30,「誰か奴を止めろぉぉ! 止めてください!」
──ハムナー視点──
「なんだって? スフィンクスが倒されただぁ?」
側近から報告を受けたハムナーは、舌打ちした。
スフィンクスといえば、髑髏皇帝が抱えている【炎骸の三連星】とも渡り合えるレベルだった。
人類が寄こす冒険者など、スフィンクス一体で充分だと思っていたが。
「どうやら人類の中にも、ちっとは骨がある野郎がいるようだな。で、そいつは男なのか?」
「はい。監視蟲からの映像によれば、間違いなく男です」
「なら問題ねぇ。第10階層にいるのは、俺様さえ恐ろしいと思うあの女だ」
側近が『なるほど』とうなずく。
「サキュバス様ですね」
「ああ。サキュバスのユニークスキル《蠱惑》に抗える男はいねぇ。つーか女でも堕とすとさえ言われているからな。サキュバスという快楽に飲み込まれ、最期は腹上死コースだ」
呵々大笑するハムナーだった。
★★★
──主人公視点──
第10階層は、ラブホみたいな場所だった。
ベッドには美女が裸体で横たわっている。
色っぽい仕草で手招きして、とろけるように言う。
「さぁ、こっちに来て。わたしの体をあたためて」
〔あ、これはサキュバス! まずいですねぇ。さすがのタケト様もオスですし、《蠱惑》には逆らえないかもしれません。ただでさえ、欲望に素直なところがある人ですし〕
オレはサキュバスから目が離せなかった。
この美女は、何だか、何だか──
〔タケト様、しっかりしてください!〕
〔イチゴ。この女──似ているぞ〕
〔はい? 誰に似ているんです?〕
〔オレを痴漢冤罪にハメたJKに〕
〔へ?〕
オレはサキュバスの喉を鷲掴みし、高々と持ち上げる。
「ちょ、ちょっと、まって。な、なんなの、わたしの《蠱惑》が効いてないなんて──」
「誰が『この人、痴漢です』だぁぁぁぁ!」
そして脳天から、床へと叩きつける。首がへし折れた。
サキュバスの最期の言葉は、
「い、意味、わかんな……い……」
だった。
〔ちょっとスッキリした。さ、先へ行こう〕
〔わたし、まさかサキュバスに同情する日が来るとは思わなかったです〕
★★★
──ハムナー視点──
慌てた側近が駆けてくる。
「ハムナー様ぁ! サキュバス様が倒されましたぁぁ!」
「な、なんだってぇ?」
「それも瞬殺です!」
「瞬殺だとぉぉ! くっ、その冒険者、どれだけ自制心が強ぇんだよ。きっと鋼の精神を持っているに違いねぇ。敵ながら天晴な野郎だぜ」
サキュバスの《蠱惑》に逆らえる自信のないハムナーは、心からそう言った。
「こうなったら、『あの方』に出てもらうしかねぇな」
「えっ。まさか『あの方』を? しかし、それは危険では?」
「〈大地叩き〉完全起動まで、残り488分。何としても邪魔者の侵入は阻まねばならねぇ!」
だが確かに、これは危険な賭けではあった。
『あの方』とは、かつて≪サハラ・ダンジョン≫のラスボスだったモンスターのことだ。すなわち、元【五魔王族】。
その名は、繃帯帝。
ラスボスのくせに第1階層に居座り、次から次へと冒険者を血祭りに上げた戦闘狂。
さらに手下まで殺し始めたので、苦情を受けたドロシーさんによって幽閉されたのだった。
その戦闘力は、ハムナーを軽く上回る。迫る冒険者を殺してくれるのは間違いない。
ただそのあと、繃帯帝がどう出るかは分からない。
側近が報告する。
「第42階層の砂漠大佐が、侵入した冒険者によってボコボコにされています!」
「な、なんだって!」
監視蟲からの映像を確認する。
これはひどい。
『Sランク冒険者100人殺し』の砂漠大佐が──。ハムナーがラスボスに就任したとき、『困ったことがあったら俺に相談しな』と言ってくれた砂漠大佐が──。
ひたすらボコボコにされて、ついに原型を留めていない。
「コイツは悪魔かぁぁぁ! もう手段は選んでいられねぇ!
おい、繃帯帝を幽閉している空間と、第60階層を接続しろ。あとは繃帯帝が、第60階層に来た冒険者を殺してくれるだろうよ! なんたって繃帯帝は血に飢えているからな!」
★★★
──主人公視点──
第60階層に降りたところで、小便することにした。我慢は体に良くない。
〔イチゴ。目をつむってろ〕
〔タケト様のなんて~見飽きたので~、いまさら見ませんよ~〕
〔……〕
膀胱を空にしていたら、後ろからモンスターが襲いかかってきた。
「こっちはトイレ中だ! 空気を読め、バカが!」
《壊滅獄炎》を発動。4兆度(推定)の炎が、空気も読めんモンスターを溶かし切った。
《手洗い》スキルを使ってから、
「じゃ、行くか~」
★★★
──ハムナー視点──
ハムナーは頭を抱えていた。
瞬殺。
繃帯帝、まさかの瞬殺。
小便中を背後から襲ったのに、瞬殺。
冒険者に見てさえもらえずに、瞬殺。
「誰か──」
「はい何でしょうか、ハムナー様?」
「誰か奴を止めろぉぉ! 止めてください!」
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