壱章 一
この世は全て人のエゴにより作り出された『 虚妄 』である。
こうだったなら、ああだったなら。人の良い方向へと進め、捻じ曲げ、作り上げた。其れは『神』も『妖怪』も同じである。
見えぬものを想像し、人にとっての都合のいいように造られた其れは、果たして本当にその姿を捕えているのだろうか。
神々は、妖怪は、人の想像し得ない姿や思考を持ち今も生活をしている。
だが、此処では敢えて其の姿を人の物としよう。之もまた所詮私の『虚妄』だからである。
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「君、ねえ君」
不図呼ばれて顔を上げると、そこには一人の青年が居た。ガタイが善いわけでもない。が、そこまでやせ細ったわけでもない。百八〇糎程のただの青年。大学生辺りだろうか、丁度大きなノートがぴったりに収まるようなリュックサックを、背負えばいいというのにわざわざ肩から提げている。
「こんな所で一体何をしているんだい」
十二月の末、北風の吹く公園の砂場で砂団子を作っては並べていた私は、おかしなように見えたのだろうか。青年はじぃっとその様子を眺めている。
「見れば分かるだろう、砂団子を作っているのさ」
「へぇ、砂団子かァ。僕にはとても、そうには見えないけれども」
青年の言葉を耳にし、じ、とその青年を見つめる。成程綺麗な黒髪だ。前下がりに切った短めの髪は片方の目を隠し、青年の意図を読ませない。だが私は青年の思考を読むまでもなく、その人物を、いや彼を知っている。
「相変わらず趣味が悪いねえ、ヤタさんは。楽しいかい?」
「君こそ、未だにそんなものを創って。土地神のほこりでも残っているのかな? ねぇ。おいぬさん」
「まさか。これは本当に暇つぶしだよ。君もやるかい」
「いいや遠慮しておこう。何せこの手は僕の商売道具なものでね」
八咫烏。彼は道案内を主として生活している一柱の土地神である。と同時に、私の友人──そう、友神でもあった。八咫烏は意地の悪い男だ。昔から私の所へ訪れてはこうして揶揄いの言葉をかける。男というものは好きな女に悪戯を仕掛けるものだと聞いたことがあるが、私も男だ。(元より神というものは男を指して造られたものだが)彼は本当に意地が悪いだけだろう。
「それにしても、随分久しい顔じゃあないか。何だって今更私の所へ来たんだい?」
「嗚呼、そうだ/\忘れる所だったよ。有難う。実はね」
砂場近くにあった長椅子へ座ると八咫烏は両手の指を組んで脚へと置く。彼は真面目な話をする時は決まってあの動作をするのだ。
「ここから西の方に居た、白兎神を覚えているかい。彼が姿を消した」
「何、彼が?」
彼ら神は、基本自らの土地を持ち、そこを領土として暮らしている。八咫烏は、確かもう少し北の方だったか。いやしかし、なんとも。白兎神、彼は昔の知り合いの一柱であった。私達よりも歳は下で、少し抜けた所もあったが。彼がやられたということは
「誰かが、領土の略奪をした。……ということかい」
「そういうことだねぇ」
自らの土地を奪われるというのは恐ろしいものだ。その土地に住むもの達の信仰心によって生活している彼らの土地が取られるということは、土地神として存在することが出来なくなることになる。
「それで、なんでったって私の所に来たんだい。疑っているのかな」
「まさか」
肩を上げてそう云うと八咫烏はクス/\と笑う。まるで私がそう聞くことを知っていたかのように。
「君がそんなことをするやつじゃないのは分かっている。君のことは僕が一番よく知っているじゃあないか」
八咫烏の知り尽くしたような顔に私は何か苛立ちのようなものを感じながら立ち上がれば砂場から出て彼の前へとゆっくり歩いていく。そうして立ちはだかるようにすると、私は漸く口を開いた。
「それなら何だって云うんだい」
「何、簡単なことさ」
八咫烏は深くため息をつくと少し視線を泳がせる。何か迷っているのだろうか、彼がこの動作をするのはなんとも珍しい。暫くそのような仕草をした後再び視線を戻すと、ゆっくりと息を吸い込み言葉を紡いだ。
「君の力を借りたくてね」
その一言に私は眉を寄せる。理解不能の文字を表情で表すならこんな感じなのだろう。そんな私の心内を読み取ったのか、八咫烏はまた肩を動かして続ける。
「判っている、君は僕を憎んでいるのだろう? 何せ君を人にまで堕としたのは僕なのだから」
「それを理解して話しているのだとしたら、本当に君は性格が悪い」
「そんなことを云わないでおくれよ、君と僕の仲だろう? それに」
そこまでを口にすると八咫烏は徐ろに立ち上がって砂場へと向かう。そうして私の作っていた砂団子をじっくり眺めると、そのまゝ蹴り壊して首を返した。
「君だって、戻りたいんじゃないか? そのために僕が必要だ。……断るつもりなんて無いだろう、君」
「……」
昔から八咫烏は、確信を得ているものには得意気にかかる。それこそ道案内をするのと同義なように、返る答えをそこへと巧みに導いていくのだ。
「本当に、君は性格が悪い」