9,黒刀《北条殺し》。
──北条尊人の視点──
おれは舵輪から両手をはなし、その場にくずおれた。
「うっ!」
『かもめのすいへいさん』を踊っていたイチゴが、ハッとした。
「どうかしましたかタケト様? 呪術攻撃がいまごろきましたか?」
「そうじゃない。年甲斐もなくはしゃいでしまった羞恥心が、いまごろやってきた」
「ほほえましかったですよ、タケト様!! 元気だして!! 誰にでも、変なテンションになるときってありますから!!」
「その励まされかたが、すでに恥ずかしい」
とりあえず、地球の回転運動は自動モードにしておこう。勢いがついたら、〈獅菫城〉に投げ込んでくれる。地球もろとも滅びるがいい、ハッハッハッハッ!
……あれ。なんか悪者っぽい?
まぁいいか。
「ちょっと腹が減ったな。『苦楽』にでもいくか」
「あいです」
『苦楽』とは、東京都内にある行きつけのラーメン屋のことだ。ここの醤油ラーメンは絶品。イチゴを脳内に入れてから、瞬間移動で都内へ。
とたん、おれは愕然とした。
『苦楽』の店舗が跡形もなく吹き飛んでいる。というか、都内はどこもかしくも、竜巻被害にあったような有様。これでは、絶品の醤油ラーメンどころではないぞ。
「誰が、誰がこんなことを──!」
〔タケト様ですね。地球を≪次元の狭間≫に突入させた上、ぶんぶん振り回していますし。まだ自転しているだけ奇跡ですよ〕
おれは拳を握りしめ、天にむかって吠えた。
「敵の仕業か! 許さんぞ!」
〔いえ、ですからタケト様が──〕
瞬間、背後から殺気。振り返ると、黒ずくめの男が瞬間移動してきていた。
「えーと。どちらさん?」
その男は、禍々しい黒刀を装備しており──いきなり斬りかかってきた。
「死ね、北条尊人! 《魔月斬》!」
右腕で防ごうとしたが──黒刀の刀身があっさりと切断してきやがった。
後ろに跳びつつ、切断された右腕を《天使回復》で再生。
「ふーむ。ステータス∞の防御力が、あの黒刀にはまったく効力を発揮しない。しかし無効化されたとかでもなさそうだが」
黒ずくめの男が、勝ち誇った顔。
「驚いたか北条尊人! わが黒刀《北条殺し》は、オレが自ら魂をけずって鍛錬した! 『北条尊人を斬る』という特質だけを与えたのだ! 他の人間を斬ることができないかわりに、貴様だけを斬ることができる!」
「いや、だから、あんた誰?」
「黒鵜だ! 貴様の宿敵の名を忘れたかぁぁ!」
いや宿敵と言われると、どうしても奥さんのドロシーを思い出すんだが。
「いくぞ、北条尊人!」
神速で突進してくる黒鵜とやら。
こちらは《完全結界》で防御──してみたが、火焔をまとった黒刀であっさりと断ち切られてしまった。
「おっと、これはなかなか──」
紙一重で黒刀を回避。
「甘いぞ北条尊人!」
とたん固定スキルをかけられ、こちらの敏捷性ががたおち。
そこに黒刀の二撃目がきたので、おれは腹を斬られた。
黒鵜とやらから距離をとって、腹の裂け目に臓物を戻す。《天使回復》で治癒。
〔タケト様に、ガチでダメージを与えるとは。黒鵜さん、これはやりますねぇ〕
「やれやれ。そこまで、おれを恨んでいるとは──はっ! さては、お前か黒鵜! おれの行きつけのラーメン屋『苦楽』を吹っ飛ばしたのは!」
〔いえ、それはタケト様です〕
とりあえず瞬間移動で、≪万里の長城ダンジョン≫に戻る。
★★★
──ロシア人のおっさんの視点──
【北条尊人を恨む被害者の会:黑い三連星】が1人、ロシア人のおっさん。
かつて北条尊人が体内に瞬間移動してきたため、爆散されたのであった。しかし、今やステータス∞の力を手に入れ、北条尊人に復讐するとき。
「まっていろよ、北条尊人。あのときの屈辱をついに晴らすときが──うん?」
何か、
体内がむずむずするような。
何か、何かがくる──人間が、北条尊人がぁぁあ来るぅぅぅ!!!
「またかぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ北条ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
北条尊人が体内に瞬間移動。
ロシア人のおっさん、爆散。
★★★
おれはハッとして、周囲を見回した。なぜか肉片が散らばっている。
〔どうかしましたかタケト様?〕
「いま、誰かの断末魔の叫びを聞いたような気がしたが」
〔気のせいじゃないですか?〕
「だな。まわりには誰もいないし──さて、ドロシーと黒鵜。どっちから片付けるべきか」
どっちも厄介そうだなぁ。




