閑話1。貴方との幸せな記憶
今回は、番外編のお話となります。ちょっとひと休憩…ということで。
最近になって今更ながらに、前世の夢をよく見ていた。夢とは元々、その人物の記憶を寝ている間に整理するという、人間の脳の働きの1つなのだと、前世の専門家と言われる人々が分析していたと、俺も記憶している。
前世の夢がどういう内容なのかと語れば、その時により多少異なるものの、夢の内容は大体が彼女と知り合ってから、であった。彼女とは、俺の最初で最後の恋の相手という、俺の妻になった人物だ。但し、妻だった人は俺と同じ日本人でも、また外国人とのハーフですらもなく、完全に国籍も外国人なのだけど。
前世の妻とは、彼女が日本への留学という形で、お互いにまだ大学生の時に出逢っている。部活動の一環で参加した俺は売る側で、大学の友人に付き添った彼女は客として、フリマ会場で偶然出会う。その時は単に、それだけの関係だ。
彼女が留学する大学と、俺が通う大学との間で交流会が行われ、それが切っ掛けで彼女と再会した。彼女も俺を覚えていて、明るく声を掛けてくれる。日本語がペラペラの彼女は、外国人特有とする外国人っぽいアクセント訛りもなく、日本人同様に綺麗な日本語を話せた。彼女が外国人だという現実を忘れつつ、俺は徐々に彼女と親しくなっていった。
他の異性との関係はこれまで、友達以上恋人未満の関係までだ。俺が少しでも好意を持っても、相手からは友人以上には見られない。俺の性格や外見が、恋愛相手としては相応しくないらしい。この頃の俺は、本気で恋愛することを諦めていた。
彼女との関係も友人止まりだと、安易に考えていた。同じ日本人女性に異性として意識されないのだから、日本人よりも行動的な外国人の彼女に、友人以上の異性として好意を持たれないだろうと、当初から無駄な期待はしなかった。
「…私、あなたが好きよ…。外国人の私にも優しくしてくれるあなたは、とても素敵な人だと思ってる。日本人は元々優しい人が多いけど、それでもあなたは誰よりも優しくて、私は…そういうところが大好き。」
「………えっ?……………」
…これが愛の告白だと、誰が思うことだろう。実際に俺は、人間としては好意が持てる人物なのだと、そういう意味で言われたのかと、納得しかけていた。今までにも、心覚えがばっちりあったし……
「友人的には凄くいい人だけど、異性としては頼りないのよね…」
元々俺は女子達から、「〇〇君って、優しいね?」とよく言われた。〇〇とは俺の前世の名だ。異性の女子から面と向かって、こうした言葉を投げかけられたこともあった。それなのに…彼女の口からさらりと、告白めいたセリフが飛び出した事実に時めきつつ、呆然とした俺。ふと彼女が日本人ではないと思い出した時、日本語の使用方法を間違えて捉えたという、そういう可能性も考えた。
…日本人女子は異性に対しては、これに似たような思わせぶりの言葉を、よく使うよなあ…。そういう点で女性は、作戦上手なのかもね。それに対して男性は、基本的には単純な思考なんだろうな。俺も何度か、痛い目に遭ったよ……
「私は…あなたがいいっ!…あなただから、好きになったの!」
「…………」
彼女はそう言い切った。俺が今一信じていない様子に、その後も猛アピールされたけど。その度に、俺のどういうところが好きだとか、きっぱり語ってくる彼女に、彼女の本気度を感じつつ、俺は只管…戸惑うだけで。
優しい人間なんて其れこそ、この世界中に大勢居る。日本人の俺から見ても、彼女は其れなりに美人さんだと思う。それに比べ、男性として致命的な可愛らしい容姿の俺は、ごく平凡だと思われた。背もあまり高くもないし、ヒールの高い靴を履く彼女と並べば、背丈が殆ど変わらないような…。幼い頃から稽古で鍛えた身体も、男性としては大したことではない。彼女と本気で釣り合うとは、思えない。
「そういうことは、全く関係ないわ。他の人達が何をどう言おうと、私には関係ないのよ。あなたが私と釣り合うかどうかは、私があなたに釣り合うようになればいいだけよ。私は絶対に負けないし、自分の恋を貫くわっ!」
…う~ん、これは…日本人にはない、考え方かな…。彼女らしいという前に、外国人らしい考え方だと言えそうだ。日本人は自分より他人を優先するけど、外国人は他人よりも自分を優先するんだな。
彼女は自分が言い切った通り、全力で俺にアタックしてくる。それに対して、唯々たじろぐ俺だけど…。彼女が自分に向けるあからさまな好意に、俺も少しずつ嬉しさを感じるようになっていく。結果として、俺は彼女以上に愛するようになった。生まれ変わっても愛したい…と思うほどに、愛が重くなっていくのであった。
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俺の前世の妻だったフェリは、俺に猛アタックしてきたものの、俺の気持ちを無視して付き纏うような行動は、一切していない。飽くまでも常識の範囲内であったし、俺が少しでも嫌そうにしたと思えば、彼女の趣味や嗜好を押し付けるようなことは、絶対にしなかった。況してや、彼女の告白を俺に無理強いはせず、俺が自然に彼女を受け入れられるまで、待ってくれていたようだ。
前世での俺は異性から、いい人止まりの友人枠扱いであったし、今の俺と比べる自体がおかしな話だろうけど、実は今のように見た目で好意を持たれることに、つい敬遠してしまう。勿論、モテることに慣れていないことも、一理あるが……
今まで、現世の俺に好意を伝えてきた人物は、今の俺の容姿や家柄ばかりを見ている様子が、手に取るように理解できたのだ。だからこそ、俺は外見しか見ない異性達には、敢えて冷たい態度を取ってきた。優しくするばかりが、本当の優しさではないことは、今の容姿の俺だからこそ身に染みている。何しろ女性達は、俺が受け入れて当然とばかりに、執拗に付き纏ってくるのだからね…。
俺も生まれた時から、前世の記憶を持っていた訳ではなかった。物心ついた頃から何となく、不思議に感じたぐらいだ。時折、前世の記憶の一部が頭にチラついて、馬車を自動車と比べてみたり、冷蔵庫やエアコンがないと嘆いたり、無意識に前世の当たり前の生活を、思い浮かべていたようだ。
勿論、自分で思い浮かべて置きながら、「自動車とはなんだ?…冷蔵庫やエアコンなんて、見たこともない…」と、頭の中に疑問符が浮かぶ。声に出して誰かに言わなかったことだけは、幸いだと言うべきか…。
その日、高熱を出した俺は寝込む。高熱を出し生死の境を彷徨った俺は、前世で過ごした過去の夢を、その時に見た。異性には冴えない男子としてモテず、何故か同性にモテることもあったと、様々な苦い思い出と共に、妻との楽しい思い出も夢の中に現れた。前世での一通りの俺の人生を、夢として見終わる頃には峠を越え、漸く目を覚ましたのである。
こうして俺は、前世の記憶を取り戻す。但し、この世界にそっくりな乙女ゲーに関しては、この時点でははっきり思い出せていないけど、俺にはどうでも良かった。俺が気になったのは、前世の妻の存在だけだったから……
生まれ変わったら…と言うような約束は、特に妻とは交わしていない。それでも何故か、彼女が同じ世界に存在しているような気がした。特に確証はなくとも、年が近い異性へと妻も転生したのだと、信じたい。だがこうした俺の行動は、俺の婚約者の立場を狙い、群がろうとする少女達を増やしていた。俺が自分の婚約者候補を探し中だと、誤解したらしい。こうして近づく少女達は、悪魔のようだな。
「わたくしこそが、貴方の婚約者に相応しいですわ。」
このように、図々しく言い張る少女もいた。残念ながら、そういう異性に好意を持てそうにない。いくら容姿が変わろうと、前世の妻の魂を持つ人物でなければ…。一目で見抜けるかどうかは、自信があるとは言い難い。
それに…異性にモテても、ちっとも嬉しくない。拒絶しても無視しても、自分本位で一方的な好意を伝える異性には。前世で妻と知り合う以前には、あれほどモテたいと思っていたにも拘らず、異性からモテることにこれほどのエネルギーが必要だとは、初めて知った真相で。
成長するにつれ俺は、前世の妻の存在を半ば諦めた。西洋風のこの世界が、何らかの前世の乙女ゲーの世界では…と疑っていた俺は、俺の思い違いだったのかもしれないと、妻を探すことを断念する。
それとなく何年も探したけど、今まで見つかっていない。国民全員から探してはいないが、未成年の俺が探せる範囲は狭く、容姿や家柄や名前が異なるのは間違いなく、前世持ちだという事情もまた、父や周りの誰にも詳しく話せない。俺の身を守る為に付けられた護衛ファーには、彼が俺との年齢も近いこともあり、守りやすいよう事前に前世の事情を伝えていた。
俺は…妻を探すことを諦めたことで、他の令嬢との婚約も断っている。元々決まった婚約者もおらず、異性からも距離を置いた俺のことは、同性が好きなのだと悪意のある噂を流された。…まあ、その噂の所為で異性からも距離を置かれ、俺は気分が良いけどね~。
ところが、探すことを止めてから、やっと前世の妻を見つけた俺。彼女は、別の貴族令息の婚約者であった。道理で今まで見つけられない筈だと、溜息を吐く。俺も流石に、他の貴族と婚約中の令嬢のことは、調べられない。この世界での女性は貞淑さを求められており、他の男性と親しく会話するだけでも、浮気に疑われることもある。保守的な思想に縛られた、世界なのだから。
…それにしても、運が良いと言えよう。彼女には申し訳ないことだが、俺は彼女の婚約破棄に対し、嬉しく思っている。この現世でも再び妻と出逢い、こうして彼女の婚約者となったことに。
今度こそ、俺は正直になる。「前世も現世も、君を愛している」と、俺は彼女に伝えたい。君を幸せに出来るのは、前世も現世も俺だけだよ、と……
前作『婚約破棄から始まる…』とダブる内容ではありますが、ここで彼の方の気持ちをしっかり書き直したく、新たに書いています。実は…既に、彼は彼女に相当の執着をしていまして、彼としては自分から告白していないことを、凄く後悔していたのです。前世で死ぬ間際に、もう一度巡り会えたら自分から…と思いながら亡くなったので、今回はその希望が叶ったということでしょうか。
次回は、35話の続きになります。更新遅れ気味で、申し訳ありません……