37,遥々と≪メルズーガ・ダンジョン≫。
──アーダ視点──
「お客さーん! 終点ですよー!」
考えなしの汐里が大声で、そんなことを言った。
当たり前だが、モンスターたちが一斉にこちらを見る。そして侵入者に気づく。
「汐里! 貴様、我々を破滅させたいのか!?」
ところが汐里は悠然としている。
「おじさんは冒険者になる前は、平凡な会社員だったそうだからね。もちろん電車通勤していたわけだよ」
「だから何だというのだ?」
「電車通勤の経験者で、いまの言葉で飛び起きない人はいないよっ!」
「バカな──」
そのときアーダは気づいた。
脳内から、イチゴが消えている。
★★★
──主人公視点──
ハッとした。
終点だ! しまった、乗り過ごしてしまった!
慌てて飛び起きるも、どうやら電車内ではないようだが──
おっと。寝ぼけていた。
ここは≪サハラ・ダンジョン≫最下層じゃないか。
〔タケト様、おはようございま~す〕
〔お前、5分で起こさなかっただろ〕
〔えー、起こしましたよぉ! わたしたちの絆であるリンクを解いてまで、起こそうとしたんですよぉ!〕
〔なにが絆だ。まともに主人を起こすこともできんとは、お前は案内係失格だっ!〕
〔ぎゃっ、ひどい! イチゴは傷つきました! だけど許しちゃいまーす。イチゴは優しいので、タケト様の横暴なところも愛しちゃいまーす。案内係の鑑ですね~〕
〔……〕
〔ところで汐里さんたちが、いらっしゃってますよ〕
〔どこに?〕
〔もちろん、こちらの最下層に〕
〔はぁ?〕
前方に、身の丈8メートルはあるゴーレムが歩いてきた。
「ホウジョウタケトぉぉぉ! 我は第99階層フロアボス、土人形王!! いざ尋常に勝ぶぅぅぅぅぅぅうぅぅ…………!」
ゴーレムの右足をつかんで、小塔天辺へと投げつけた。すなわちハムナー目掛けて。
ハムナーが右手を振ると、ゴーレムが空中分解する。
今のは《真空刃散》だな。さすがラスボス、いいスキルを持っている。
小塔上からハムナーが声を張り上げる。
「ホウジョウタケトぉぉぉ! 目覚めちまったものはしょうがねぇぇぇ! ここでてめぇに引導を渡してやるぜ、この寝取り野郎がぁぁぁぁぁ!」
寝取り野郎ってなんだ。あいつはオレを痴漢呼ばわりしただけじゃ飽き足らず、今度は寝取り野郎にしやがったのか。
とりあえず、言っておこう。
「それは冤罪だ!」
「信じるわけねぇだろうがバァァァカ! 俺様の愛しいアーダさんを傷物にしやがってぇぇぇぇ!」
アーダだと?
そういえば、ハムナーはアーダの許嫁だったか。
すると思いがけない声が聞こえた。
「勝手に私を傷物扱いするな! ハムナー、この下種が!」
「この声はアーダか」
最下層を《探索》すると、イチゴの言う通りだった。
アーダどころか汐里と腹パン女までいる。
〔タケト様、せめて腹パン女も名前で呼んであげてくださいよ〕
〔ああ、そうだな。失礼だよな、名前で呼ばないとな……………………………………〕
〔ソフィアさんです〕
〔そうだソフィア! ってか忘れるわけないだろ! ソフィア──と汐里たちがなぜ一緒にいるんだ?〕
〔そのことを尋ねるのは、またの機会にされては?〕
〔それもそうだな〕
神速跳躍。
小塔上に立つ。ハムナーの目の前に。
愕然としたハムナーが、言葉を絞り出してくる。
「ホ、ホウジョウ、タケト………なぜだ? なぜ、ここに来やがった? 〈大地叩き〉を止め、世界を救うためか?」
「それはついでだ。卵を買いにスーパーに行ったついでに、ポテチを買うようなものだ。オレにとって、卵はお前だ。お前をボコりに遥々来たんだ」
「な、なぜだぁ? なぜ俺様なんだ?」
「自分の胸に聞いてみな!」
ハムナーを吹っ飛ばそうとした瞬間、最下層全体を襲うほどの大爆発が起きた。
「くそ。汐里たちは無事か──?」
小塔上から見下ろした限りでは、パニックに駆られたモンスターどもが邪魔で視認できない。ただ発動中の《探索》によると、ちゃんと生存している。
〔やれやれ──しかし今の大爆発はなんだったんだ?〕
〔タケト様。ちょっと厄介なことになりましたよ〕
〔ああ、まぁな〕
〈大地叩き〉とやらが消えている。大爆発の瞬間、何者かによって転送されたようだ。
ハムナーの仕業でないことは確か。
なぜかといえば──ハムナーは口をあんぐり開けて、〈大地叩き〉があった空間を見ているから。これが演技だったらアカデミー賞ものだな。
「ホウジョウタケトぉぉ! てめぇ、俺様の〈大地叩き〉をどこにやりやがったぁぁぁ!」
「知るか」
「ぐぎゃっ!」
ウザいので、最下層の壁まで蹴り飛ばしておく。
そのさいハムナーが落としたスマホを拾い上げる。
プッシュ通知上に出ているLINEメッセージによると。
ドロシー:〈大地叩き〉は、真の≪サハラ・ダンジョン≫に移動いたしました。
とある。
〔イチゴ。ココは、≪サハラ・ダンジョン≫じゃないのか?〕
〔ふーむ。なるほど、なるほど。
あぁ! 凄いですよ、タケト様っ! 誰もが≪サハラ・ダンジョン≫だと思っていたこのダンジョン、実は≪メルズーガ・ダンジョン≫だったのですよっ!〕
〔なら本物の≪サハラ・ダンジョン≫はどこだ?〕
〔50年間、誰も発見していないということは──砂に埋もれているのでは?〕
よく分からんが、このドロシーという奴が黒幕くさい。
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