32,「《異世界転移》篇ここに【完】でーす」。
〈無神〉が両膝をつく。
「まさか千兆回も殴られていたとは──やるではないか、北条くん」
千兆回も殴ったのに原型留めているって、どういうことだ。
おれは自分の両拳を見てギョッとした。
殴り過ぎで、粉砕している。回復スキルで治しながら、さすがに〈無神〉というのは、これまでの敵とは格が違うな、と感心。
「殴り合いは僕の性格にはあわないな」
などと言って、〈無神〉は再度、《殺人狂の魚》を投じてくる。
「二度も食らうか! 《塩焼き》!」
100万度の超絶高温の核が、《殺人狂の魚》を襲う。さらに塩味を追加。
美味しそうな塩焼きとなった。
「たいしてうまくない」
とりあえず食べたが、骨が多すぎる。
「くっ。《殺人狂の魚》を塩焼きにして食べるとは──僕が生まれたころからの友達を!」
「え。そんな深い関係だったのか。ちょっと、すいません」
〈無神〉は次元を切り裂いた。
「北条くん。君の命は必ず狩らせてもらうよ。そのときまで、せいぜい生きるがいい」
〈無神〉が次元の向こうに消え、境目が閉じ合わされる。
イチゴがおれの脳内から出てきた。
「本気モードのタケト様と戦って、無事に逃げるとは。さすが〈無神〉ですね」
「いや、奴はまだ本気を出していなかったな」
「え、本当ですか? なにを根拠に?」
塩焼きにした《殺人狂の魚》を齧りながら、おれは答えた。
「お決まりだろ。ちなみに、おれも本気は出していませんでしたー」
「……ガキの喧嘩ですかい」
さて。〈無神〉などは、正直どうでもいい。
そんなことより、〈天国のオムツ〉だ。〈無神〉に破壊されてしまった。
おれはガクッとうなだれる。
「ここまでせっかく、旅してきたというのに。ここまで苦しい戦いを繰り返してきたというのに……」
「タケト様が異世界でしてきたことって……ダンジョンでは女児たちを働かせ、カジノで遊んで、アーダさんに稼がせて、なぞなぞでドロシーさんをだしに使って……あんた、なにしに来たんですか!」
「いや失礼だろ。もっと色々とやっただろ。魔王ゾルザーギを倒したし、髑髏たちに皮膚と筋肉をつけてやったし。いまも〈無神〉と戦ったし、そういやもう一人のステータス∞とも戦ったな。……………あれ?」
「黒鵜です。名前くらい覚えておいてあげてください」
「そんなことよりオムツが……オムツが……オムツが……」
とりあえずゲートを開いて、懐かしの地球に戻った。
現在、地球はどうなっているか。
元ダンジョン調査機関──いまは地球復興委員会と名を改めて、人類社会の復興を指揮している。
とりあえず【超人類】は滅んだし、8割がたのモンスターは《万里の長城ダンジョン》に入ったし。復興も順調そう。いちおう言っておくけど、おれの働きがほとんどだよ。
そして、いまおれが出たのは新宿。
目の前には、ドン・キホーテ。オムツの安売りをしている。
「……」
その後、おれは瞬間移動で《万里の長城ダンジョン》に向かった。
ドロシーは最下層で待っていた。そこに赤ちゃん乃愛の部屋を作ったようで。
乃愛はベビーベッドで、健やかに眠っていた。
ドロシーが溜息をついて。
「尊人、待ちくたびれましたわ」
「……頼まれたSSRアイテム〈天国のオムツ〉だ」
ドロシーはオムツを見て、
「はい、確かに。ご苦労様でしたね、尊人」
「ああ。ちょっと手洗いうがいしてくる」
手洗いうがい、これが大事。
洗面所でうがいしていると、唖然とした様子でイチゴが言う。
「えぇぇ! 騙されたんですか、ドロシーさん! あのオムツ、さっきドンキで買った市販のオムツなのに!」
「そのようだな」
「……ドロシーさんって、実は天然アホなのですか?」
「イチゴ。この世界には、わざわざ口に出さなくていいことがあるのだ」
「ふーむ。奥深いです」
そしてイチゴは、どこかに向かって宣言した。
「《異世界転移》篇ここに【完】でーす!」
「誰に言っているんだ、お前?」
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