31話 新ヒロインのお披露目
お待たせ致しました。第2部を開始します。
今回から漸く、新ヒロインの登場です。
前世日本でとある乙女ゲー作品が発売された後、人気を博したお陰でその続編の新シリーズが発売された。続編主役である新ヒロインは、入学時期が終わってからの途中入学で、お披露目となる。これが、ゲームのオープニングであった。
その乙女ゲーに激似なこの世界に、新ヒロインは本日入学してくる予定だ。ゲーム中での設定では、詳しい時期や日付は何も出てこないが、現実世界では王立学園の生徒達の耳にも、詳しい情報が入ってくる。そしてこの情報は勿論、王族にも報告されていた。学園に通うことのない王太子妃・ユーリエルンは、友人達を唯見守ることしか出来ず、歯痒い思いでいた。
王立学園では殆どの生徒達が自宅から通い、侍女や侍従を連れて登校することはできない。また、アレンシアのように退学扱いとなった者も、当然の如く二度と通学は許可されていない。
前ヒロイン・アレンシアが今更どれほど侍女の勉強を頑張ろうと、誰もが意味のないことだと思うだろう。ところが王太子妃だけは、この状況を利用できると踏み、一慶を案じていた。彼女には甘い王太子に、王立学園に通うことが叶わない代わりにと、ある条件を申し出る。
自分も学園に通いたいと申し出た妻に、流石に王太子も許可は出せず。一度だけと願う妻が他の妥協案を申し出せば、つい詳しく詮索せず許してしまう。拗ねる妻が可愛いと顔を緩めた王太子殿下に、フェリシアンヌ達はチョロすぎる…と呆れそうな話だったが、残念ながら彼女達は今はまだ知らぬ事情だ。
正式に入学手続きを済ませた、新ヒロインことテレンシス・ルノブールは、途中入学者として担任教師に案内される形で、今は教室に向けて歩いていた。公爵家では我が儘な態度を取る彼女は、今は別人のように大人しい。
担任教師として彼女に関する情報を、入学前から知り得た彼は、彼女の言動に警戒していた。入学してからの彼女の態度には、何も問題もないように見える。また、彼は彼女に会った瞬間、何とも言えぬ不思議な縁を感じ、以前から何らかの繋がりがあるような、ずっと知っていたような……
『スラリートン・サイス』
これが、担任教師の名だ。彼は、例の乙女ゲー攻略対象の1人である。この世界が乙女ゲーそのものではなくとも、何らかの関連があるのは間違いなさそうだ。自分の意思を強く持てば強制力は発動せず、特に意思を持たずに自然でいれば、攻略対象の数人がヒロインに恋をするようだ。ゲームに似た状態に引き寄せられ、何らかの強制力が働いたのだと思われる。
スラリートンは以前から、学園に通う生徒のハーモニアと婚約しており、彼女を溺愛している。ハーモニアが学園を卒業すると同時に、結婚する予定だ。但し、今は彼女が生徒である為、公には公表していない状況だ。
現実世界では公表していなくとも、転生者の令嬢達やアレンシアは、前世では設定集に記載された内容として、当然のように知っていた。アレンシアは教師の彼には興味がなく、攻略しなかった。彼女の本命は飽くまでも王太子で、他には生徒と理事長を序でに攻略しようとした。理事長にも関心はなかったものの、王太子を攻略する為には理事長を攻略する必要がある設定上、仕方なく攻略しようと…。
スラリートンは前作も続編も攻略対象で、ゲームの彼とは真逆に現実の彼は、婚約者を愛している。アレンシアにも興味を持たなかったが、新ヒロインのことも生徒として見ているだけだ。但し、アレンシアの時にも感じていた、理由もなく親しくなりたい衝動を持て余し…。
…アレンシア・モートンの時にも感じた、この感情は何なのか…。俺には心から愛する婚約者が、傍に居てくれるのに…。必要以上に親しく感じるこの感情は、自分の本音ではない筈だ…。
スラリートンは違和感に気付くも、溺愛する婚約者が存在するお陰で、ヒロイン達には好意を寄せることはないだろう。アレンシアを1人の女性として見れなかったように、テレンシスにも学園の生徒以上の感情はなく。如何やら彼は、ゲームの強制力に勝利したらしい。
彼には、これ以上のゲームの強制力は発動しないと、思われた。後は、テレンシスが教師である彼を攻略したいと思わない限りは、大丈夫だろう。彼女が転生者でもない限りは、誰彼と攻略しようとはしない筈だから。
問題視されているテレンシスは、スラリートンの後ろを歩きつつ、彼の後姿を観察するように見つめ、ふいに興味を失くしたように視線を移す。今彼らが歩くのは、学園の渡り廊下だ。前世の日本のような校舎内の廊下ではなく、校舎の外側に渡り廊下が造られており、外の景色が丸見えとなっている。
良く晴れた今日は、学園の庭園に面する廊下からの外の景色は、中々見晴らしが良くて、つい立ち止まりたい気分になるテレンシスだったが、勿論本当に立ち止まりはせず、目を細めつつ景色を眺めて…。
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「『テレンシス・ルノブール』と申します。クラスメイトの皆さま、初めてお目もじさせていただきます。生まれた頃より病気がちなわたくしは、以前は…田舎暮らしをしておりまして、都会の礼儀作法には慣れておりません。ご無礼な礼儀作法とお感じになられることも、多々ございますことでしょうが、温かく見守っていただきたく存じます。…無作法者として、お見知り置きくださいませ。」
まだ半年前にルノブール公爵家の養女になったばかりで、公爵令嬢らしい所作がこれほどまで完璧とは、皆驚くばかりだ。挨拶や仕草には特に問題もなく、幼い頃に養女になったと言われても、通じそうだ。彼女の正体は養女ではなく、唯単に田舎で静養していたと言われても、誰もが信じられそうなほどに、貴族令嬢らしい完璧な礼儀作法である。
クラスの男女問わず全員が、暫し見惚れる。クラスメイト全員が彼女の噂を知っており、噂が出鱈目だと疑うほど礼儀正しい少女の姿に、心底安心したのは言うまでもなく…。
元々彼女は商家の娘で庶民だったとしても、今の彼女は公爵令嬢だ。彼女を養女に迎えたルノブール公爵も、カルテン国ではアーマイル公爵家とキャスパー公爵家に及ばなくとも、高位貴族である。またルノブール公爵家現当主は、隣国エイバル人の家系の末端であるが、カルテンでもエイバルでも重要視されていなかった。
現在の王立学園に通う生徒には、公爵令息は数名が通学するものの、公爵令嬢は誰も通学していない。女子生徒で現在一番身分が高いのは、王太子の遠縁という関係を持つフェリシアンヌで、侯爵令嬢が学園での女性最高位である。
今回テレンシスが通学することで、学園での身分の上下が複雑化しそうだ。彼女を引き取ったルノブール公爵は、公爵家の中では身分が低い方となり、また彼女本人も庶民から養女という立場になった者、以上のそういう事情から公爵令息&令嬢の中で、一番低い身分扱いとなるだろう。
フェリシアンヌの父・ハミルトン侯爵は、カルテン国王家の血を引く侯爵で、公爵より身分上は下位とされても、侯爵家の中では一番高い家柄だ。またその上、彼の妻である侯爵夫人は隣国王族の血を引く元公爵令嬢で、フェリシアンヌは2か国の王族の血が流れる、高貴なご令嬢なのである。
以上のように、公爵令嬢テレンシスより侯爵令嬢フェリシアンヌの方が、総合的な身分は上位とされることだろう。テレンシスが元々公爵令嬢であるか、ルノブール公爵家の地位が高ければ、フェリシアンヌと同等とする扱いになっただろうに。
担任教師であるスラリートンが指定した席に、テレンシスは優雅な姿勢を保ちつつ向かい、上品な仕草で席に座った。あまりにも上流貴族令嬢らしい彼女の仕草に、同じクラスの生徒全員が彼女の優雅な仕草には、暫し見惚れていた。彼女から目が離せないかの如く……
その後は直ぐにスラリートンの授業が開始され、テレンシスも大人しく授業を受けていた。騒ぐこともなく落ち着いて授業を聞いており、どう見ても庶民らしくない令嬢らしい態度であった。自己中だという噂とは正反対の態度に、クラスメイト達も戸惑う様子を見せている。男子生徒の中には授業中だと言うのに、彼女に熱い視線を送る者も居たほどだ。女子生徒も授業に集中できないと、ソワソワして。
担任の授業が終了し教室を出て行くと、それを待っていたかの如く、クラス中の生徒達がテレンシスにチラリと視線を送ってくる。表面上身分が低い生徒達は、自らが先に声を掛けることも出来ず、彼女から声を掛けてくれというように。
ところが、テレンシスは予想外の行動に出た。授業が終わるとスッと席を立ち上がって、そのまま教室から出て行ってしまう。まるで…誰とも関りたくない、そう振舞うが如くサッサと立ち去って行く。彼女の予想外の行動に、クラスメイト達の誰もが唖然とし、彼女が立ち去るのを見ていた。
お昼の休憩時も教室から出て行き、クラスメイトの誰とも交わろうとしない。彼女はその後も同様に、休憩の度に出て行っては戻って来てを繰り返し、授業に参加して。誰とも話すことなく、過ごしていた。
今日の授業を全て終えた彼女は、真っ先に教室を出て行く。この不思議な行動を繰り返した後、公爵家の迎えの馬車に乗り込み帰宅して行った。彼女を必要以上に意識し緊張したクラスメイトは、彼女の態度に肩透かしを食わされた気分で。
テレンシスの担任となったスラリートンも、噂と異なる彼女に安堵しつつ、大人しく過ごしてくれるのならばそれが良い…と、半分肩の荷が下りた気分でいた。伯爵家次男である彼は、ハーモニアの実家・侯爵家に婿入りする予定で、今後も教師を続けたいとこの職業に就いた。養女と言えども公爵令嬢の機嫌を損ねれば、侯爵家に迷惑が掛かるという心配もあり…。
それほどに…テレンシアは彼らに、様々な影響を与える存在となっていた。その事実を、本人が望まぬままに……
『開幕』である第2部、開始致しました。
新ヒロインを観察するような、第三者からの視点です。時折、教師などにも注目が置かれていますが、基本的には新ヒロイン中心となりました。他の作品とは異なる乙女ゲーヒロインを目指し、『貴族令嬢らしい商人の娘』にしてみました。彼女が礼儀作法が完璧な理由は、後々出てくる予定です。
※此処まで読んでくださり、ありがとうございます。本日から、第2部を開始しております。随分と長らくお待たせし、申し訳ありません。更新頻度は以前よりも遅くなりつつありますが、遅くとも更新は続けていくつもりです。第2部もよろしくお願い致します。




