18,北条尊人いまになっても、絶対神から「地球で痴漢した無教養なステータス∞の雑魚に過ぎません」と酷い言われよう。
~深宇宙:
難易度LEGEND級《πダンジョン》
またの名をヨウナシ御殿にて~
〈無神〉が、最期まで知らなかったことがある。
案内係オリジナルとして振る舞っていたヨウナシこそが、すべてのステータスの源、唯一神だったということを。
別名義では、《絶対神》とも呼ばれている。
だが当人は、親しみをこめて『ヨウナシさん』と呼ばれるのを好んでいた。
そんなヨウナシは、百万年に一度の誕生日パーティを開催していた。誰の誕生日かといえば、ヨウナシ自身。
つまり唯一神ともなれば、誕生日も百万年に一度しか来ないわけだ。
招待客は、ヨウナシの配下である【神臣人】たち。
「難易度SSSS級《三千世界ダンジョン》より、ブラフマー・ドットコムさまのご入場です」
ブラフマー・ドットコムが、その巨躯を引きずるようにして、パーティ会場に入ってきた。
ちなみにパーティ会場は、《πダンジョン》の最下層。
ブラフマー・ドットコムが、ヨウナシの前にひれ伏す。
「唯一神ヨウナシさま。このたびはお招きいただき、有難うございます」
浮遊玉座から、ヨウナシが言う。
「これで【神臣人】は全員そろったようですね」
【神臣人】が一体、ガルーダ男爵が言った。
「〈無神〉殿がまだのようですが?」
「ああ〈無神〉さんですか」
そんなヨウナシのもとに、側近が神速移動で報告しにきた。
「ヨウナシ様! 〈無神〉ですが──」
「〈無神〉さんですね。彼の案内係を演じているのも飽きたので、ネタ晴らしするように命じたはずですがね?」
地球がいつになっても〈獅菫城〉に突っ込んでこなかったので、ヨウナシは飽きたのだ。
それにもう誕生日パーティの時間だった。そこで〈獅菫城〉から、《完全瞬間移動》で、この《πダンジョン》に戻ったわけである。
「〈無神〉さんも、いい加減、北条尊人を殺しましたか?」
「あの、それが──瞬殺されまして」
「瞬殺? いくら北条尊人が強くなろうとも、〈無神〉は【神臣人】の端くれですよ。純血ではないとしても」
〈無神〉だけは、元が人間という縛りがある。他の【神臣人】のように、純粋な神族ではないわけだ。
「なんでも《北条殺し》という黒刀で刺されたとか」
ブラフマー・ドットコムが気まずい顔をした。何をかくそう《北条殺し》の刀は、ブラフマー・ドットコムが、黒鵜に与えた力である。まさか〈無神〉殺しに利用されるとは、思いもしなかったが。
側近がさらに言う。
「さらに北条尊人が、地球より飛び立ったという報告もありまして」
小首をかしげるヨウナシ。
「飛び立った?」
「案内係イチゴが隠していた宇宙戦艦に乗って。《樹海》号というもので、《樹海ダンジョン》に偽装されていたようです。いつのまに、そんなものを建造していたのかは、謎ですが」
「イチゴ? ああ。あの変てこな案内係ですね。案内係のバグとしかいいようがありませんが。して、《樹海》号はどこに向かっているのですか?」
「おそらく──おそらくですが──こちらに」
「こちら?」
「はい。こちらの深宇宙《πダンジョン》かと」
ここでガルーダ男爵が問うた。ちなみにガルーダ男爵とは、52の惑星と2550ものダンジョンを支配する、古株の【神臣人】である。
「唯一神ヨウナシさま、お尋ねしてもよろしいでしょうか? 北条尊人とは、何者でしょう? もしやヨウナシ様の脅威となりえる存在なのでしょうか?」
その問いに対して、ヨウナシは嘲笑でこたえた。
「北条尊人が? あれは、ただの地球人です。少しばかり調子にのっているようですが。地球で痴漢した、無教養なステータス∞の雑魚に過ぎません」
「なるほど、そうでしたか。では唯一神ヨウナシさまが恐れるような相手ではありませんな。われわれ真の【神臣人】が、捻りつぶしてくれましょうぞ」
呼応して、ほかの【神臣人】も熱心に言った。
「たかが地球人が」
「それも痴漢とは」
「痴漢犯罪者が、運よくステータス∞になっただけで勘違いしてしまった雑魚ですな」
「気の毒な雑魚でしょう」
「ハッハッハッハッ!」
こうして北条尊人を笑いのネタに、愉快なひと時を過ごす【神臣人】たちであった。
★★★
~北条尊人・
地球から出発した宇宙戦艦《樹海》号にて~
くしゃみ。
くしゃみが止まらない。
さっきから、くしゃみがとまらない。
イチゴがどうでもよさそうに言ってきた。
「風邪ですか、タケトさま? ステータス∞でも風邪ってひくんですねぇ」
鼻をかみながら、おれは唸った。
「うーん。なぁ、イチゴ。凄くいま、誰かにバカにされていた気がする。しかも、何人にもバカにされていた気がする。そのせいで、くしゃみが連続した気がする」
「被害妄想ですよ、タケト様。
いまさら、誰がタケト様をバカにできるというのですか? もう痴漢冤罪の件も、過去のものになったのです。いまさら、タケト様を痴漢呼ばわりするバカなんて、いませんよ」
うん、確かに。そこは安心している。
──《πダンジョン》、またの名をヨウナシ御殿の到着まで、
あと13時間45分17秒。




