壱章 五
島へと向かう前に腹ごしらえでもしようと誘われ八咫烏の家へと訪れた私達は彼の手料理を頂いている。彼の家は何とも、居心地の善いような悪いような。どこにでも有りそうな薄灰色の壁に木で出来た床、それに机。部屋の隅に犬が一匹眠っている事は気になるが、八咫烏曰く「懐かれた」そうな。彼に動物を愛する気持ちが有ったのか、どちらかと言えば──いや辞めておこう。
「それにしても」
さて今からどうしようか、何か善い策はあるか。と思考を巡らせていると、不図八咫烏が口を開いた。
「北だよ、北」
「何だいヤタさん、北に何かあるのかい」
「そうじゃあない──何だってこんな時期に北に行かなくちゃならないの──寒くて仕方がないじゃないか」
どうやらいつもの文句のようで、ぶつくさと一人呟いている。確かにこの時期は寒い。神と云えど妖怪と云えど温度というものは判る。しかし彼が行こうと云い出したことなのだ、……少しは楽しそうにしてほしいものだが、何だってそのようなつまらなさそうな顔をするのか。
「ところで。君」
私は並べられた料理を眺め、唯一彼の手料理である、少し甘く作られた、卵焼きをつつきながら声をかける。
「ん? どうしたんだい」
「これ、ほとんど冷凍食品じゃあないか。全く君、私が嫌いなことを知っていて出してるだろう」
「本当においぬさんは、あれだね? いゝじゃない。君の食べているそれはちゃんと作っているのだから」
卵焼き以外に作る気力は無かったのだろうか。否これもまた彼の嫌がらせなのだろう、或いは作り方を覚えていたものがこれだけだったのだろう。と、箸を進めながら考える。
卵焼きは私の好きなものだから、結局の理由は単純だと思うが。特に聞きはしなかった。
「他は僕が頂くから……ともかく、それを食べたら向かおう。寒いから嫌だけれど」
「もっと着たらいいじゃないか」
八咫烏は見た目こそ暖かそうに見えるが実際はそうではない。少し拝借させてもらったことはあるが、通気性はよく、水を弾く性質らしい。全体何のためにその長い布があるのか、私には全く判らない。
「これ以上着たら太っているように見えるだろう? 嫌だよ」
「だからって、君ねぇ」
私が次の言葉を口にしても、それが彼に届くことは無かった。その声を上回る巨大な爆発音のような何かが響いたのだ。私も彼も目を丸くして音のした方面を少し向くと、示し合わせたように顔を合わせた。
「遠くはないね。行こうおいぬさん」
先手を打たれたと焦りながらも、どこか楽しそうに彼は私に声をかける。彼は少し血の気が多いところがある。手を出して仕舞わないか小さな頃から心配しているところが私にもあった。然し今は其れを考える必要も無さそうで安心した。
「判ってるよ、ヤタさん」