47,ゲスな呪術師でヒマを潰す。
マンハッタン行きを決めた翌朝。
おれはまだメルズーガ村にいた。
ソフィアは冒険者部隊に組み込まれているので、単独行動の許可を取りにいかねばならない。実際はおれと行動するわけだが、おれの存在は口止めさせた。何かと面倒だからなぁ。
とにかく、それで半日ほどソフィアを待つことになったわけだ。
というわけで宿の外で、朝陽を浴びながら歯磨きしていたわけだ。
すると男の冒険者が駆けてきた。Bランクといったところか。何やら恐怖の表情だ。
「た、助けてくれ!」
助けてくれと言われても、こっちは歯磨き中だぞ。どうしろと言うんだ。
ちなみにその男、首に変なタトゥーを入れていた。
不細工なピエロのタトゥーを。
おれなら1億円積まれても、こんなタトゥーは彫らせないね。まぁ、人のセンスに口出しするつもりはないが。
面白いことにピエロが笑った。動くタトゥーか。
とたんBランク冒険者が潰れた。まさしく頭からペチャンコ。さっきまで人間だったのに、今やピザ生地みたい。
とりあえず口をゆすいでから、言わせてもらう。
「朝っぱらから騒がしいなぁ」
洗面所の鏡で見ると、おれの首にピエロのタトゥーが移動してきている。
〔ほう。このピエロ、魔法によるものかね〕
〔というより呪いですねぇ。この不細工なピエロのせいで、さっきのBランク冒険者は潰されたようですよー〕
〔呪いをかけるモンスターの仕業か〕
〔または冒険者の仕業ですかねぇ。呪いスキルを専門とする呪術師の仕業ですよ、きっと〕
試しにスキルリストで検索をかけたが、ピエロが出てくる呪いスキルはない。
仮に呪術師が絡んでいるのなら、そいつだけのユニークスキルか。
「とりあえず朝飯でも食うかな」
英雄のためのタダ飯期間はまだ続いていたので、たらふく食べる。
だが、まだソフィアは戻ってこない。時間のかかる奴だ。
〔しゃーない。二度寝するか〕
〔タケト様。ピエロの呪いはどーするんです? たぶん一定の時間が経ったら、ペチャンコが発動する仕組みですよ〕
〔いちいち相手してられるか〕
この世で二度寝ほど気持ちいいものはない。40分ほどして起きてみると、頭がかゆい。昨夜ちゃんとシャンプーしたんだがなぁ。
〔まてよ。この頭がかゆいのは、呪いのせいか〕
〔ですね。ピエロの呪いが、タケト様をペチャンコにしようとしているんですよ。頑張っているんですよ。その結果、タケト様の頭が地味にかゆいのです〕
鏡で見てみると、ピエロが必死な顔をしている。だんだん腹が立ってきた。このピエロの面もウザいし、地味に頭がかゆいのもストレスだ。
〔この呪術師、殺すか〕
《追跡》で呪いの痕跡をつかむ。だが、いちいち追いかけるのも面倒だ。そこで痕跡をつかんで、思い切り引っ張った。
一本釣りの要領だ。
しばらくして宿の壁を突き破って、小柄な男が飛び込んできた。呪術師が釣れたようで。
「な、なんなんだ、一体どうなって──!」
パニックな呪術師を眺めながら、ピエロの呪いを解析してみた。
《ピエロは笑う》という呪術スキル。
ピエロのタトゥーが笑ったとき、その人物は潰れる。面白いのは、このピエロが冒険者へと感染していくことか。
ユニークスキルといっても、この程度なら会得するのに問題はなさそうだ。《言霊》クラスだと無理だったが。
「呪術師くん。人類がモンスターと戦っているときに、冒険者を愉快に殺すとは。何というか、すがすがしいまでのクソだなぁ」
「ち、違うんだ! アイツらがいけないんだ! ぼくを冒険者から追放するから! だから、連中がピエロで呪い殺されるのは自業自得なんだ!」
〔へぇ、追放されたのか。面白いスキルなのにな、イチゴ?〕
〔呪いって、モンスターには効かないんですよ。ですから呪術師判定された時点で、冒険者としては詰みなわけで〕
せっかくなので、呪術師に《ピエロは笑う》を使ってみる。
お、呪術師の首にピエロのタトゥーが現れた。当人は気づいていない。
「ま、そうカリカリするなって」
興奮している呪術師を落ち着かせて、コーヒーをご馳走してやる。
「ほらほら、お前の気持ちは分かるよ。腹立つよなぁ?」
呪術師はコーヒーを飲みながらも、愚痴を続けた。
「アイツらの死にざまを見せてやりたかったよ。ある冒険者なんかはピエロのタトゥーを外すため、首の皮を削りやがってね。そんなことしたって無駄なのに。あれは笑えたね」
「そうか、そうか」
「ところで、あんたにもピエロの呪いがかかっているはずだけど?」
「あー、それは気にするな」
いい加減、この呪術師と話すのも怠くなってきた。だがピエロが笑うまでは、コイツを生かしておかないと。せっかくだしな。
〔しかし、イチゴ。いつになったらピエロは笑うんだ?〕
〔そろそろじゃないですかねぇ? あ、タケト様、見てくださいっ!〕
呪術師の首のピエロが笑う。
せっかくなので、教えてやる。
「なぁ。あんたの首でピエロが笑っているぜ」
とたん呪術師の顔面が蒼白になる。
「そ、そそそそんな、バ、ババ、バカなぁ!!」
「洗面所の鏡で確認してみろよ」
呪術師が洗面所に入っていき、鏡を見た。
絶叫。
とたん、潰れた。
全身がぐちゃりだ。
〔おー、潰れた潰れた〕
〔見世物としては上々でしたねぇ。呪いスキルも捨てたもんじゃないですよ~〕
30分後、ようやくソフィアが戻ってきた。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
「いいよ。暇つぶしの出し物があったし」
ソフィアは小首を傾げる。
「出し物? 何だかよく分からないけど、退屈していなかったのなら良かったわ」
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