1,樹海ダンジョン。
ダンジョン。
これが世界各地で出現してから、50年。
当然、オレが生まれたときには、すでにダンジョンは存在していた。もちろん日本にも。
オレはこれまで、ダンジョンに潜る奴はバカだと思っていた。命知らずのバカどもだと。
そんなオレはいま、青木ヶ原にいる。別名、富士の樹海だ。死ににきたのだ。
だが樹海で首を吊る気はない。この樹海には、日本では唯一のS級ダンジョンがあるのだ。
S級ダンジョンとは、『還らずのダンジョン』とも呼称される。とにかくレベルが凄すぎて、入ったら早々に殺されるそうだ。
もちろん生還者も少しはいるが、彼らの証言がまた地獄。
たとえばS級ダンジョンでは、第一階層にドラゴンがいるらしい。
A級ダンジョンならフロアボスだというドラゴンが。しかもスライムのように大量に。
つまりS級ダンジョンではかのドラゴンさえも、『雑魚モンスター』枠ってわけ。
そういやこんなこともあった。
アメリカの話だが──あっちのS級ダンジョンに特殊部隊ネイビーシールズが攻略に入った。
当時の大統領が『我が軍の精鋭がダンジョン攻略を成功してみせる』と記者会見まで開いたので、誰もが知っている話。
これが4年前のことで、いまだに帰ってこない。もちろん全滅したんだろう。
ダンジョンのルールはシンプルだ。
入ったら、自力で出ろ。
武器は持ち込めるが、乗り物は不可。つまりアサルトライフルはOKだけど、戦車はダメ。
外部との通信はできない。ダンジョン内で見たものを報告したければ、生還するしかない。正気を保ったままで。
ま、オレは出る気なんかないけどな。
死ぬんだから。
ドラゴンに殺されるなんて、最高の自殺方法じゃないか。
半年前のオレが、今のオレを見たらどう思うだろう。
失望するだろうか。いや、たぶん同情し共感してくれるだろうな。
そりゃあ、死にたくもなるよなって。
痴漢冤罪。
こんな悲劇が、わが身に降りかかるなんて思いもしなかった。
4か月前のあのとき──満員電車の中で『この人、痴漢です!』と言われたとき、なぜ「すいません」なんて言ってしまったんだろう?
痴漢なんかしちゃいなかったのに。オレには順風満帆な仕事があり、新婚ほやほやの家庭があった。痴漢なんかするはずがない。
だがオレは子供の時から、とりあえず謝罪しろと教えられてきた。この時も初めは、荷物が当たっていたのかなと思った。だから「すいません」。
しかし警察にとってその「すいません」だけで、十分に自白ということになるんだそうだ。
もちろんオレは警察署に連行されてからも、痴漢などしていないと訴えた。
その挙句、何が起きたか。
家宅捜索だ。
信じられるか? 家宅捜索なんて、犯罪者だけがされるものだと思っていた。しかし、違うんだなぁ。無実の人間にも、それは起こるんだ。
かくして仕事は懲戒解雇。
オレを慕っていた後輩は、LINEブロック。
そして妻には、離婚をお願いされた。『お願い』というのが、また心が痛い。
「尊人。お願い、もうあなたとは暮らせない。だから別れて。お願い」
昨日、離婚届に判子を押した。
その夜はビジネスホテルに泊まり、今朝起きたときに気づいたのだ。朝陽を浴びながら。
もう生きていてもしょうがない。死ぬしかない。
だから今、ここにいる。
昔、ダンジョンを国が立ち入り禁止にしたことがあった。その途端、ダンジョンを震源地とした地震が起き、建物の倒壊などが起きた。
ダンジョンを管理する『何か』の怒りを買ったのだとされている。
それ以来、誰でもダンジョンに入れるようになった。
超簡単なF級ダンジョンなんかは、自称『冒険者』どもで賑わっているらしい。
だがここのS級ダンジョン、≪樹海ダンジョン≫は別。
その周辺には誰もいない。
それもそうか。死ぬことがほぼ確定しているダンジョンに、誰が入りたがる?
それは、オレだ。
ダンジョンの入り口は多様だが、≪樹海ダンジョン≫は穴。
ただの穴に飛び込めというわけだ。
いいじゃないか、分かりやすくて。
オレの人生、転落の行きつく先が──この穴の底だ!
飛び降りる。
瞬間、脳内で女の声がした。
『おめでとーございます! あなた様は、世界にある全ダンジョンにおいて、来館者1億人目でございまーす! やったね!』
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