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神取合戦  作者: 犬の塊
壱章
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壱章 九

「わあ、美味しいね。之のお野菜」


 上機嫌に皿に盛られた人参や玉菜を貪り食う白兎神。野菜といえど其の光景は本当に兎というものは草食獣なのだろうかと思わせる食欲であり、私には何とも面白いものであった。只其れよりも更に私の笑いを誘う顔が、私の横にはあった。白兎神の表情と対になった様に不機嫌な顔で食事の様子を見詰めている。


「何、君。彼に食べてもらえなくて不機嫌なのかい」

「別に」


 私が揶揄う様に八咫烏の方を向くと彼はそっぽを向いてしまったもので。私は人差し指で頬を突いてみた。左の手を台に置いた顔は下の唇を少し出し、突かれた頬を赤子の様に膨らませる。何とも不格好な顔だ。まあそんな事は今の私には如何でも善いことだ、と思う。彼の機嫌は後で直すことにしよう。


「では、話してもらおうじゃないか」

「嗚呼、善いよ。──あれは、そう、どれだけ前だったか。五年は経つよね。彼がボクの処に来たんだ。何の前触れも無く。彼はこう云った、「世界を支配しよう」と。またこうも云った。「自分は之の星を救いたい」と。いやボクは不思議に思ったさ、何故そうも違う事が云えるのかと。彼は親切に教えてくれたよ。けれど、はて、何故だろう。ボクは上手く思い出せないのさ。彼の話したことが。確かに彼は家に来た。……おや、ボクが行ったのだったか」


 聞けば聞くほどに曖昧だ。白兎神に事情を聞こうと思案したことは間違いだったのだろうか、いやそうではない。


「君、本当に覚えているの」


 完全にへそを曲げてしまったのか、吐き捨てるように尋ねた八咫烏の視線は依然私達を見ようとはせず。もしや興味など失くしてしまったのではないかと考えもしたが、どうやらそうでもないらしい。


「お、覚えているさ。本当だよ?」

「へえ。──でも責めはしないよ。仕方の無いことなのだからね。だろう?」


 漸く向いた瞳は、据わってはいるものゝ、はて。怒っているわけではない。怒りの感情がそこに有ったとして、其れは白兎神に向いたものではない。皿に乗った揚げ鶏を一つ指で取ると八咫烏はそのまゝ口に放り込んだ。


「君、何をそんなに怒っているんだい」

「別に怒ってなんかないさ。ほら、話も聞けたことだ、さっさと向かおうじゃないか」

「向かうって、もうかい」


 あまりにも彼が急かすもので、私は準備をする事にした。勿論ここは彼の家なので用意出来る物は限られるが、それでも無いよりは善いだろうと借りた袋に詰め込む。数日分の食料に、服を数枚。加えてビー玉を入れる。


「それ、何に使うの」

「撒菱代わりさ。踏んだら痛いし転ぶ」


 私はそう言って一つ、八咫烏の足元へと送る。踏んでみればいゝと視線をやれば彼は足をあげ思い切り床にあるビー玉へと落とす。──どうやら痛かったようだ。

 少し為て痛みも取れゝばもう家を出ようと八咫烏は云う。白兎神には、一応の交渉役として、ついて来てもらうことにした。



さて準備も整ったことなので、私達は北の教会に向け又た出発することにした。辞めた方が善いのではと白兎神は提案して来たが、私も八咫烏も聞きはしなかった。扉を開け、取り敢えず置いてあった地図を拡げ、場所を確認する。随分と前のものなので多少地形は変わっているだろうが、別に大陸ごと変化するでも無し、特に関係はなかった。

 折角なので白兎神が蹴り壊した山から向かおうではないかと足を進め、登って行く。山頂があの有様とはなったが道途中には問題無かったようで。あのような惨劇が起こったこと等微塵も思わせない木々の並びで。唯冬の一角を匂わせるような、春に向け又た新たな芽を出している木もそちこちに。そんな季節の巡りを肌身に感じながら例の場所まで辿り着く、矢張り何度見ても、酷いものだ。いや山なのだから何とでもなるのだろうが、然し気になってしまう。等と脳の中で巡らせる中「わあっ」と間抜けな声が一つ。


「何、如何したの」

「ボクが聞きたいね、なぁにこの山は。何時から火山に成ったんだい」


 私と八咫烏は顔を合わせ、それから白兎神の顔を見る。彼は本気で云っているのか、それならば、不味いことだ。彼の云う事がほとんど当てにならなく成ってしまうからだ。


「ヤタさん、この子大丈夫なの」

「ん? 大丈夫だろうさ。僕が保証しよう」

「君の保障なんて、正直私は信用出来ないのだけれど。だって先刻(さっき)まで憶えていたじゃない」

「まァほら、ね? 兎に角大丈夫だから」


 忘れっぽい彼が全体何を保証すると云うのか、私にはこれっぽっちも理解が出来なかったが、如何しても駄目ならば始末は八咫烏が担当するらしく、多かれ少なかれ気楽に過ごせるように成った。

 白兎神のお陰で出来上がった山頂の穴の縁に立ち、こいつだけは礼儀正しいと思うその彼の手底へ足を乗せる。自分で飛ぶのも面倒らしく八咫烏も同乗した。つれて来た彼、白兎神には自分で飛翔してもらおう。最初から乗せる心算は毛頭無かったが、たった今思い付いた様に私はそう伝えた。


「本当に向かうの」


 迷う様子も無く足を、否、手を進める私達に白兎神は然う不安気な顔をして尋ねて来た。


「勿論、何故躊躇う必要が有るんだい」

「えゝ、だって君ら、入信者じゃないんだろう。それなのに向かうだなんて、死にゝ行くとしか考えられない」

「白兎神、君は何を根拠に殺されると云う。信用ならないと、然う思っているんだね」


 そういうわけでは、と弁明しようとしたのか手を掲げると再び考え込む。そうして辿り着いたのは沈黙であり祈りであった。土地神が祈るとはこれ如何に、と私は思いもしたが特に気にはしなかった。

 暫く先に進めば先ず見えたのは広大な海、光を吸い又た跳ね返す塩水は青々と広がり私達の目を惹く。海面を飛ぶ鴎の群れは何も知らずに海の底から顔を出す魚達を今か/\と待ち侘びている。潮風が時折眼に滲みるが、それもまたよし。海で遭難した際は塩水を決して飲んではならないと聞くが、何故なのだろう。塩が又た喉の渇きを促進させるからか、水に数え切れない程の寄生虫が居るからなのか。どちらにせよ、私は何があろうと飲まないことにした。

おそらく向こうの陸に着くまでは時間もかかるだろうと持って来た水筒の蓋を開け一口。八咫烏が寄越せと云うもので、少し分けてやった。


「ところでさ」


 不図、思い出したように白兎神が声をあげる。

この後に及んで文句でも云う心算なのだろうか、と顔を見たがそうでもないようで、唯彼は疑問を持った子供のように眉を顰めている。


「如何して君達は、之の道なの」

「なに」


 白兎神の一言は私達を動揺させるものであった。何故之の道なのか、それは神亀に聞いたからである。だがその道に疑問を持つという事は、何かしら可笑しな部分が有ったからではないのか。


「間違った所でも有るのかい」

「いや違う、そうじゃあない。何も間違ってはいない。だから不思議なんだ」

「では何だって、可笑しいと云うんだい」


 それは、と彼が口を開きかけたところで、進むのを辞めた。つられてぴたりと進みを止める八咫烏に、すっかり油断し切っていた私は軽く前に投げ出されそうに成った。全く重力というものは時に邪魔をするものであり、人間として生活を始めた頃の私は極めて困り果てゝいたものだ。


「なんだ。止まるなら教えておくれよ」

「貴方は、いや君は。目が悪いのか。あれを見てよ、止まらない奴が一体何処に居るんだい」


 はて、先の景色等にはめっきり気を向けていなかった。もしや目的の場所でも見えてきたのだろうかと意識を向けると、私は心底驚いた。自分の目を心底疑った。


「何だい、僕には全然見えないよ」


 と、細い目を更に細めて眉を顰めながら八咫烏は云う。


「君は目が悪いからね、近視ってやつか──鳥目か。いや、別に見る必要も無いよ。私としても、あんなのは見たく無かったなぁ」


 そう、あまり、見たくは無かった。私達が見たそれは、彼等神が決して()()()()()()()()()が行われていたからだ。

かと言って見えたものは其れでもなく、只の、人であった。

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