表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神取合戦  作者: 犬の塊
壱章
7/22

壱章 七

 居場所は戻って八咫烏の家、手触りの良さそうな羽毛布団に包まれて眠る白兎神の目覚めを待つ私達は、はて以前はあんな性格だっただろうかと話し合うこともせず。唯不思議そうに彼を眺めていた。どれほど時が経っただろうか、否、実際はそんなには過ぎていない筈だ。窓際に置いた植木鉢の陽の影が、少し、傾いた程度なのだから。その内に口を開いたのは八咫烏。大凡おおよそ、沈黙に耐えられなかったのだろう。


「どうしようか、これから」

「さぁね。兎も角彼が起きない事には始まらないと思うよ」

「だよねぇ、おぉい、起きたまえ」


 ガラの悪い座り方をすれば退屈そうに眠る彼の頬を叩く八咫烏。色々と問い質したい事が在るようだ。然し、これは本当に眠っているのだろうか。基本神というものは、寿命か、若しくは土地や信仰者やらが失くならない限りは「死」の概念が無い筈だが。それにしても長い。起きてもいい頃だ。

 なんて考えていれば、数分もしない内に、白兎神の様子に変化が訪れる。僅かな眉根の動きに目敏く反応した八咫烏は、起きるだろうかともう一声。


「おーい。まだかい」


 それにしても、私達は今布団に眠っている()()を白兎神だと思っているが、果たして本当に白兎神なのだろうか。真白で長く伸びた横髪、神亀とはまた違った幼さを帯びる顔立ちに、服は、確か、肩山から裾にかけ桃色に染まっていた。この姿は、紛れも無く私達の記憶に残る白兎神なのである。ともかく彼が起きるまでは、そう思うしかない。


「うう、ん」

「やァ、ようやっと起きたよ。そら、如何だい、気分の方は」


 彼の呼び掛ける声を聞き開いた眼の視線を其方に向ければ、白兎神はぎょっとした顔で起き上がる。先刻のあの様子だと、逃げるであろうことは考えるまでもなかった。故に、逃げないよう脚や身体を麻縄で縛ってある。


「君の脚の力は怖いからねぇ。少々、手荒な真似をさせてもらった。勿論、()()()()()で抑えられるとは微塵も思ってないけれど」


 そう云うと八咫烏は目を細めて布団に居る彼を見詰める。ひゅ、と息を吸う音が聞こえたかと思えば、継ぐ言葉を考えようとしているのか、それとも如何やって逃げ出そうか考えているのか。いずれにせよ彼の心に焦燥が満ちているのは間違いないことだ。


「──お、お許しくだされぇ!」


 器用に身体を捻らせて布団から飛び出したかと思えば、そのまゝ膝を付き頭を垂れる。はて彼はそんなにも臆病な性格だっただろうか。もう少し、否もっと子供の様に明るい様な気もしたが。それとも私の知らぬ内に八咫烏が何か非道い悪戯をしていたのか。


「待った、待った。僕はそんなに怒ってないよ。何をまた怯えているのさ」

「そんな事を云って、君が前に何かしたのだろう。全く君は本当に……」

「いや違う、何もしてない。君こそ、思い込みは良くないよ」


 やい/\と口喧嘩を為る私達を見て、白兎神はきょと、とした顔を浮かべる。意外な事に目を開く様に。先に気付いたは八咫烏。今の今までの喧嘩には直に興味を無くし、呆然と為る彼に声を掛ける。


「おや、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔だ。ご覧おいぬさん」


 兎なのにね、と付け足しながら指を差す彼の手を制止して、私は白兎神の言葉を待ってみた。無理に聞き出す心算も無かったので、軽く耳を傾ける程度だが。


「随分と、明るくなられましたね?」


 結果、彼から出たのはそんな言葉だった。明るくなった、と、私の記憶する限りでは、八咫烏は昔から、善く言えば明るい、悪く言えば煩い。そんな性格であった。一度話せば、その元気で嫌味な性格は直ぐに覚えられる筈なのだ。


「はゝあ、さては君、何か勘違いをしているな。よし、僕が直してやろうじゃあないか。何、心配は要らない。こういった事は昔から得意でね」

「得意だと? 君は然う云って何時も悪巫山戯ばかりじゃないか。大体君は」

()()()()()()()()


 其れ以上は、何も語らなかった。唯その一言、白兎神の前に座って、額同士を接触させて、一言。それだけ。


「えゝ、でも顔が」


「僕じゃない」 


 それ以外は何も要らないと云う様に、静かに、丁寧に。言い切った。どんな顔をしていたのか。私の位置からは、全く確認のしようが無かった。

 八咫烏の言葉を聞くと、膝を付いていた彼は息をつく。彼はかなり単純である。


「善かったぁ、首を撥ねられるかと思ったよ」


 然して一息付けば次に口を開くともう縄を解けと云い出す。八咫烏も然うだが、彼もせっかちなようだ。私と八咫烏は顔を合わせ目で会話を交す。彼の視線は、私に判断を任せた様に見えたが、果して其れが正解なのか如何かは試してみるまでは判らない。不図私は窓向こうに見える山を一瞥する。成程見直してみても確りと山の頂上は消えていて、絵に描いた様な、火山の様な形に、最初からその形であったかの如く、変形していた。以前の彼にこの様な力が有ったのかと聞かれゝば、違うだろう。神亀の元で何かしらを教わったか、或いは彼自身の力か或いは、彼の云っていたという「素敵な方」とやらが関係しているのか。どちらにせよ今の白兎神をみす/\野に放す行為が出来るとは言えない。少なくとも、もう少し、もう少し話を聞かなければならない。彼が安全だと然う完全に言い切らない時は、八咫烏もまた赦す事は無いだろう。私は然う思う。


「あの」


 かなり長考していたのか白兎神は声を掛ける。矢張り自分は離してもらえないのだろうかと不安に満ちた、けれども抜け出す術でも考えているのか、如何してもこちらを見ているようには思えない視線を向ける。


「矢っ張り、離してはもらえないと」

「然うだね、兎も角君が八咫烏に危害を加えた事実に変わりは無いのだから、又た何か為るかもしれないだろう? 其れ共、なんだい、何か提案為る事が有るとでも?」


 私が然う告げると、白兎神は又た視線をどこか、否自身で破壊した山の頂を見詰めて考え込む様に「うぅん」と声を上げる。


「何も無い、わけではないのだけれどね」


 独り言なのか私達へと話していたのか、そんな小さな色量で一言溢すと私の顔と八咫烏の顔とを交互に見遣り、今度は明らかに私達へと向けたのであろう声で。


「ねぇ。話がある」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ