21,ペンギンだって雪の上で転ぶこともある by北条尊人。
~北条尊人~
戦艦≪樹海≫で、深宇宙の≪πダンジョン≫を目指している。それはいいがワープを繰り返してばかりで、宇宙景色を楽しめるわけでもない。退屈だ。
「タケト様。ほっこり動画でも見て、退屈しのぎにしてくださいよ」
と、イチゴが案内係仕様のスマホで、バズった動画を見せてきた。
その動画とは──雪の上を歩いていたペンギンが、すべって転んだ。慌てて立ち上がって、歩き出す。
うむ。確かにほっこりする。動物動画は基本的にほっこりするがね。しかし。
「だがイチゴ。この動画には、ただほっこりする以上の深いメッセージが織り込まれているのだ」
「はぁ。雪の上を歩くと滑るから危ないよ、というメッセージですか?」
「違う違う。ペンギンだって滑って転ぶときもある。だから人生を生きていて、すべって転んで挫折しても、それを恥ずかしがることはない。大切なのは、そう、また立ち上がって進むことなのだ!」
イチゴが文字通りの白目になった。
「『なに言ってんですかね、この人』、という本音は黙っておきましょう。タケト様が可愛そうなので」
「本音だだ漏れだぞ」
おれは≪樹海≫の最深部を出て、一人で通路を歩く。イチゴはダメだなぁ。おれが閃いた、この人生哲学にジーンとこないんじゃ。
誰か、いないものかなぁ。
人生に、すべって転んでいる奴。
そいつに、おれは是非とも語りかけて、励ましてやりたい。
「ペンギンだって雪の上で転ぶことがあるんだ! お前も自分の人生で転んだからって、気にすることはない! 立ち上がって進めばいいんだ!」という感じで。
第654階層は、国立代々木競技場なみにデカい。
そこで佇んでいたら、急に空間が圧縮され、ねじ曲がっていく。そして弾け飛んだかと思えば、とんでもない質量が空間転移してきた。
塔のごとき大きさに、四つの象の頭を持つ巨大生命体。
覗き見てみたステータス数値が、すべてERROR表示。ということは、【神臣人】の一体か。
「我が名は、ブラフマー・ドットコム。北条尊人、貴様を抹殺するため遥々と転移してきたのだ」
あ。
こいつ、人生に転んでいる奴だ。
直感的に、おれはそう悟ったね。
ついにおれの人生哲学で、励ますときがきた!
「聞け。ブラフマー・ドットコムとやら。いいか。ペンギンだって雪の上で転ぶこともあるんだ。だから、お前も──」
「我は〈無神〉のようにはいかんぞ。塵となれ北条尊人。《塵芥領域》解放!!」
ブラフマーを中心軸として、《塵芥領域》が広がっていく。どうやら、この領域に入ると、どんな生物も塵となるらしい。
最終的には、惑星レベルまで領域を広げられるようだな。となると惑星一個を破壊できる、惑星破壊スキルか。
まぁ、そんなことはどうでもいいや。
「ちょっと、おれの話を聞けって。お前はいま、人生に転んでいるところだ。そうだろ? そうに違いない。転んで、挫折し、立ち直れないでいる。だからこそ、おれの話を聞くべきときで」
気づいたら、おれの体の半分が《塵芥領域》に入っていた。つまり、塵となっている。通常の回復スキルでは治せないようだな。
「はっはっはっはっ!! どうだ、北条尊人!! これが人間と【神臣人】の違いだ!! 惑星破壊スキルなど、ただの人間には使えまい。たとえステータス∞だとしてもな! これこそが、神と人の差というもの! それを噛みしめながら、塵となって消え去るがいい雑魚が!!」
そうか。
ブラフマー・ドットコムは今、自分を見失っているのだなぁ。
だから勝ち誇ったように笑ってはいるが、心の中では挫折し、立ち直れずにいるのだ。誰かから手を差し伸べてもらい、励ましてもらうのを待っている。
おれが励ましてやらなければ。
ほっこりペンギン動画から閃いた、この人生哲学で!
とりあえず《正常化領域》を作って、広げる。《塵芥領域》を上書きしていく。これで、おれの塵になった体も元に戻った。
「な、ななななな、なんだとぉぉぉぉ!《塵芥領域》が無効化されていく──《正常化領域》? そんなスキルは、聞いたことがないぞ!!!」
「そりゃぁ、そうだ。いまおれが創ったからな」
「創った、だと??!! 惑星破壊スキルを覆せるレベルのスキルを、一瞬で創造したというのかぁぁ??!!! そんなバカな──そんなことができるのは、唯一神だけだというのに!!??」
「そんなことは、どうでもいいから。いいかね、ブラフマー君。ペンギンでさえも、雪の上ですべって転ぶことがあるのだ。しかし──」
「貴様がヨウナシ様の領域にいるだと!?? そんなことは認めんぞ、人間!!! 我が命と引き換えに発動する究極奥義《全ては無に》で、この戦艦ごと消滅させてくれる!!!」
「ペンギンは立ち上がって、歩き出した。お前も同じように、人生ですべって転んでも、立ち上がればいいんだ。
ねぇ、聞いてる?」




