弐章 七
「まぁ、とにかく見てみりゃいゝ。之がキミのお仲間の末路ってわけさ」
「待っ──」
私の制止を聞くはずもなく、取っ手を握った彼は其の儘ゆっくりと開く。心の準備は何も出来ていなかった。否、元より私が臆病だっただけなのかもしれない。何も云われなければ、私はこの扉を開けること無く其処に立っていたのだろう。握られた取っ手が、私の心臓に思えた。
戸が開かれると同時に目に飛び込んで来たのは、口許を手で押さえ悶え苦しむ白兎神。──と、菓子を手に爛々とした顔で迫る八咫烏。
「未だ。未だ食べられるはずだよ! ほら」
そう云って菓子を口に詰めさせる様子は、私の心を酷く安堵させた。然して其れは、彼の二柱の目を見張らせる様子でもあった。又た一つ、八咫烏は菓子を食わせる。
「……あれ、大丈夫なのかい?」
と、どっちつかずに指差しながら訊くもので。「あれぐらいなら大丈夫だろう」とだけ答えておいた。幾ら彼でも、殺しはしない。少なくとも私はそう思っている。其れに彼なら、もっと、そう。殺さない範囲で。
「何だか可哀想になってきたぞ」
「あら、お水でも出してあげますか?わたくし、注いで来ますよ」
音の始めと終わりを口にすると、長身の彼に水を頼み。対する自分はというと八咫烏を止める為向かったようだ。
「あー、おほん。そこらで辞めておいた方が、善いんじゃあないかな。ね、キミ」
「ええっ、苦しめと云ったのは君じゃないかァ。ほうらご覧、君のお陰で彼がこんなことに」
成程、白々しい。彼はそういうやつだ。私は昔から彼の事を見ていたから知っている。あのような態度をとる時こそ、何もかもを理解している時だと。
「もし君が、そこの二柱共が水分不足に苦しむ姿を想像していたのなら……大きな間違いだ。そいつは全部押し付ける」
「嗚呼……よく、判った」
「抑々、全体どうしてあんな惨いことを。」
「いやあ、あのちいこい彼もキミと同じように、連れて来るなり怒号を浴びせてきたものだから。ちょいと意地悪をしたのさ。ビスケットだとか、かすていらだとか、とにかく水分を奪うものを与えてやった。雰囲気だよ、雰囲気。慥かに黒い彼は、けら/\愉しそうに笑っていたけども……」
其の時点で八咫烏の本質を見抜けていれば、之の惨状は無かったのだろう。あちらの失態と言うべきか、或いはこちらか。形式上でも謝罪の意を述べておこうかと軽く頭を下げた所に、長身の彼が水を持って戻って来る。
──さては蹴られたことを未だ根に持っているな。更に一つと詰める様子を見て、私は密かに思った。