35,イチゴ、いい仕事をする。
──アーダ視点──
第70階層にて。
逃走してきた4人の冒険者が言うには、ここに繃帯帝が出たという。
繃帯帝──元【五魔王族】の戦闘狂。
冒険者だけではなく、部下でもあるモンスターたちまで殺戮していたイカレ。
結局、ドロシーによってボコられたが。
そんな過去の亡霊が、こんなときに現れるとは。
「まずいぞ。繃帯帝相手では、さすがの女王蜘蛛も分が悪い。我々も逃走を──」
天井にそれはいた。
繃帯帝が。
名前に反して、繃帯は一巻きもされていない。皮膚がなくて肉がむき出しの異形。腕は四本あって、頭部は縦に裂けた口だけ。
グロすぎるので、【五魔王族】内でも嫌われていたらしい。
「上だ!」
繃帯帝の姿が消える──かと思ったら、4人の冒険者たちがミンチにされていた。
アーダは愕然とする。
(まずい。コイツ、速すぎる──)
ソフィアが確認してくる。
「アーダさん、今の──見えた?」
「いいや。貴様は?」
ソフィアは引きつった笑みを浮かべて、
「残像さえも見えなかったわ」
「だろうな。あんなに速く動ける存在が、師匠以外にいたとは」
またも繃帯帝が神速で動く。
刹那、女王蜘蛛の《殲滅光線》が命中。女王蜘蛛が有する最大の攻撃スキルだ。
《殲滅光線》が、繃帯帝をその場に釘付けにする。
汐里が歓声を上げる。
「女王蜘蛛さん、やっちゃって!」
だが女王蜘蛛は、すでに苦しそうだ。《殲滅光線》を連続で発動し続ける負担は、相当なものなのだろう。
「いやマスター。わらわの力では、こうして時間を稼ぐだけで精一杯。どうか今のうちに、マスターたちは逃げてくれ」
《殲滅光線》は、繃帯帝の動きこそ封じている。だがダメージを与えているかといえば、疑問だ。おそらくダメージがあったとしても微々たるものだろう。
「そんな、女王蜘蛛さんを置いてはいけないよ!」
アーダは考える。師匠ならばどうするか、師匠ならば──
師匠ならば、繃帯帝さえも瞬殺して終わりだろう。
だが弟子にそれは不可能だ。
ふいにアーダの脳内で、女の声がした。
〔どうも、みんな大好きイチゴちゃんで~す!〕
〔な、なんだこれは精神攻撃か!〕
〔違いますよ、イチゴですよ。精神攻撃とかひどいじゃないですか〕
〔イチゴだと? 師匠の脳内に巣くっている女のことか〕
〔巣くっているとか、その言い方もどうかと思いますけど。とにかくですね。いまは訳あって、アーダさんの脳内にお邪魔したわけです〕
〔今は取り込み中だ〕
〔みたいですねぇ~。ですのでアーダさんたちを助けるのが、わたしの使命かと思いましてね。素晴らしい助言をしにきました〕
〔助言だと?〕
〔はい。繃帯帝の思考能力は低いのです。おサルよりも低いかもです。とはいえ学習能力はあります。ですからね──〕
女王蜘蛛は今にも限界を迎えそうだ。《殲滅光線》が途切れたとき、ここにいる全員は秒殺されるだろう。
〔イチゴ、前置きは省け!〕
〔いいですか。これから言うことをよく聞いてくださいね。繃帯帝から逃げてはダメです。同時に立ち向かってもダメです。
背中を向けて、直立不動するのです。そうしたら繃帯帝は、その場を去るでしょう〕
〔背中を向けて立ってろだと? そんなふざけた助言があるか!〕
〔信じてくださいよ~。いまの繃帯帝は、『背中を向けて立っている冒険者』に不安を感じるんです。
なぜならば──背中を向けて立っていたタケト様を襲ったら、4兆度の炎で焼かれちゃいましたからねぇ〕
〔……師匠はなぜ、そのとき背中を向けて立っていたのだ?〕
〔おしっこをしていました〕
〔……〕
〔皆さんは、おしっこまでは再現しなくていいですよ。女の子ですので。
あと女王蜘蛛さんは、いったんカード化したほうが無難ですね。冒険者ではなくモンスターですので。あ、アーダさんは冒険者でいけると思いますよ。姿だけなら人間ですし〕
「……」
アーダは決断した。迷っている暇はない。
「ソフィア、汐里。よく聞け。私の合図で、繃帯帝に対して背中を向けろ。しかし逃げるわけではない。背中を向けて、ただ立っていろ。一歩も動くな。それと汐里。背中を向けるタイミングで、女王蜘蛛はカード化しろ」
予想どおり、ソフィアが抗議してくる。
「ちょっと本気なの? どうぞ殺してくださいというようなものよ!」
「よく聞け、ソフィア。どうせ私たちでは繃帯帝には勝てない。ならこの可能性に賭けるんだ。汐里も分かったな?」
汐里はうなずいた。
「わたしの妹弟子を信じるよ。合図は?」
「今だ!」
アーダたちは繃帯帝に背中を向けた。
女王蜘蛛がカード化されたため、《殲滅光線》も途切れる。
動き出した繃帯帝が接近してくる。
その息づかいが感じられた。
(失敗か──?)
繃帯帝が止まる。
何か悩んでいるようだ。
やがて──背後からの猛烈なプレッシャーがなくなった。
繃帯帝が移動したのだ。
それでもしばらくの間、アーダたちは身動きができなかった。恐怖が去るまでは時間がかかる。
脳内でイチゴが言う。
〔さぁ、もう繃帯帝は行きましたよ。とっとと動いてください。そして早く最下層まで到達してくださいよ。何としても、やって欲しいことがあるのです〕
〔やって欲しいことだと?〕
〔タケト様を起こしてください。爆睡力が半端ないんですよ、タケト様って〕
〔……師匠は、寝ているのか?〕
〔はい。このままタケト様が寝続けると──世界中で大地震が起きて、人類がヤバいことになりますね~〕
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