弐章 六
丁寧に、けれど乱雑に、あの赤い屋根に降ろされた私を待っていたのは、見れば見るほどに親掛りを彷彿とさせる彼であった。足元から頭へ掛け顔を動かしたのを見ると、喩え髪で隠れた両眼でも、私は品定めをされたのだなと判った。
「キミ、もどきか!」
私の身体を一瞥すれば、一言。
──もどき、とは。ひょっとしなくとも、私は今、途轍も無く失礼なことを云われたのではなかろうか。
「こら、初対面の方にそのようなこと。すみません、彼ったら何か思えば直ぐ口に出すもので」
「君も君で、失礼な気がするけどね」
「あら、まあ。わたくしそんな心算有りませんのよ」
心外だと言いたげに彼は俯いてみせたが、却って私は憤りを感じた。何だって急に、こんな知らぬ場に連れられたのか。遊び相手の一人でも欲しかったのか。二柱も居れば十分だろう。……私の悪態は空虚に終わった。
「御二方も着いているので──此処で話すのもなんですから──どうぞ中へ」
「御二方って、まさか彼等も此処に拉致してきたのかい」
「拉致だなんて神聞きが悪いなぁ。折角此処まで連れて来てやったってのに」
──自然の力とは別に、また恐ろしいものは存在する。未知の力だ。知らない以上、誰も対策などは立てられない。それは私であっても、八咫烏であっても。……ともかく、彼等が、八咫烏と白兎神が居ると云うのならば、私は従う外無かった。
誘われるまゝに地へ降り扉を潜れば、居間に並ぶ家具は外見と同じく西洋風に、何とも私には清潔感を印象付ける見目であった。
「落ち着かないだろ。オイラもこういうのは柄に合わなくってねぇ。ま、慣れたけど」
ぐるり目をやる私が警戒しているようにも見えたのか、顔を覗き込んだにゃーさんは告げる。否、事実、警戒していた。前を歩くは小さな彼、後を歩くは長身の彼。不必要な動きをすれば、どうなるか。弱肉強食の獣の時代を見てきた私にはきっかりと判った。然しそれは極自然の心理であり、咎められることはない。はずだ。彼が自分を世間だと云うならば、こうなるのか。……次第に見るのも疲れを感じて、瞼を下ろしてしまった。
「さて」
玄関を入ってすぐにある大広間を抜け左手の階段を上がり廊下を歩いている、と、不図前で先導していた小さい彼が立ち止まって振り返る。
「此処までキミはなぁんも抵抗せんと来たわけだが。何故何もしない?」
「何故って、今の私がそのようなことをしようと、無駄に終わるからだ。それに、もし彼等が反発したならもっと前に脅しをかけていたと思うよ」
「……どうだか」
凝った首を鳴らすように振ると、又た少し進み、壁に並ぶ扉のうち一つに手を掛けた彼は態とらしく口角を上げて云った。
「キミらは、何やら団体を追っているとか。情報の一つも無いんだろ」
「ちゃんと聞いたさ。場所は北の方、決して此処等の土地ではない者。……」
其処まで言って、私は気が付いた。彼等のことを少しも聞いていない。聞いていないとなれば、生き物は先入観を持つ。言葉が通じるから同じシマの者だろう、否そうだろうか。家は?やけに西洋被れじゃないか。それに何故彼は、私達の目的を把握しているのか。そうして私の頭にも亦一つ、先入観が付くのであった。
「こんな風に攫っておいて、何もしないはずが無いだろう?」
前に立つ彼は、至極落ち着いた様子で言葉を繋いで行く。揺れる前髪の隙から、不図橙に光る目が覗いた。僅かな灯を集め反射させる目は、闇に佇む一匹の捕食者のようであった。──背筋が凍る。振り返れば、唯静かに其の両眼を向ける彼が居た。彼も亦、獲物を狙う様に、黄金の目を閉じた瞼から光らせていた。