22話 テンパる自己紹介
王太子妃とご令嬢達のお茶会が、やっと始まりました。
お茶会に集まったのは、全員が転生者(?)なのか…
漸くフェリシアンヌ達の前に、王太子妃であるユーリエルンが現れた。それなりの背丈で、すらっとした体躯の美女だった。過去に乙女ゲームの悪役令嬢の1人だっただけはある。全体的にふわっとしたドレスを身に纏っているが、現在の彼女は身重の身体でもあった。
妊娠を公表したのが遅くて、彼女は既に臨月直前に入っていた。あと数週間で出産予定となる為、もうお腹は隠せない程に大きくなっていた。王太子妃の妊娠の公表は、5ヶ月に入った頃にされており、国王も王妃も貴族達も国民全員が、物凄く驚く結果となった。本来ならば、妊娠が分かって直ぐに公表されるので、此処まで内密にされたのは異例である。しかしその頃は、アレンシアの婚約破棄事件が控えていた頃で、王太子妃の願いにより王太子以外の王族にも、隠されていたのだ。
妊娠当時、王太子妃の妊娠を知るのは、ごく僅かな人間だけだった。彼女を診察した王家専属の医師、彼女の身の回りの世話をする侍女達数人、彼女の専用護衛の騎士達数人、そして彼女の夫である王太子だけだ。乙女ゲームや転生した以外の事情を、王太子は妻のユーリエルンから聞かされており、妻を溺愛するライトバルは、喜んで協力してくれた。
妊娠5ヶ月ともなれば、お腹が目立ち始めバレそうなところだが、気分が優れないと部屋で食事を取り、またふんわりとしたドレスで誤魔化して。何しろ、彼女の協力者は何人かいるので、意外とバレずに済んだ。それに、彼女の一番の協力者は王太子なので、そう簡単にバレる筈もなく…。
王家主催の夜会を欠席するには、本来は余程のことがない限り、それこそ病気になるか妊娠するかでなければ、絶対に無理だった。王太子妃は基本的に、出席しなければならない。実際に妊娠していた彼女は欠席可能だが、妊娠を隠す以上は出席せねばならず、王太子が欠席可能な理由を上手くつけてくれた。彼が自分に甘くて助かった…と、ユーリエルンは彼に感謝していた。
ユーリエルンが登場するのを見ていた、ご令嬢達が全員一斉に立ち上がり、頭を若干伏せるようにして顔を軽く下に向ける。日本風のお辞儀とは違い、高位の者との目線を自ら合わせないようにした、礼儀作法である。日本のお辞儀が礼儀ならば、これが此方での挨拶の基本の礼儀となる。
「本日は、わたくしのお茶会にようこそ、お出でいだきました。皆さま、お気軽になさってくださいませね。」
ユーリエルンが真っ先に席に着き、そう一言発すれば、これが挨拶の開始の合図となる。この一言が発せられる前に、招かれた者達は発言力がなく、只管その挨拶を待つこととなる。今回の相手は、王族だ。礼儀を破るだけで王族の怒りに触れ、処罰の対象となることも大昔に屡々見られたが、今でも王族への礼儀作法は、十分に配慮しなければならない。
「本日は、王太子妃様のお茶会にご招待いただきまして、大変嬉しく思っております。また、わたくしの友人も誘ってくださり、誠にありがとうございます。王太子様の優しいお心遣いに、感謝を申し上げます。」
「アンヌ、先日振りね。貴方に畏まられると、息が詰まってしまいそうね。何時ものように、話し掛けてほしいわ。」
ユーリエルンの挨拶の後は、先ずフェリシアンヌが見本とばかりに、挨拶と共にお礼を申し上げると、王太子妃は満面の笑顔で、お気楽に…と話し掛けてくる。その後は身分が高い者からの序列という形で、順に挨拶を申し上げて行くこととなる。
「アリアーネ・スイセントと申します。お久しぶりでございます、王太子妃様。今回は、このような素晴らしいお茶会にお招きいただきまして、大変恐縮でございますわ。」
「アリア様、お久しぶりですわね。王立学園をご卒業されましたら、モーリス様とご結婚なさるのですね。アンヌと姉妹になられるとは、羨ましい限りですわ。」
フェリシアンヌの挨拶に続き、アリアーネが挨拶を申し上げれば、フェリシアンヌにはかなり砕けた口調だった王太子妃も、やや口調を崩す形式で丁寧に挨拶を返してくれる。王太子妃の口調には、本当に羨ましいという気持ちが込められており、巻き込まれた当人・フェリシアンヌは苦笑し、王太子妃に羨ましがられたアリアーネは、心の底から嬉しそうに微笑む。
周りのご令嬢達は、王太子妃とフェリシアンヌのあまりにも…仲の良さに、驚いていた。2人の仲の良さは噂話で聞いていたけれども、此処までとは思いもしなかったので…。
流石、わたくしの大好きなフェリーヌお姉様だわ。王太子妃様までも、魅了をなさるとは…。
うっとりと2人を見つめるミスティーヌは、フェリシアンヌとは実の姉妹以上の仲だと、自ら豪語している。当人であるフェリシアンヌが聞けば、苦笑しつつ頭を抱えることだろう。
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「お初にお目に掛かります、王太子妃様。わたくし、ミスティーヌ・フェンデンと申します。フェリシアンヌ様とは同じ侯爵家ということもございまして、実の妹のように可愛がってくださっておりますの。お姉様が王太子妃様と、このように仲良くされておられまして、わたくし…鼻が高こうございましてよ。」
「まあ…。貴方がミスティーヌ様なのですね?…アンヌの自慢の妹の1人と、お伺いしておりますわ。わたくしも、ミスティ様とお呼びしても宜しいかしら?」
「……っ!……はいっ、勿論ですわ…。」
次に王太子妃に挨拶したのは、ミスティーヌだ。彼女はこの中で一番年下となるのだが、身分の序列から考えれば、クリスティアよりも先に挨拶すべき家柄だ。その為、座る配置もそう用意されており、王太子妃の隣側となる席には、フェリシアンヌとアリアーネが座り、ミスティーヌはフェリシアンヌの隣の席だ。この場合の上座となるのは、フェリシアンヌ側の席の方である。彼女の向かいが彼女の次の身分となり、交互に座ることが正しい身分の序列となる。
ミスティーヌは、王太子妃とお茶会をするのは初めてで、殆ど会話をしたこともないので、初顔合わせと変わりない状態だ。初めて会う時と同じ挨拶を王太子妃と交わして、フェリシアンヌとの関係を強調しつつ、王太子妃にお姉様を持ち上げたかった…というのが、彼女の本音で…。
気持ちが通じたとでも言うように、王太子妃はにこりと微笑み、ミスティーヌを気に入った素振りを示す。王太子妃の対応に素直に驚くミスティーヌも、行き成りの愛称呼びには本心から嬉しく思っていた。
ミスティーヌの気持ちを全て見通したユーリエルンは、フェリシアンヌを姉と慕う彼女を微笑ましく感じた。ミスティーヌの屈折した性格に気付き、転生者仲間であることから、腹を割って仲良くしたいと愛称呼びを提案して。
ミスティーヌが席に座ると同時に、クリスティーヌが立ち上がると、カーテシ―をして挨拶を述べる。カーテシ―は礼儀作法の基本で、王太子妃もフェリシアンヌも令嬢全員が、上品で綺麗なカーテシ―を披露している。クリスティーヌは伯爵家の身分にも拘わらず、見事な流れのカーテシ―を披露する。彼女の前世の記憶で覚えていなくとも、前世でもご令嬢だったのかもしれない。
「クリスティア・モニータと申します。個人的にご挨拶させていただくのは、本日が初めてかと存じます。今日はこのような素敵な王城のお茶会に、わたくしのような者までお呼びいただき、誠に恐縮致しております。以後お見知りおきを、何卒よろしくお願い致します。」
「まあ…。貴方がクリス様ですのね。アンヌからはよく、お話を伺っておりましてよ。姉、妹、そして…親友と。うふふふっ…。フェリシアンヌには、良きご友人が大勢おられますのね。」
クリスティアはこのご令嬢達の中では、一番低い身分だ。それを十分承知しているという体で、遜って挨拶したところ、王太子妃には彼女の気持ちが十分過ぎるほどに、伝わったようである。親友と強調され、クリスは擽ったい気持ちで微笑むが、先程からちょいちょいと名前を出されるフェリシアンヌは、苦笑するばかりで。
最後に、ジェシカが勢いよく立ち上がる。この場で唯一の庶民である彼女は、とても緊張していた。更に挨拶の順番が遅い為、緊張は膨大に膨れ上がっている。本来の彼女の身分では、一生涯王城に来ることが叶わないだろう。将来的に末端貴族の妻となる彼女は、まだ礼儀作法を学ぶ最中で、正直…王族に会うのは早すぎた。
あまりにも勢いよく立ち上がり過ぎて、椅子がふらつき倒れそうになる。咄嗟に彼女のメイドが椅子を支えたので、彼女自身が恥を掻くことはなかったが、これが王城の夜会ならばこういう行動1つ1つで、野蛮扱いされることだろう。
当人であるジェシカも、遣ってしまった…的な後悔をしていたが、遣ってしまったものは仕方がない…と切り替え、ぎこちないながらも何とかカーテシーを取り、挨拶しようとするのだが…。
「……は、初めまして、王太子妃様っ!…わ、わたくし、ジェシカ・リンドと…申しますっ!…本来ならば、私が来るような所ではないと、重々分かっておりますが、王太子妃様のご招待をお受けし、参加させていただきましたっ!」
「…うふふふっ。とても元気なお嬢様ね。既にご存じのことかと存じますが、わたくしはユーリエルン・カルテンと申します。隣国ハーバー国の元王女としてこの国の王太子殿下のライトバル・カルテン殿下に嫁ぎましたのよ。ジェシカさん。貴方のこともアンヌから、お伺いしておりましてよ。」
ジェシカのテンパり方は、凄かった…。話す声は小刻みに震え、いざ話し出すとカミカミで、ド緊張という雰囲気だ。それに対して王太子妃は笑い声を上げ、場の雰囲気を柔らかなものにしようと、自己紹介からしてくれて…。王太子妃様は…何と心の広いお人なのだろうと、ジェシカは目を輝かせ見つめるのであった……。
お茶会開始部分の挨拶で、今回は終わってしまいましたが、副タイトル通りに挨拶する時に、テンパっている人がいますが…。
お茶会は、まだまだ続きます。