19,ソフィア、食物連鎖について思いをはせる。
イチゴがもったいぶった様子で言う。
「タケト様。ついに最後の特訓のときが来ましたね」
「そもそも特訓なんかしたことあったっけ」
「何を言いますか。タケト様とわたしの、熱血な特訓の日々。スマホの思い出アルバムに入っていますよ」
おれたちが今いるのは、元≪樹海ダンジョン≫の最深部。いまは戦艦≪樹海≫の操縦室と化している。
機械群の中、リラックス空間として掘りごたつが用意されていた。さすがイチゴ仕様。
この掘りごたつで、みかんをむきながら、「もう年越しだなぁ」と浸っているところだ。
イチゴの特訓なんぞ受ける気はしないが……
「なあイチゴ。何か、忘れていないか?」
「わたしとタケト様、二人がいるのなら充分じゃないですか。ほかに何が必要なのですか? PS5ですか?」
「アーダとソフィアを同行させるんじゃなかったか? どこにもいないんだが。さては連れてくるのを忘れたな、お前?」
「あぁ、そういえば──しかしタケト様。英雄たちというのは、運命に導かれるものです。アーダさんたちも、最後には行きつくことでしょう。我らが集結の地、深宇宙にある≪πダンジョン≫に!!」
コイツ、『それらしいこと』を言って、忘れてきたことを誤魔化すつもりだな。
~ソフィア~
実に、実に居心地が悪かった。
≪万里の長城ダンジョン≫最深部。
北条尊人と案内係イチゴが、宇宙戦艦で地球から飛び去った──という情報が、いまさっき入ったばかり。
地球が、《次元の狭間》から通常空間の太陽系に戻ったのも、それが理由らしい。
この情報を取得した本人であるドロシーは、何やらぶつくさ言っている。
「尊人、家出なのですか。なにが不満なのでしょう。わたくしのもとを離れ、深宇宙を目指すとは。…………まさか、わたくしは捨てられた? 捨てられ、捨て、捨て……」
ドロシーから、じわじわと闇黒が漂いだす。本当に、これは闇黒。ブラックホール並み。
ソフィアのそばにいた乃愛いわく、
「ソフィアお姉さん、ママが漂わせている闇黒に触れてはダメなのですよ。全身を取り込まれ、虚無にされてしまいますよ」
「……」
(なんてもの噴き出すの、このはた迷惑な人は)
常識人を求めて、ソフィアの視線がさ迷う。
(アーダさんと汐里さんなら、常識人よりのはず。少なくともドロシーよりは)
そのアーダと汐里は、なぜか向き合っていた。互いに殺気をばんばん放ちながら。
「本元汐里。貴様の出現のせいで、師匠は私まで置いていってしまった。この疫病神が」
「あのね、アーダさん。実際のところ、おじさんの一番弟子はわたしだからね。どっちが最初に、ダンジョンで出会ったと思っているのかな?」
「貴様、私と師匠の絆を愚弄するか。殺すぞ」
「わたし、アーダさんとの一対一なら、勝てる気がするけどなぁ」
(わかったわ。この二人、そろうと常識レベルが落ちるのね。相性最悪なのね)
いまやソフィアの気持ちはただ一言に集約される。それは──
(おうちに帰りたいわ!)
とりあえず最深部から出ることにした。ここで乱闘でもはじまったら、一たまりもないだろう。なんといっても、ここに集まっているのは、おそらく天の川銀河でも上位の〖戦闘力がヤバい〗+〖頭もヤバい〗の女子たちなので。
(あたしを抜かしてね)
そそくさと退散したところ、ふいに自分の影が重くなった。
見ると影を物理的に踏まれている。複数の幼女たちに。
「えーと、あなた達は確か──女児的種族さんたちよね?」
「あう!」
「あう! われわれのあるじはどこです?」
「北条尊人はどこです?」
「給料が未払いです!」
「未払いはいかんです。北条、カネ払えです!」
「消費生活センターに相談するです!」
「北条さんはイチゴさんとともに、深宇宙に飛び立ったそうよ。目的は不明だけれど」
「まさかもう≪万里の長城ダンジョン≫に戻らないです?」
「わたしたち、失業です?」
「許さんです!」
「失業は困るです!」
「泣くです!」
パニックの女児的種族たちが、大量の機獣竜を吐き出す。それを見ながら、ソフィアは固唾をのんだ。
(まって。あたし、女児的種族たちが相手でも、速攻で殺されるのでは? だって万単位の機獣竜なんて、とてもじゃないけど対応できないわよ)
現在、≪万里の長城≫の食物連鎖で、自分がダントツの最下位と気づくソフィア。
「ま、まって。女児的種族ちゃんたち。その、追いかける方法はないかしら?」
「追いかけるですか?」
「追いかけるですか?」
「北条尊人を追いかけるですか?」
「そうよ」
ソフィアとしては、女児的種族たちとこっそり、北条尊人を追いかけるつもりだった。
しかし計画というのは、崩れ去るものだ。
「追いかける。それは良い考えですね、ソフィアさん」
絶対零度クラスの声音で、そう声をかけられた。
ハッとして振り返ると、いつのまにいたのかドロシー。
「わたくしたちで、尊人を追いかけましょう。そして、愛する妻をないがしろにするとどうなるのか、思い知らせてやるのです。ソフィアさんはどう思います?」
ソフィアは凍り付いた思考で、あることを思い出した。
偶然読んだビジネスコラムに載っていた秘策──『答えにくい意見を求められた時は「君はどう思う?」と聞き返そう』を。
「ド、ドロシーさんは、どう思います?」




