14,まだ独り身でやりたいことがある。
《結界》が砕け散ったのが分かった。
うーむ。さすがアーダ、いまや《結界》程度の防御は、一撃で粉砕かぁ。
と、感心している場合ではない。
イチゴの脳天が心配だ。
勇者アリスが小首を傾げる。
「イチゴだと? 一体、誰のことだ? そこにいるのは魔王ゾルザーギだろう? そして、貴様は誰だ?」
アリスが睨んだ先には、獲物を横取りした形となったアーダがいる。
アーダは不愉快そうに顔をしかめて、
「貴様こそ誰だ?」
おれはそんな二人を眺めながら、言った。
「お前ら、なんかタイプが似通っているな。紛らわしい」
魔王の着ぐるみから、イチゴが自力で這い出してきた。
「名前も『あ』から始まりますしね」
「イチゴ、生きていたかぁ」
さすがにイチゴに死なれると、ショックはでかい。こんなのでも、おれの案内係だからなぁ。
イチゴは頭をさすりながら、恨めしそうにアーダを見る。
「たんこぶができました。アーダさん、わたしに何の恨みがあるんですか」
アーダは心外そうに言う。
「貴様の命を取りに行ったわけではないぞ。まさか魔王のきぐるみを着ているとは思わなかった」
「まてよ、アーダ。この触手魔物が魔王ゾルザーギと、どうして知っているんだ?」
「うむ、師匠。褒めてくれ。さっき捕まえた勇者の仲間を拷問して聞き出した」
いや、そこに褒められる要素って、あるか?
「勇者一行と戦いたいのか、魔王を滅ぼしたいのか、どっちなんだ?」
するとアーダは、キラキラした瞳で言うのだった。
「私は強い者と戦いたいのだ!」
「なに、ひと昔前のジャンプ漫画主人公みたいなこと言っているんだ」
「タケト様よりは主人公の風格がありますよね。少なくとも、オムツのために異世界を駆け回る主人公よりは」
「オムツで思い出した。さっきドロシーから着信があったのに、お前なんかを《結界》で守るため無視しちゃったんだ」
「わたしなんかって、なんですか!」
ここでやっと勇者アリスが、先ほどの聞き捨てならない発言に気づいた。
「まて。そこのチェーンソーの女。私の仲間を拷問しただと? 貴様、それでも人間か!」
アーダを怒らせたかったから、人間扱いすることだ。オーガ族なので、誇りを傷つけられたと激昂するので。
ちなみに人間と見分けがつかなくなったのは、おれがアーダの額に生えていたツノをへし折ったから。
ああ、すべてが懐かしい。あのころは、おれもまだパパじゃなかった。
「パパで思い出した。さっきドロシーから着信があったのに、イチゴなんかを《結界》で守るため無視しちゃったんだ」
「いえいえ、タケト様。忘れすぎじゃないですか。もしかして──パパになることに不安とか感じているのでは?
実は、まだ独り身でやりたいことが沢山あるのでは? 本心では、オムツとか入手せずに、このまま異世界を逃亡したいのでは?」
イチゴの指摘は、おれの胸を抉った。
そうだ。おれはまだ、独身でいたい。
瞬間。
スマホが宙に浮きあがり、《超超爆発》を起こした。
おれは慌てて、イチゴとアーダ、あとついでに勇者アリスを瞬間移動させる。
瞬間移動先は、王都の上空。
全員を《浮揚》で浮かしながら見下ろすと、《超超爆発》の爆風が王都を木っ端みじんにしていた。
「あちゃあ」
「何事です、タケト様?」
「……ドロシー」
「あぁ! タケト様が、独身に未練たらたらなのがバレたんですか! 地球にいるのに! というかドロシーさんって、ママになったけど、とくに性格とか丸くなってないですね」
「たぶん産後ストレスのせいだな。きっとそのうち、ストレスもなくなって、いきなり異世界の王都を吹き飛ばすようなことはしなくなる」
希望的観測です。
「タケト様。もしかしたら、ここで《宇宙破壊》が来なかっただけで、ドロシーも温和になったと満足するところなのでは?」
「独身……おれの独身……」
アーダが、アリスを指さしてきた。なぜか嬉しそうだ。
「師匠、聞いてくれ。あそこの勇者、漏らしたぞ」
「……そんなこと嬉しそうに報告しなくていいから」
イチゴが、おれの肩を励ますように叩いて、
「タケト様、オムツを探しましょう」
「うむ」
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