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幕間:ある小間使いの戦慄


「――くれぐれも余計な詮索はしないようにね」


 目の前の惨状と、それを作った女が去り際にそう言い残した声の冷たさを前にして。


 男は体に纏わりついた何かを振り払うように身震いをした後で、


 ……とんだ厄介事が舞い込んできたもんだ。


 大きな溜め息を吐いてからそこに足を踏み入れた。



                 ●



 ――世の中というものは、力を持った人間の我が儘によって回っているものである。


 こんな風に強く言い切る形で言ってしまうと反感を得るだろうことがわかっているので、人前では決して口に出すことはない考えだけども。


 そういうものだろうと、個人的に強く思っていることではあった。


 それはもう、確信を持っていると言っても過言ではないほどに、である。


 なぜそう思うのか。その答えは簡単だ。


 ……今やっている仕事がまさに、権力者の元で我が儘の後処理をするといった内容だからなぁ。


 望んでこの仕事に就いたのかと問われれば、その答えは当然のことながら否であるし。

 最初こそ、どうして自分がこんな仕事を、なんて考えたりもしていたものだが、今となってはそれも過去の話だった。


 運に恵まれて。

 それなりに整った環境でほどほどの能力を持って生まれて。

 そこそこ真っ当に生きていけば、その内に誰かが行き着くどん詰まり。


 そのひとつがここだったというだけの話でしかないのだから。


 ……まぁ理想を語るならば、こんな仕事など無い方がいいに決まっているんだが。


 現実問題としてはそうもいかないのだから仕方がなかった。


 物事が常に誰かの欲求がきっかけとなって動いているものである以上は、誰かがその欲求を――目的を果たして成果を得るということは、成果を得られなかった誰かが何かを失っているということである。


 加えて言うならば、殆どの人間は何かを失うときに無抵抗でいられるほど無気力ではないものだ。


 だから、何かが決する場において立場の異なるもの同士が衝突するのは必至であり、そこにおいて幾ばくかの犠牲が生じるのもまた当然の帰結だった。


 そして、その後処理をする人間がいなければ、散らかった現場を見た善良で真っ当な人間が騒ぎ出して大騒ぎになるわけで。


 ……それは目的を達成した側も、していない側も困るというわけだ。


 要は需要があるからこそ仕事が生じるという、それだけの話でしかないのだけども――ここで重要なことはそこではなかった。


 ここにおいて重要なこととは、結局のところ、何かを決める場面においては暴力こそが全てである、という点にこそあった。


 ――つまり何が言いたいかと言えば。


 権力というものも扱える暴力の量ないし質を示すものでしかなく。

 そうであるがゆえに、たとえ相手が個人であったとしても、その場で拮抗ないし凌駕できる暴力を用意できないのであれば王だろうが貴族だろうが従わざるを得ないということである。


 ……本来これは、滅多にない稀な状況ではあるんだがな。


 今回自分に回されたのは、その稀な場合の案件だった。


 聞いた話でしかないが、この案件の依頼者は相当な無茶を通していたようだった。


 なにせ、本来であれば何ヶ月も前から約束を取り付けなければ実現できないだろう領主との面会をその日の早い内に実施させたかと思えば。

 荒事を起こすから見逃せと言い渡した上で、その後処理を秘密裏かつ迅速にやれとまで言い放ったらしいのだから驚くしかなかった。


 普通であれば屋敷の門前でそんな要求をした時点で終わっているだろう案件だが、実際に自分のところに仕事が回ってきているのだから世の中というのは驚くべきことが多いと、心底そう思う。


 ――もっとも、事ここに至って目の前に広がる光景を見れば、領主の判断が妥当であったと納得もできた。


「仕事は迅速にすることね。見つかったら面倒よ?」


 依頼者だろう女がこちらの背後からそんな言葉を投げつけてきて、おまえがやったんだろうがと思わず文句を言いたくなる衝動に駆られたけれど、その衝動をなんとか抑えつけてから現場へと一歩足を進めた。


 ……ここまで酷い有り様は久しぶりだな。


 そこには、おそらく二桁単位の人型だったものの残骸が転がっていた。


 荒事の結果に死骸は付き物だから、そこに戸惑う要素はなかった。


 ……数こそ多いが、こんなものはこれまでに数え切れないくらい見てきたものだ。


 今更近づくことに躊躇いを覚えるはずもなかった。


 だから、二の足を踏んでいた理由は別にある。


 ……汚れていなさすぎる。


 先ほどすれ違った女の姿に返り血も手傷を受けた様子も見受けられなかったのもそうだが。

 なによりも、これだけ死骸があれば撒き散っているはずの血の類が存在しなかったのだ。


 これを不思議に思わない者などいるはずもないし、どうしたらそうなるのかを反射的に考えてしまったのも無理からぬことだった。


 ――しかし、普段の癖で現場を眺めて考察をし始めようとしたところで、


「……っ」


 妙な悪寒が背筋を走って考察を中断することにした。


 ……ああ、詮索するなと言われていたな。


 そして先ほど告げられた言葉を思い返してから、その悪寒の正体を即座に連想して溜め息を吐いた。


 ……すぐに刈られなかっただけ優しいと、そう思うことにしておこうか。


 そう内心で結論付けてから、極力思考をしないように努めつつ仕事を始めることにする。


「…………」


 ただ、考えなくてもわかることというのはある。


 それは簡単な現実だった。


 ――この案件でコトの主導権を握れる連中は、まず間違いなく、どいつもこいつも次元が違う化物だ。


「……ホント、とびきりの厄介事を回されちまったな」


 できれば二度と関わりあいになりたくないもんだね、と気持ちの区切りをつけるためにあえてその言葉を口にした後で、本格的な後始末の処理を進めることにした。 


 

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