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主人公、同行者とこれからについての話をする 4


 ――結構重要な話をしているはずなんだけどなぁ。


 目の前で食事を続ける彼を見て、女は購入した今日の昼食を口に運びつつ内心で溜め息を吐いた。



                 ●



 あまりにも当たり前すぎて思い至らなかった、彼が既に注文を済ませていたという事実を目の当たりにして思わず脱力してしまったけれど。


 こちらの反応など知ったこっちゃないと言わんばかりに食事を始める彼を見て、我慢するのがバカバカしくなってきたので。


「……私も注文しちゃっていいかしら」


 なんて聞いてみたら、


「好きにしろよ。そこまで気を張ってするような話でもないだろう」


 という風に許可が出たので、近くにいた店員を呼んでいくつかの料理を注文した。


 そしてこちらの注文した料理が届いてすぐに、


「それじゃあ、お互いに前提条件が共有できたわけだし。話を進めるとしようか」


 食事の手を止めることもなくそんなことを言い出した彼に再び驚くことになったものの。


 ……今更かぁ。


 なんて、多分に諦めを含む溜め息を吐いてから、話を進めればいいじゃないという視線を返してやった。


 すると――私の意図がどこまで正しく伝わったのかはわからなかったけれど――彼はこちらの視線に頷きをひとつ返してから話を始めた。


 ただ、つい先ほどまで行っていた話の前提を確認するやり取りと比較すれば、今回の話ははるかに短くわかりやすいものだった。


「逃げ出した理由と書き置きの意味だったか」


 一息。彼はそう言った後で、呆れているようにも見える笑みで吐息を吐いてから続けて言った。


「深い意味なんてないんだが、聞かれたならこう答えるだけだな。

 ――なに、簡単な話さ。

 逃げ出したのは、あの場所に留まり続ける方が危険だと判断したからでしかない。

 そう判断した理由はいくつかあるが、行動に移らざるを得なかったほど強い理由はひとつだけだ。

「新しく来た勇者とやらが怖くて怖くてたまらなかったからだよ。

 なにせ、異世界から来たばかりだったはずのその勇者様が、この世界の――いや、この国の言語に堪能な人間だったんだからな」


 とは言え、彼が口にした内容は簡潔にまとめられていたせいで、納得しづらい部分もあった。


 逃げ出した以上は、あの場所に留まることこそが危険だと、そう判断しただろうことは容易に思いつく可能性のひとつだった。

 改めて彼の口からそう告げられれば、やっぱりそうだったか、とすんなり納得できる部分ではあった。


 しかし、彼がそう判断するに至った理由については別だった。


 ……この世界の言葉を苦もなく使えてるから、なんだって言うのよ。


 それはあなたにも言えることじゃないか、とそう思うのは自然なことだった。


 だって、彼も最初からずっとこちらと同じ言葉で喋っていたからだ。


 ……ただまぁ強いて比較するのなら、確かに彼女の方が流暢な話し方をしていた気はしないでもないけれど。


 その程度の違いなんて些細なものだろうし。

 少なくとも、そこに異世界出身かどうかなんて関係ないだろうと強く思った。


 そして、そう思っていることが顔に出ていたのか――あるいは予想していたのか。


 彼は続けてこう言ってきた。


「じゃあこれからいくつかの事について、お互いの認識を確認しようか。

 俺がこれから言う――そうだな、定義文みたいなもんが、あんたにとって正しいかどうかだけ答えてくれればいい。

 いわゆる一問一答ってやつだな。

 答え方は、首を縦か横に振るだけでも構わんよ」


 急な話題転換にこちらが戸惑いつつも頷いてみせると、彼は笑いながら続けて言った。


「勇者とは異世界からの来訪者である」


 頷いた。

 基本的な定義の話なのだから、否定する理由はなかった。


「異世界とは、この世界とは異なる特徴やルールを持つ世界のことである」


 頷いた。


「この世界と俺が元々暮らしていた世界の違いに、言語は含まれていない」


 ――反応が出来なかった。


 胸に中心が重くなったような錯覚を得た。

 背筋から頭に向かって、なんとも言い難い嫌な感覚が走り、思わず固唾を飲んだ。


 ……待って。


 内心で静止の言葉を思ったけれど。


 そんなことで彼の言葉が止まるわけもなく、続く言葉が耳に入ってくる。


「今まで現れた勇者の中に、この世界の人間と会話が成立しなかった個人は存在しない。

「前述した内容が全て正しいとする場合は、この世界に普及している文字と言葉は一系統しか存在しない、という状態でなければおかしいが――実際のところはどうなんだ?」


 私が何も反応できないでいると、彼は吐息をひとつ吐いた後でこう言った。


「ちなみに、俺が唯一確信を持って肯定できる事柄はひとつだけだ」


 ……やめて、言わないで。


「この世界の言語は、少なくとも俺の世界で普及していたものとは全く異なるものだ。

 この意味がわかるか?」


 ――わからない、わかりたくない。


 そう思って何も答えないでいると、


「最初からそうだったから誰も気にしなかったのか、当たり前のことだから想像すらできなくなっているのか。そのあたりのことは知らないし、興味もないがな。

 俺が言いたいことは、俺から見たときにあんたらと勇者様が同じ言葉を使っているように聞こえるいう事実がある、ということだけだよ。

 俺はそこから色々な可能性を考えた結果として、一人で逃げる選択をした。

 これはそれだけの話だ」


 彼はそう言った後で、話すために止めていた食事を再開した。


 ――私から聞かれた内容には答えたと、そういうことなのだろう。


 だから、話を前に進めたければこちらから動かなければならなかったのだけれど――彼から告げられた内容があまりにも衝撃的すぎて頭がうまく回ってくれなかった。




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