壱章 二
「それで?」
私は八咫烏の横に座って、近くにあった自動販売機で買ってきた好物のサイダーを飲みながら尋ねると、はて、と彼は首を傾げる。
「それでって、何がだろう」
「白兎神だよ。彼はどうなったんだ」
「あァ、彼ねぇ」
先程までその話をしていたというのにもう忘れたのだろうか、八咫烏は頭を擡げて暫く考え込むとこちらを向いた。
「どちらかと言うと──失踪した。の方が正しいのかもしれない」
「へぇ、失踪」
「そうさ」
「何も土地を無くした土地神が姿を消すのは珍しくないじゃあないか……何を君、そんなに大層な言葉を使うんだい」
そんな疑問を投げ掛けると、八咫烏は待ってましたと言わんばかりに全身を向けて嬉々とした表情で話し出した。なんだその話をしたいだけだったのか。
「それがねぇおいぬさん。実に奇怪なのだよ。確かにさっき僕は『誰かが略奪をした』とは言ったがそうじゃあない。あの土地の所有権はまだ白兎神にあるんだ」
土地の所有権が移ったことの判断基準は、その土地の風潮、そしてそこに居る動物が主となる。白兎神ならば、彼は確か作物を作って生活していたな。稲を作る田圃が多かったり、やけに兎がたくさん跳ねていたり。
しかし、成程、確かに奇怪なことだ。自身の土地を離れるだなんて、取ってくれと云っているようなものなのだから。
「判らない、と云いたそうだね? 僕にも判らないのさ。まァ、見てみたらきっと理解するだろう。行こうか」
八咫烏はそう言って立ち上がり片手を前に差し出すと、私の身体の数倍はある大きな手のようなものが現れた。
彼ら土地神にはそれぞれ何かしらの能力というものが授けられている。八咫烏ならばこの手だ。彼は複数個の手を使い、その手と手の間を瞬間的に移動することが出来る。これを使い彼は道に迷った者を導いていくのだ。つまり、この手の中に入れば次の瞬間には目的地まで──
着かない。其の儘上昇すると、西を向いて進み出す。
「いやァ、おいぬさんを探すのに夢中で、置いてくるのをすっかり忘れていたんだよ。悪いね」
いつの間にか私から奪っていたサイダーの残りを飲み干すと、八咫烏はそう云って笑った。そういえば、彼は昔から忘れっぽい性格だったことを今思い出した。




