弐章 五
私は昔から神付き合いが下手だ。無愛想な私は知らぬ内に相手を怒らせることが多い。それでも一言多い八咫烏よりはましだと思ってはいるが彼は愛想が善い。初めて見た時はそれこそ石像のようであったが。成長して厚情になったのか。
さてこの巨体を怒らせても拙い。唯の一言も交わすことなく海を抜け、森へ飛び、何分経ったか。徐々私の身体も痛い頃だ。唯の山登りと云うならば、きっと私も楽しんだ。鴉に運ばれても善い程に。……そうだ、八咫烏はどうしたのだろう。それに白兎神も。どちらもこれからの末を案じて身を隠したのか。それとも海に呑まれてしまったのか。
「しっかりなさいな。もう直ぐ着きますからね。ほら、前に見えますでしょ。あの赤い屋根」
云われて私は顔を上げる。赤く尖った屋根が目立つ大きな家だ。あれが彼の住んでいる場所なのか──と、平らになった屋根に何か見える。以前は目の善かったもので見えていたが、すっかり衰えたようだ。流石にこの距離では、私は人影が動いている程度にしか確認がとれない。
「あら、にゃーさんですね」
「にゃーさん?」
「えゝ。わたくしと起居を共にしている方ですの」
長身の彼は片手を離してそのにゃーさんとやらへ手を振る。彼が手を離したことにより、私に掛かる重力は一層重いものになった。と同時に、彼は片腕で私を軽々運べるような力があるのだなと確認した。
少し近付けば私にも見える。今後の目が心配になりそうな髪の掛かりに、当の髪は手入れもせず唯伸ばし切り。枯葉色を元に白と黒が入り交じる。身体より少し大きな服を被って、裸足。私はこういうだらしない服と容貌をしたものゝことを何と言うか聞いた事がある。
「ものぐさ……」
「あら、あれでも実力はしっかりしてるんですのよ」
思い出すように、何時もの癖からうっかり口から零した言葉を逃さず拾ったようで。
「あれで? 私には信じ難いね……丸洗いしてしまいたいような見目をしているよ……何だって君は、あれと一つ屋根の下暮らそうと思ったのか」
「まあ」
彼は唯、笑うだけで、何も云わなかった。