19話 鬼畜なゲーム作成者
今回の副タイトルは、乙女ゲームの作者が鬼畜過ぎて、酷い設定になったフェリシアンヌ…というのをメインにしたので、こういう副タイトルになりました。これは令嬢達の心の声でも、ありますが。
フェリシアンヌの複雑な心境を考えると、女子友である他の令嬢達は、容易には声を掛けられなかった。彼女に何を言ったら良いのか、分からなくて…。選りにも選って…亡霊の悪役令嬢なんて、まだ自分達は普通の悪役令嬢でマシだった、と思うべきだと沈み込む。
自分は亡霊のキャラに生まれ変わらなくて良かった、とは思っていないけれども…かと言って、亡霊キャラに生まれ変わった彼女に同情をしている訳でもなく、彼女が可哀そう…と同情する自体が逆に失礼だと、理解していた。
フェリシアンヌを元気付けたいと思いながらも、あまりにも設定がアレな所為で、どういう言葉を掛ければ彼女を傷つけないだろうか…と、彼女以外の令嬢は真剣に考えていた。身分的には同じ侯爵家の令嬢アリアーネやミスティーヌでさえ、彼女への気遣いから無言となっている。それに同じ身分の侯爵家よりも、ハミルトン家が一歩突出している為、友人であっても失礼な言動はタブーだ。
ハミルトン家は唯一、王家の血が入っている侯爵家だ。王族の次が公爵で、侯爵はその下と身分となる。然も侯爵家は通常、王族の血が混じらない家柄でもある為、ハミルトン家に王家の血が入ったことは、異例と言えることだろう。
ハミルトン家には、カルテン国と隣国の王家の血が混じっており、カルテン国の王家の血はもう何代か前の話だ。隣国の王家の血は、フェリシアンヌの母であるハミルトン夫人が、隣国の元公爵令嬢であることから、此方の血の方が濃いと言っても良い。そのことからもフェリシアンヌは、この国の王家と隣国の王家の血を引く、高貴な令嬢という扱いになっていた。
彼女は、このカルテン国の王太子ライトバルとは、遠縁の関係でもある。彼女がもう少し早く生まれていれば、ライトバルとハーバー国の元王女ユーリエルンとの婚約が打診されなかっただろうし、フェリシアンヌこそが王太子妃に選ばれていただろう。そのくらい彼女の存在は、王家も別格としていたのだ。
ハミルトン家に王家の血が混じったのは、偶然が重なっただけであり、本来は王女が生まれても公爵家に嫁ぐか、若しくは他国へ嫁ぐかぐらいだ。侯爵家に嫁ぐことは滅多にないが、侯爵家から王家に嫁ぐことは、逆に多々あったりする。王族と親戚になれても、侯爵家に王家の血を入れることは、案外と難しい状態だ。
彼女達は普段から仲良くしていても、最低限の礼儀は十分に弁えており、こういう時こそ礼儀正しく振る舞いたい…と、思っている。彼女を安易な言葉で慰めたくない、自分からの心からの言葉で、彼女に元気になってもらいたい、等々と彼女の気持ちを汲みながらも、どう反応していいのか分からず…。あまりにも、乙女ゲームの酷な設定の所為なのだが…。
亡霊キャラは…有り得ないよね…。誰が…このような設定に、致しましたのよ…。続編のゲーム作成者は、鬼畜過ぎますわっ!
…などと同様の言葉を心の中で、口々に叫んでいる令嬢達だった。しかし、肝心のフェリシアンヌ自身は既に、アレンシアから聞かされた後だという状況もあり、女子友の令嬢達が心配するほどには、沈んではいない状況だ。
前回の婚約破棄事件では、乙女ゲームの強制力はそれほどなかった。断罪シーンが起こったのはヒロインだったアレンシアが、無理矢理イベントを起こしたからと考えられた。そういう過去の事実から考えると、自分の意思がゲーム設定に乗っ取られることは、なさそうだ。前回とは異なり今回は、これだけの転生者が存在するのだから、皆で協力すれば怖いものなし…だと思われる。
それに…今の彼女は、亡霊ではなく現実の世界に生きている、生身の人間である。除霊されたとしても亡霊でない以上、除霊は効かない筈だ。それでも無理に彼女の存在を消そうものなら、大勢の味方が手助けすることだろう。
彼女はそう重く受け止めていないのは、そういう理由もあった。この場の自分を除く全員が先程から固まったり、何か言いたげにモジモジしたり、何か訴えるような目線を交わしていたり、そういう女子友達が悩んでいる様子を見ては、フェリシアンヌは内心で首を傾げる。
皆さま、どうされましたの?…悪役令嬢キャラの迎える結末に、大いにショックを受けられた、とか…。それとも、婚約者とヒロインとのハッピーエンドに、胸を痛めておられる、とか…。例え、ゲームの中の出来事とはいえ、ご自分と婚約者が関わっておられる事項ですし、慎重にもなられますわよね…。
…などと、トンチンカンな方向へ思考が向くフェリシアンヌだった。
****************************
「わたくしのことならば、大丈夫です。わたくしのキャラ設定につきましては、既にアレンシア様からお聞きしておりますもの。それに…カイ様が全力で守ってくださると、お約束してくださって、わたくしも…気にならなくなりましたのよ。」
「まあ…。カイルベルト様が?!……素敵ですわっ!…誰かさまとは、本当に大違いですのね…。フェリーヌが幸せになられて、良かったですわ。」
「本当ですわね。お姉様とカイルベルト様は、とってもお似合いですわっ!…誰かさんにも、お聞かせしとうございますわね?」
「ふふふ…。本当に…良いお人を見つけられましたわね、フェリーヌ様。モーリス様が、ヤキモチを焼かれそうですこと。ふふっ…。」
自分のキャラ設定を親友達が思いのほか心配している、と知ったフェリシアンヌ。皆の暗い顔に明るく答えようと、「心配しないで」というつもりでカイルベルトの話まで出し、彼女達に正直に伝えた彼女は、結果的に女子友からニマニマされることとなる。クリスティアは誰かへの嫌みを付け加えながらも、祝福をしてくれて、ミスティーヌもクリスティアに同意した上で、同様に誰かへの嫌みを付け…。
クリスティアやミスティーヌの2人が『誰か』と表現する人物は、彼女の前婚約者のことだろう。以前から彼は軽薄だと思われていたが、フェリシアンヌを崇拝している令嬢達には、あの事件の所為で余計に嫌われてしまったようなのだ。
あまり冗談を言わない真面目なアリアーネまでも、妹を溺愛するモーリスバーグがヤキモチを焼くだろうと、冷やかして来た。つい口を滑らせた形のフェリシアンヌは、真っ赤になって否定するが、否定すれば否定するほど逆効果となり、令嬢達は生温い笑顔をして。
「カイ様は単にお優しいお人ですし、わたくしの事情を知られて、助けてくださろうとなさっているだけ…ですのよ。」
「あら、まあ…。ご馳走さまですわ、フェリーヌ。」
「ふふふ…。カイルベルト様は、フェリーヌお姉様にゾッコンですのね。」
「フェリーヌ様がお幸せそうで、何よりですわ。ふふっ…。」
「………。」
クリスティア、ミスティーヌ、アリアーネの3人が微笑ましい生温い視線で、真っ赤に熟れた顔をしたフェリシアンヌを、見つめてくる。親友に揶揄われたフェリシアンヌは、恥ずかし過ぎてどうすればいいのか分からず。
そんな4人を間近で眺めていたジェシカは、先程から何かに引っ掛かって、内心で首を傾げていた。あれっ?…何だろう、この違和感は……。フェリシアンヌの言葉を思い返しているうちに、漸くその答えを導いたジェシカは、その違和感の正体に気付いた瞬間に、フェリシアンヌに問う言葉を発していた。思ったことはハッキリ言う彼女は、「あっ、しまった…。」と自分でも思ったものの、もう口に出した言葉はもう…元には戻らない。
「…フェリーヌ様。アーマイル様はその…乙女ゲームのお話を、ご存じなのですか?…アレンシア様のお話を、アーマイル様もお聞きになったと、そう聞こえたのですが……。」
ジェシカの問いかけに、賑やかだった会話が止みシ~ンと静まり返る。直ぐにジェシカは後悔したけれど、一拍置いて返って来たフェリシアンヌの言葉に、ジェシカだけではなく、この場の全員がポカンとすることとなる。
「…ええ、そうですわ。カイ様も共に、アレンシア様のお話を聞かれましたわ。アレンシア様にもお伝えしておりますが、実はカイ様もわたくし達と同じく、日本からの転生者でしたわ…。乙女ゲームに関しても、前回のゲームの設定はご存じのようでした。続編に関しては簡単なあらすじだけ、ご存じとのことでして…。」
「…ええっ!?…それは、本当のことですの?!」
フェリシアンヌの言葉に真っ先に反応したのは、クリスティアだ。クリスティアは長年の間フェリシアンヌとは親友である為、彼女がこういう類の嘘を吐かないことを、よく理解していたのだ。
「まあ…。カイルベルト様も…転生者なのですね?…乙女ゲームも、ご自分がされていたのでしょうか?」
「いえ、それは…。わたくしも、詳しく伺った訳ではないのですけれども、前世では親しい間柄のお人が、されていた模様でしたわ。」
乙女ゲームをする男性なんている訳がない…とでもいうように、ミスティーヌが探るような調子で尋ねて来た。彼女が姉のように慕うフェリシアンヌと、この場に居る彼女の親しい令嬢達には、本心からお淑やかで慎ましく接しているが、自分が厭う人物には全く愛想を振り撒かないタイプだ。実は以前に偶然アレンシアと出会った時にも、完全無視を決め込んでいたことがあり。
そういうミスティーヌだからこそ、カイルベルトの前世に多少の違和感を感じており、前世の親しい間柄の人物が、女性だと…と感付いていたのだ。お姉様はとてもお人好しですし、わたくしが代わりに…目を光らせていなければなりませんわね、と……。
前世の彼が誰と仲良くしていようと今更関係ないのだが、ミスティーヌはフェリシアンヌを崇拝し過ぎていた為に、フェリシアンヌが傷つかないようにと、斜めの方向へと頑張ろうとしていたのであった。
今回、カイルバルトが転生者であることを、令嬢達にバラす切っ掛けになりましたが、ミスティーヌがどう頑張ろうとしているのかは、次回へ………