弐章 十一
廊下の突き当たりにある扉を開ければ、先の部屋ほど狭くはないが、大広間程でもない食堂があった。全体どれだけの部屋がこの邸に有るのだろう。
中に入るなり、少々お待ちを、とだけ言い残し大蛇は私達を置いて部屋を出た。
「なんか親切な方達だね」
隅から隅までを見渡すように顔を回しながら白兎神は呑気に云う。
「本当にそう思うのかい」
「まァ、信用して悪いことは何もないでしょ。
ね? おいぬさん」
そう云って後から八咫烏が私の顔を覗き込んで来た。彼等を一番信頼していないのは外でもない之の男だと云うのに。
「何だい。その顔は」
不服そうに八咫烏は頬を膨らませて見せたが、あまりにも私が反応を見せないせいか直ぐに辞め食卓に着いてしまった。いつもの事なので気にせず周りへ目をやる。
特に何の変哲もない内装である。扉に振り返れば幾つかの絵画が壁に飾られており、向かいには両開きの窓が並んでいる。流石に之の時間になればどの時期であろうと外は真っ暗だ。私は、山奥に一つ、ぽつんと光る邸を頭に浮かべた。
「どうしようかねぇ、これから」
机に置いてあった造花の花弁を弄りながら溜息混じりに云うものだから、私はつい八咫烏の隣へと座って。
「どうって、行くしか無いだろうさ。何、まさか今更怖気付いたなんてこと無いだろうね?」
そう頬杖ついて言ってやれば、八咫烏はきょとりとした顔を向け瞬きを一つ。その後「まさか」と、いつもの様にけら/\笑った。
「誰に向かって云ってるんだい、君は。昔からおかしな所で心配するよねぇ」
「慎重なだけさ。君も、全く変なところで笑うんだ。初めは無表情だったってのに」
「まァ、ねぇ」
何故だか知らないがこの時の私達はよく思い出話をした。東の彼は怖かった、昔は私達も動物の気が残ってた……他愛も無い話だ。そうしていると、愉しそうに見えたのだろう。白兎神が寄ってきたので彼も含め三柱で膝を交えた。
「そういえば、君はいつ神亀の処に転がり込んだのさ」
「えぇ、とね、ボクが小さい時に引き取ってもらったんだよ、確か。あの時は未だ相神も決まってなかったからね」
当たり前だが、神と人とでは意味の変わる言葉が、幾つか存在する。あいじんも其の一つだ。特に之の言葉は私達の国でしかほとんど通用しないだろう。基本、之の国の神達は二柱一組で行動をする。全体の土地があまり多くないため二柱同じ土地に住まわせたり、各々の領土をより確実に護るためだろう。勿論、白兎神と神亀のように、別の土地に住んだって善い。所詮はそういう形式なのだ。そして、共に行動する相手を「相神」と呼ぶ。
相神の決め方は様々だ。友神同士で組むこともあれば、既に大きな神が未熟な者を育てることもある。偶に、一柱で居る者もあるが、別段珍しい事ではないのだ。
「そういえばヤタさん、君、次の相神はどうするの」
私は不図気になって、子供が訊ねる様な心持でそんな疑問を投げ掛ける。
「? ……あァ! 誰とも組む予定なんか無いよ」
何故私は今、そんなに怪訝そうな顔で見られたのだろう。ずっと思ってはいたが、久しく会ってなかった所為なのか僅かな違和感が私の心に残る。
「あのさあ、ヤタさん」
と、聞きかけたところで聞こえたのは扉の開く音。
「何だい」
「……否、何でもない」
何となく、聞かれたくはなかったので、訊くのは又た今度にした。