29話 嵐の前の静けさなのか
まだ何もないという平和の日々の話ですね。
タイトルと中身は、あまり関係ないと言えばそうかも…。
あれから暫くの間は、新ヒロインであるテレンシス・ルノブールへの対策の為として、転生者全員と連絡を取り合っていたフェリシアンヌ。彼女が主体となり、対策を進めていた。対策と言っても、ヒロインが攻略対象に対して、どこまで攻略するか次第もある為、この場合はこう対策するぐらいだが…。
今回最初に、乙女ゲームの情報をくれたアレンシアとは、マメに手紙のやり取りをしている。彼女を養子にした父方の祖父の仕事を手伝いながらも、アレンシアは小まめにテレンシスの様子を教えてくれる。
ラマンダと約束した通り、行儀見習いに時折ハミルトン家に通って来る。如何やら本気で、礼儀作法を学ぶつもりらしい。今更彼女には関係ない礼儀だと思いがちだが、本来のアレンシアの身分が貴族の血筋である以上、学んで置いても損はないだろう。全く知らないよりも、知って置いた方が良い。但し、そういう意味でどこまで理解しているかは、当人意外には判断出来ないが…。
新学年となりもうすぐ半年が経つ頃に、テレンシスが入学するらしいという噂が、漸くフェリシアンヌ達の耳にも入って来た。アレンシアによれば、あれだけ渋って我が儘を言うテレンシス本人も、王立学園に入学するのを了承したそうだ。
勿論、すんなりOKした訳ではない。ルノブール家のメイド達の話では、公爵に何らかの交換条件を提示され、その条件にテレンシスが応じたということだ。その肝心な交換条件が何なのかは、メイド達も知らないようだ。
「何を提示されたんだろ?…公爵家の令嬢になることに不満で、育った家に帰りたいと言うぐらいなんだから、お金持ちになりたいとか、王子のお嫁さんになりたいとか、そういう欲もないのかなあ…。」
今日も礼儀作法を習いに訪れたアレンシアは、今日の分の礼儀作法の習い事を終えた後、最近の情報を報告してくる。休息がてら、フェリシアンヌと共にお茶を飲むことが、ここ数か月の習慣となりつつあった。テレンシスが学園に通うように出された、養父である公爵との交換条件について、アレンシアは思案中である。
アレンシアの疑問も当然だ。王家の次に続く立場の身分である、公爵家という立派な家に引き取られ、ルノブール公爵に何らかの思惑があるとすれども、正式に養女として迎えられたことに、本来ならば諸手を挙げ、貴族令嬢になれたと喜ぶことだろう。しかし、テレンシスは喜ぶどころか、迷惑に感じていたのかもしれない。
当初、シアさんからお伺いしていたテレスのイメージは、シアさんが考えておられます通り、随分とゲームと今の彼女の姿が、異なっておられますよね…。そういう点も含めて、改めて考え直さなければならないかも…。
「…そうですわね。新ヒロインが我が儘な人物だとは、シアさんからお伺いしておりましたが、我が儘でおられるのは、ルノブール家から追い出されようとして、庶民の生活に戻ろうと強行なさっていたのでは、ないかしら…。そのようにして考えますと、ルノブール家からの交換条件として、王立学園に5年間通った後、家に戻れるという条件を提示された、そういう可能性も考えられますわね…。」
「……っ!?……ああ、なるほどっ!…確かに、そういう条件ならばテレスもOKしますよね。流石は、フェリシアンヌ様。それ、絶対に当たりですよ~。」
テレンシスを実際に目撃したアレンシアは、物凄く我が儘だったとばかり話していたので、フェリシアンヌの頭の中では勝手に、ヒロイン=我が儘なイメージで変換されていた。申し訳のない気持ちになりつつ、フェリシアンヌは状況を的確に分析した結果である。公爵が提示したその条件が、テレンシスの望む条件の中で最も望んでいたもの、と…そう考える方が自然であったからだ。
フェリシアンヌの分析に対し、アレンシアはハッとしてから、盲点だったとばかりに目を丸くし、彼女の意見に同意する。ハミルトン家のメイド長であるラマンダから、礼儀作法を習っているにも拘らず、あまり進展のない様子のアレンシアではあるが、それでも以前よりは丁寧な口調が使えるように、なっている。其れなりの効果は出ているのか。
しかし、2人は全く気付いていないが、2人の会話の中には、前世の言葉が時々混じっていた。此処には2人以外の人間は誰もおらず、如何やらすっかり安心している節が見られる。普段は2人共に、油断をしているようで…。
アレンシアは未だ、前世の習い事のような気分でおり、折角覚えた礼儀も此処では披露せず。前世の転生者同士としてフェリシアンヌに、気を許し過ぎていた。そしてまた、反対も然りだったのである。
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「…カイル様、只今戻りました。私の留守中は、何事もなくお過ごしになられましたか?」
「ファーレス、お帰り…。無事に帰って来てくれて、何よりだよ。うん、俺も何事もなかったよ。帰って来た早々で申し訳ないけれど、それよりも本題に入りたいんだが、良いかな…?」
「勿論です。これでも、アーマイル家に戻ってすぐ、簡単に身支度を済ませております。帰って来た当初のあの姿のまま、流石に貴方の前とは言えども、失礼に当たりますので。」
アレンシアが礼儀作法の習い事と称し、フェリシアンヌとお茶をしながら情報を取り合っていた頃。アーマイル公爵家ではカイルベルトの命を受け、色々と探りを入れる為に外泊していたファーレスが、漸くアーマイル家に帰宅する。そして、自らの主であるカイルベルトと、帰宅の挨拶を交わしていた。
互いに無事を確認し、ファーレスからの報告を受けるべく、カイルベルトが本題に入りたいと言う。一刻も早く、報告を聞きたかった。ファーレスもまた彼に対し、主人に一刻も早く帰宅の挨拶をしたくとも、お風呂に何日も入れない状態で、埃塗れの身体で主人に会うのは失礼だと、簡単に身支度を済ませてきた。カラスの行水の如く身体を洗い、衣服を交換しただけで。
その事情を察するカイルベルトは、苦笑する。着の身着のまま汚れた衣服も、また何日もお風呂に入っていなくとも、何方も体臭がキツイ状態であるのは、間違いなさそうだ。この場合困るのは彼の方だろうが、カラスの行水で済ませるほどに急がせたつもりは、一切なくて…。
…何も…そこまで急がなくとも、良いのに…。俺の性格を知り尽くすファーだからこそ、少しでも早く報告を受けたいと気付いており、簡単な身支度で済ませてくれたのだろう。そこまで主人に気を遣わなくとも、ファーが疲れているならば、報告は明日まで待っても良い。そのぐらいなら、待つのにな…。
そう苦笑する主人に、ファーレスがテキパキと要領よく報告する。彼がある所から持ち出した重要書類を見た上で、彼が調べ上げた情報と照らし合わせて行く。そうして全ての辻褄が合う情報に、彼は物凄く渋い表情で、顔を顰め…。「はあ~」と大きく溜息を吐きつつ片手で顔を覆い、頭を抱えている状況だ。
これは…俺が考えていた以上の、大問題だな…。これはもう、俺1人で抱え込むような情報では、ないだろう。…そうかと言っても、前世の乙女ゲームに関連する情報である以上は、迂闊には誰かに、相談を持ち掛けるような状況でもなく…。どうしたものだろうか…。
ファーレスがカイルベルトの前から去った後も、彼は1人で考え込む。あまりにも問題が大き過ぎる状況に、彼は途方に暮れる。それも、仕方がないことだ。この世界の彼は大人びた容姿を持つ上、成人だった頃の前世の記憶を持つとは言え、今はまだまだ…前世で例えれば、高校生の年頃なのである。
この世界の成人は男性は17歳、女性は16歳である。前世のように成人したからと言っても、成人式のようなお祝いをする訳でもなく、単に家族や知り合いで個人的に祝うぐらいだ。身分の高い家柄では大々的に公表し、成人のパーティを開く貴族も少数いたりするが、それも決まった形式ではない為、彼は自らの成人パーティを開くつもりもなかったし、そういうパーティも好きではない。
アーマイル公爵家でも子息が嫌がることは、両親も強制するつもりはなく、使用人達も勿体ないとは思いつつも、身内だけで祝うことに納得していた。婚約者が既に決まっている彼に、特に必要とされるものではないので、婚約パーティをすることに力を入れるようである。
成人のパーティを開くのは、純粋に自分の令息令嬢を盛大に祝うという、親の思いもある。しかしその一方で、婚約者のまだ決まっていない令息令嬢の相手を探す、婚活パーティの意味合いもあった。高位貴族である程、幼い時から婚約者が決められることも多いが、逆に本人の意思で決めさせたいとする家もあり、そういう家柄の令息令嬢は、王立学園で見つけられなかった場合、既に成人している異性や学園入学前の異性と知り合う為、成人パーティにて婚活することになる。
年上ばかりではなく、親と一緒に参加する年下の異性を、ターゲットにする。この世界では前世の日本とは違い、年が離れすぎた婚姻は認められていなかった。特に女性が年上の場合には、3歳以内が好ましいとされており、これは…王族の婚姻に影響されたもので、王妃として貴族の令嬢ならば誰でも良いと思わせないよう、貴族をある程度牽制する為に生まれた法律であった。
特に王族は、貴族の子息令嬢よりも厳しく躾けられる為、政略結婚に異を唱えるつもりもなく、恋愛結婚は政略の範囲で見つけるだろう。決して容姿など外見だけでは、好意を持たない。例え王太子がアレンシアと出逢っていたとしても、何方にしろ彼は彼女の本質を見抜き、恋愛対象にはならない筈だ。
何せよ…今のカイルベルトには、必要のないパーティだ。逆に今のフェリシアンヌにも、成人のパーティは必要がない。但し、今年15歳になる彼女の成人は、もう少し先の話であるけれど。
あれから頻繁に、ハミルトン家に習い事をするアレンシアと、それを受け入れているフェリシアンヌとの、のんびりした日々でしょうか…。嵐の前の静けさと言えば、そういう状態ではあります。
後半は、フェリシアンヌの婚約者カイルベルト側の話です。何かを調べさせていたけれど、その内容が思わしくない様子ですが。2人の婚約パーティの件は、実は…忘れていましたが…。無しでもいいけど、やっぱり書こうかな…。