシスが美少女に好感を持つのは、ごく自然で当然のことだ。初顔合わせの時から、嫉妬心や軽蔑する態度を取られないのは、彼女にとってごく稀のことであり、非常に嬉しいことなのだ。例え、彼女の経歴を知らないだけであれど、美少女の態度には不自然さが見られない。人を外見で判断しない人物だと知れば、もっとこの美少女のことを知りたいと思うのは、当然である。テレンシスは勇気を絞り出し、一緒に食事をしようと誘ってみた。
テレンシスからのランチのお誘いに、美少女は大層驚いた表情である。つい先程知り合ったばかりの相手から誘われ、少女が警戒するのは無理もない…と、しょんぼりと肩を落とした彼女は、その後に発せられた美少女の言葉で、目を見張った。
「…ええ、そういうことでしたら…これも何かのご縁ですね。折角誘っていただいたことですし、ご一緒にお昼をいただきましょうか?」
テレンシスの唐突な誘いにも、美少女は嫌な顔ひとつせず、にこりと笑顔で微笑んで了承したのである。こうして2人の少女は、此処で共に昼食を摂る。食事をしつつ身近な話題など語らい始めると、2人はあっという間に仲良くなっていく。
本来は食事中に話すことは、貴族として礼儀違反と言うべきだ。しかし、2人は口に入れた状態ではなく、その合間に間を取りつつ話しており、十分にセーフと言えることだろう。
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「…はい、そうですわ。わたくしの実家はこの国での立場が低く、わたくしの育ちも良いとは申せませんわ。ですが、母の厳しい躾けのお陰で、わたくしもこのような立派な学園に通うことが、出来ました。今は学園に通い、多くの知識を身に付けたいと、養父母の元で多少寂しくとも、わたくしも耐えております。」
「…まあ、そうなのですね…。ご実家は辺境で遠過ぎて、王立学園に通えないのですか…。それで仕方なく、今のご両親の養女になられたのですね…。」
「……はい。王立学園に通うのは、わたくしの両親…特に母親の、強い望みでしたから…。養父母はわたくしが養女となることを条件とし、その条件を呑まれましたのよ。けれども、養父がわたくしを養女として望まれた本当の理由は、わたくしを両親から完全に引き離すことでした……」
「…っ……まあ、酷い!…何故、それほど酷い仕打ちをなさるのかしら?」
「…実はわたくしにも、真意は分かりませんわ。母は何かをご存じのご様子でしたが、わたくしには肝心なお話をしてくださらなくて…。養父母には嫡男も令嬢もおられますし、如何いう理由でわたくしを養女になさったのか…。養父は野心家のようですし、わたくしを利用したいのでしょう。養母と令嬢からは憎まれ、また嫡男の令息からは…売女を見るような視線を、向けられておりますの……」
「……それは、何と酷い扱いですこと!…ご両親から引き離されただけでもお辛いでしょうに、養父母のご家族の態度は悪意を感じましてよ。全く関係のないわたくしでさえも、怒りを感じましてよ。」
テレンシスは庶民育ちという環境でも、母親の厳しい貴族教育のお陰で、貴族との会話でも十分に通用した。後は、下町の環境下の暮らしをぼかし、如何にして貴族風に誤魔化すかということも、これに関しても育ての母親が、上手な例えを教えてくれたのである。
お陰で彼女は本音を晒しつつ、嘘も全く吐いていない。美少女は真剣に他人の話を聞いた上で、他人の事情を自らの事情のように受け取り、テレンシスの事情にも単なる同情からではなく、真摯に怒りを感じてくれているようだ。
…わたくしの環境に同情をしてくださる方は、周りにもおられますけれど、ご令嬢のように真剣に熱意を持って、わたくしの話を聞いてくださるお方は、いらっしゃいませんでしたわ…。同情的な方々の殆どは、実際には自らと関係の無い他人事として、捉えていらしただけでしょうね。
テレンシスが感じているように、実際には誰もが他人事であった。但し、この美少女だけは違う。他人の痛みが自らのことのように、感じているようだ。然もそれを鼻にかける様子も見せず、これが…本当の姿なのだろうとも感じられる。
自分のことのように怒る美少女に、テレンシスは心底嬉しく思う。初めて会ったばかりの人物に同情するのではなく、本音で接してくれようとする少女に、ドンドン惹かれていく。もっと仲良くなりたいと願うのは、当然の流れであるだろう。
こうしてランチを楽しく過ごしたのは、テレンシスにとっては久々だ。もうお昼休みも終わるかと思えば、何とも名残惜しいことか。次も絶対に此処で会えると保証されない以上、是非とも彼女の名を知りたいと、意気込む。自分から名乗って警戒される前に、相手の名を教えてもらおうとさり気なく仕向けて。
「…あ、あの…宜しければ、お名前をお伺いしても……?」
「勿論ですわ。わたくしはハミルトン侯爵家の長女で、『フェリシアンヌ・ハミルトン』と申します。友人達からは『フェリーヌ』と呼ばれておりますのよ。宜しければ、そうお呼びくださいませ。」
……このお方が、フェリシアンヌ様ですって?…養父は、敵とばかりに名を教えてくださったけれど、やはりそういうことですね…。養父にとって、都合の悪いお家柄なのでしょう。飽くまでも…養父には。
「お前はハミルトン家より上位貴族である、ルノブール公爵家の養女だ。王子が通学しない王立学園では、いくらハミルトン家が王家とは遠縁と言えど、恐れるに足りない相手なのだ。王太子や王太子妃を味方とした、ずる賢いハミルトン家の血を引く娘には、絶対に近づくな。」
美少女が名乗った名に、テレンシスは驚いた。学園への入学前、養父がこのように我が物顔で命令して来た。当然ながら彼女は、養父の言葉に従う気も更々なかったが。学園に入学してから、他の生徒達を避け続けているのは、養父に反抗する為である。別に…学園の生徒達と仲良くせずとも、教師達から必要な情報は得ている。休憩時間に質問をするという体で、職員室に入り浸っていた彼女は、勉強に関する質問の合間に、学園の生徒達の探りを入れていたりする。
上位貴族の令息令嬢に、失礼がないようにしたいと言えば、大抵は教師の方から教えてくれるのだ。既に…フェリシアンヌが無害な人物だとも、一応知っていたけれど。実際に自らの目で見て……
…フェリシアンヌ様と出逢えたことは、運命なのではないかしら?
前回は番外編で、前世の夫側の想いを描きましたが、いかがでしたか?…病むまではいかなくとも、彼も未練たらたら…の状態かと。
今回、漸く美少女の正体を知ったテレンシス。彼女を養女にしたルノブール公爵の狙いは、何なのか…。少しづつ話が進むことになるので、公爵本人が登場するにはまだ先の先かと。
さて次回は、フェリシアンヌが驚く番かな……




