23話 王太子妃VS元ヒロイン
王太子妃とご令嬢達のお茶会、続きです。
副タイトル通り、元ヒロインも登場します。
「…うふふふっ。とても元気なお嬢さんね、ジェシカさんは。既にご存じのことかと存じますけれども、わたくしは隣国ハーバー国の元王女として、この国の王太子殿下ライトバル・カルテン殿下に嫁ぎました、ユーリエルン・カルテンと申しますわ。貴方のことも、アンヌからお伺いしておりましてよ。最近、仲良くなられた商家のお嬢さんだそうね…。わたくし、貴方を食べたりは致しませんので、もっとお気軽に構えてくださって、宜しいのですのよ。」
「………。」
満面の笑顔を王太子妃から返され、只管戸惑う素振りのジェシカは、どう返答して良いものか分からず、真っ赤になっていた。ジェシカのガチガチの緊張ぶりを解こうとし、上品な笑顔を向けていた王太子妃が、折角お上品らしからぬ冗談を言ったのに、ジェシカは全く気付かぬほど余裕がなくて。
「あの…ユーリエルン様。『食べる』という言葉は、男性が女性を口説き堕とす時に、使われるお言葉でしてよ。」
「勿論、冗談ですわよ、アリア様。ジェシカさんの緊張を、解いて差し上げようと思いましたのよ。元々は、ライト様の受け売りなのですわ。」
王太子妃の意図に逸早く気付いたアリアーネが、ジェシカに助け舟を出そうとした王太子妃の言葉が、男性の口説き文句だということに、突っ込んだのだが。いくら何でも冗談でも変ですよ、と言いたかったのである。ユーリエルンは巫山戯ることが大好きで、冗談だと仄めかすまでは良かったが、これは王太子である夫の受け売りだと、堂々と言いきったのである。
王太子妃とアリアーネの会話中は、当のジェシカは呆然と聞いていた。話について行けずに、真っ赤になって…。王太子妃の冗談の内容が衝撃過ぎて、驚きが隠せずにいたのは、ジェシカだけではなく…。まだ未婚者ばかりなのだから、そういう冗談について行けないのは、どうしようもない…。
ユーリエルンは、直ぐさま話題を方向転換させる。ご令嬢達の中で一番策略に向いているのは、王太子妃様だろうと王城の侍女達は、後ろから無言でこの様子を見守る。王城で働く者として、余計なことは一切言わざる見ざる聞かざるで、知らない振りをするのが常識だ。特に王城では、それらを完璧に守らねば、自らの死を以て責任を追及されることも、有り得たりする。
「ジェシカさん。宜しければ、アンヌ達が呼んでおられる愛称で、お呼びしても構わないかしら?」
「……!……も、勿論ですっ!…ジェシーとどうか、呼び捨てで…。」
「ありがとう、ジェシー。今日からは、貴方ともお友達ですね。」
貴方の身分は気にしていないし、貴方を馬鹿にもしていない、という意味を強調させた王太子妃は、愛称呼びを提案する。王太子妃が愛称呼びをするのは、この世界では親しくしても良いのと同義である。流石にこれは、ジェシカにも通じていた。自分の身分を気にして、愛称には『様』付け無しで…と本人が申し出て。こういう場合は、高位の身分の者が黙認すべきことなのだろう。
こうして自己紹介が全て終わると、ジェシカは極度の緊張から解かれ、恥ずかしさに変じたものの、先程よりは随分と気楽な表情に変わり、他のご令嬢達も和気藹々とした雰囲気となっている。
「もう大丈夫よ。貴方達は、隣の部屋でゆっくり休んで頂戴ね。」
ここでユーリエルンは、自分の侍女を含めた侍女全員に、この場から下がりなさいと言う意味を込め、やんわりとした口調で命令した。決して彼女達のことを気遣ったのではなく、これは命令なのである。休憩しては良いと言う意味も含むけれど、優先するのは飽く迄も…主人側の事情だ。優しい表向きの態度だけが、王族の態度ではなかった。
侍女達が示し合わせたように、去って行く。ジェシカが連れて来たメイドだけは、初めてのことに戸惑う素振りを見せたが、そこは王城の侍女が透かさずメイドを連れて行った。こうして侍女はほぼ全員が去り、扉の外側に王城の騎士だけが、数人残されただけだった。扉は完全に閉まられているし、ある程度は扉からも離れており、大声でも出して叫ばない限りは、戸の外側まで話し声は聞こえないだろう。
侍女達が出て行くと、王太子妃が紅茶に手を伸ばし口に含み、一息吐いてからくるりと身体ごと、フェリシアンヌの方を向き直る。そして、彼女は真っ直ぐ視線を向け、話し掛けたのである。フェリシアンヌの後ろに向けて……。
驚いた令嬢達は王太子妃を視線を追い、フェリシアンヌの後ろにまだ…侍女がいることに、まだ目を点にして驚いて。「えっ?…どういうこと?」と声には出さず、当人達以外の全員が思った内容で。
「さて、侍女達も全て下げたことですし、本題に入りましょう。その前に…自己紹介願えますか、元ヒロインの…アレンシアさん、でしたかしら?」
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「…お初にお目に掛かります。アレンシア・ノイズと申します。前の名前は、アレンシア・モートンでしたわ。王太子妃様には、その節はご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした。」
そうはっきりと挨拶しながら、日本式の深々としたお辞儀をしたアレンシアに、周りの令嬢達がギョッとして見つめていた。まさか…アレンシア本人が王城に来るとは、全く思いも寄らなかったらしく、アレンシアには直接文句や嫌みを言ってやりたい、と思っていたミスティーヌもジェシカさえも呆然としていた。
今回アレンシアが登城するのを知っていたのは、この計画を立てたフェリシアンヌ本人と、その計画に乗ったユーリエルン、その計画の中心人物アレンシアだけだった。王太子にバレない為にも、フェリシアンヌの侍女の代わりにアレンシアを連れて行くことが、一番問題なくスムーズに行くだろうという話となり、フェリシアンヌの侍女は置いて来ていた。
アレンシアは貴族の教育も中途半端な上、侍女の教育も受けていないので、短期間に侍女の教育を猛特訓されていた。そういう理由から、女子会の後にユーリエルンに連絡を取り、それから暫く日にちを空けてもらった。その間に猛特訓することになったアレンシアは、暫し本来の仕事を休み、ハミルトン家に住み込みで新人侍女として教育を受けていた。そのことは、ロイド・エル・マリルの3人しか知らない事実でもあるのだが…。
侍女としては何とか形になったが、長くはもたないであろう。アレンシア自身以前と異なり前向きに取り組んだからこそ、短期間での特訓で此処まで何とかなったのだ。彼女がこれを以前から真面目に取り組んでいたら、少なくともあんな愚かな間違いは犯さなかったに、違いない。
「アレンシアさんにお会いするのは、今回が初めてとなりますけれども、噂の貴方とは別人のようですわね。心を入れ替えられたと思っても、宜しいのかしら?」
「はい。王太子妃様にもフェリシアンヌ様にも誓って、もう嘘を吐くつもりはありません。あの頃は、この世界が乙女ゲームなのだと思い込んでいて、ヒロインは何でも許される…と思っていました。でも、モートン家から追い出されノイズ家で厳しくされ、庶民に戻った後に…実は噂とか、とても怖い目にも遭いました。それで漸く、目が覚めたんです…。」
「そう…。具体的に、どういう怖い目に遭われたのですの?」
「……え~と、ですね…。私の名前が『アレンシア』だとバレた時、侯爵令嬢の婚約者を寝取ったのだから、俺達も相手をしろ…と何処かに連れて行かれそうになったのを、祖父に助けてもらいました…。」
「「「「………」」」」
王太子妃は決して優しいだけのお人ではない、とアレンシアも感じていた。心を入れ替えたのか、怖い目に遭ったとはどういう内容か、などとハッキリ確認してきた王太子妃には、正直に話さなければ信じてもらえない、という雰囲気が含まれていたように感じた。フェリシアンヌとは今回の件で暫く同じ家に居たので、彼女には正直に話していたけれど、王城では話す気はゼロで同情を引く気はなかった。
勿論、こうなったのは自業自得だと捉えているので、同情されようとは思わないものの、令嬢達に憐みの目で見られたくない。当時、彼女達令嬢に虐められていないが、彼女達が自分をどう見ているのかを知るのが、怖い…と思う。それは罰が当たったのだと、当たり前だと言われるのは…辛い。
令嬢教育を受けていなくとも、裏表の顔があったアレンシアには、王太子妃にも裏の顔があることは、ある程度理解出来ていた。少なくとも王太子妃には、同情はされないだろうと…。
下町ではただの婚約破棄事件が、貴族の婚約者を寝取ったという、愛人疑惑という下賤な意味にまで発展して伝わっていた。庶民に婚約制度などなく、結婚式も行うことがなく、事実婚=結婚となる。婚約破棄すること=寝取る、という簡単な図式になったのも、頷ける。要するに噂は、貴族と庶民との生活の違いから、誤解がまた誤解を呼び、更に違う意味へと変化して行く…ということだろう。
しかし庶民は、そういう違いを全く気にしない。嘗てのアレンシアが、貴族の礼儀を気にしなかったように、庶民達は自分達には無駄な事を、一切気にしない。だからこういう誤解を生む結果と、なるのだった。
彼女に手を出そうとした者達は、アレンシアが誰かを寝取ったかどうかなど、本当はどうでもよい連中で、その立場を利用して悪事を働こうとした、唯の不届き者達だ。祖父が助け出さなければ、彼女が人違いであろうが手を出すことだろう。
その意味に気付いたのは、王太子妃だけではなかったが、敢えて言葉にする者は誰もいない。フェリシアンヌを含めた全員が、アレンシアを完全に許すことは出来ないと思いつつも、例えこれが彼女自身が撒いた種であっても、悪事に利用されるのは本望ではなくて…。但し、これを弁護する理由もなく、また当人も同情は望んでいないことを、理解したのであった。
お茶会の挨拶の途中で前回は終了したので、前半で漸く挨拶が終わったかと思いきや……。後半、アレンシアの登場で……




