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主人公、状況を進めるために動き始める 2


「――ああ、来たのか。

 はは、本当に来るとは思っていなかったな」


 準備のために一日中街中を駆け回り。

 夜半を越えようという頃になってようやく居場所にあたりをつけて探し当てた彼から向けられたそんな言葉に、女は怒りとも呆れともつかない曖昧な表情を浮かべて溜め息を吐いた後で、彼がくつろぐ部屋の中へと入っていった。



                 ●



 朝の待ち合わせで落ち合った直後、彼の口から告げられた不穏な言葉に対して文句を言ってみたものの、当然のように返ってくる言葉があるわけもなく。


 彼はこちらの動揺や困惑などに頓着する様子も見せずに、文字通り姿を眩まして立ち去ったようだった。


「~~~~っ!」


 相変わらず自侭にこちらを翻弄する彼の自由さ加減にうんざりしたりもしたけれど、忠告してもらえるだけマシかと、そう思うことにして。


「……あー、もう! ホンットに厄介なやつだわ」


 そう呟くと同時に、溜め息と諸々の気持ちを一息で吐き出して、気持ちを切り替えることにした。


 ――考えるべきはひとつだけだ。


 それは彼からもたらされた、猶予は今日一日だけだ、という情報についてでだった。


 正直なところを言えば、それを猶予とは言わないだろとか、いくらなんでも唐突過ぎるだろとか言いたいことはいくらでも思いつくわけだが。


 ……それを言ったところで状況は何も変わらないし。


 人生というのがままならないものであることは、彼を見ていれば嫌と言うほど理解できる事実だった。


 ――建設的なことを考えましょう。


 不平不満をあげつらう――安易な方向に流れ出した思考を、そう自分に言い聞かせることで軌道修正をかける。


「…………」


 そしてやってきた店員に朝食を注文し、注文した料理やらがテーブルに並べられた後で、それらに手を伸ばしながら思考を続けて思いついたこの問題に対するとっかかりはひとつだけだった。


 ……やっぱり、さっき見かけたヤツと彼の言動を結びつけないで考えるほうが不自然よね。


 この酒場に入る直前に見た間者の様子を思い出す。


 ……慌てていた、あるいは憤っていたように見えた、かな。


 おそらくだが、あれは彼と接触した後だったのだろうと、そう思う。


 あの間者が所属する国が色々な力に恵まれた国であることに間違いはなく、大国の持つ権力や暴力といったものに抗える人間など殆どいなかった。


 だから、あの国の連中はそれらを背景に横柄な態度を取ることが多いし。そういった振る舞いをもって己の我なり国として必要な要求なりが通ってきたのも事実だった。


 ――しかし、そういった力が有効であるのは、自分以外に守らなければならない何かがある相手に限った話である。


 彼のような、本当に自分のことだけを考えればいい人間からすれば、対面している個人あるいは集団が持っている力が上限である。


 そしてその力が彼にとって対処できる程度でしかないのであれば、それらの振る舞いは滑稽なものにしか見えまい。


 ……そこに加えて、彼は基本的にこの世界の人間が嫌いでしょうからね。


 厳密には、この世界そのものがなければこんなことになっていなかったのに、なんて八つ当たりに近い感情なのだろうとは思うのだけど。


 そこから派生する形で――彼が自覚しているかいないかはわからないが――他人への接し方に厳しい部分が出来てしまっていて。それらは特に、力を頼んで他者を見下すような馬鹿に対して顕著に出るのだった。


 要するに何を言いたいかと言えば。


 ……その場に居合わせなかったことだけは、幸いだったということよね。


 あの国の人間と彼の相性は水と油、ではなく火と油だろう。


 近くにあれば間違いなく事故が起こる類の組み合わせで。具体的に何が起こったのかなんて考えるまでもなく、出会えば最悪の結果が出ることだけは間違いなかった。


 ――そこまで考えが至って、思わず口から大きな溜め息が漏れた。


 なぜならその最悪の結果には、必ず荒事がついて回るからだった。


 なにせ、根拠の薄い自信でもって横柄な態度を取る愚か者ほど、馬鹿にしたりあしらわれたりすることに耐性がなく。


 そういった連中の中において力を持つ者というのは、そういう態度を取った人間に持っている力を向けることに躊躇いを持たないのが常だからだ。


「……予想しやすいのはいいことだけどさぁ」


 ただ、だからと言って対応が簡単かと言われればそんなわけがなかった。


 ――馬鹿が多いとは言え、相手は曲がりなりにも国が派遣してきた人間だ。


 油断や隙が多いことを脇に置けば、最低限度の実力は備えている人材が、まとまった人数でやってきているはずだった。


 ……しかし私にはそれが何人居るかはわからない、と。


 そういうことよね。


 この状況で溜め息が出ないわけがない、という言葉を思った傍から溜め息が追加された。


「…………」


 そのことに思わず苦笑をもらしてしまった後で、吐息をひとつ挟んで表情と気持ちを切り替える。


 ……何を言ったところで状況は変わらないし。


 なによりも、立てた推測が正しいことかどうかはその時にならなければわからないことではあるのだけれども――想像できた障害に対して何も準備をせずにその時を迎えてしまうことは、最低の失敗だと、そう思ったから。


「――よし」


 思索を中断して、すぐに酒場の外に出ることにした。


 ――彼の言葉が本当なら猶予は今日一日だけだ。


 準備をするなら急がなければならない。


 ぶっちゃけ一人でやれることなんて限られているし、それで対応できるかどうかという不安はあるけれど。


 私にもそれなりに使える力というものがあり、やれることはあった。


「あんまり強権使うの好きじゃないけど、そうも言ってられないしね」


 切れる手札は全て切るつもりで臨むとしましょうか、と自分に言い聞かせるつもりで言葉を作りながら、最初の目的地へと急いで向かった。



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