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主人公、追手の身柄を引き取る 1-3


 部屋の外でこちらが出てくるのを待っていた彼の後をついていき、建物の外に出た。


 視線を周囲に巡らせたが、月明かりの影になっているのか詳細は見えず、ここがどこなのかはわからなかった。


 少なくとも人の気配は感じられないので、街の中心部から離れているのは確かだろうとは思ったのだけれど。


 ――そんなことを考えていると、全身がぶるりと震えてしまった。


 思わず体を抱くように腕を回すと、濡れていた服が嫌な感触を伝えてきた。


 ……そういえば、水をかけられてたんだった。


 今の時期でも夜気は冷たいのだ。そんな中に濡れた身で出て行けば、体が冷えるのも当然だった。


「……今が冬でなくてよかったわ、本当に」

「そうだな。俺もそう思うよ」


 あてつけのつもりで口にした言葉は、あっさりと流されてしまって効果がないようだった。


 こいつは、と視線につい力が入ってしまったけれど、しばらく無言で睨み続けた後で、吐息を吐いてから視線を外した。


 ……少しは効いた様子が見えればかわいげもあるのに。


 彼はこちらの反応に構わず、足を進め始めた。


 置いていかれては困るので、私も止めてしまっていた足を動かして追いかけた。


 そして私が彼の少し後ろまで追いついたところで、そういえば、と彼が口を開いた。


「送るのはいいんだが、どこの宿を取っているか教えてもらってもいいか?

 名前か場所か、どちらかがわからないとどうにもできないんだが」


 彼にそう言われて、そんな話もしたなと思い出し、覚えていた宿屋の名前を口にした。


 彼はその名前を何度か口にした後で、ああ、と心当たりに思い当たったように頷いた。


「あそこにある宿か。結構いいところに泊まってるんだな。

 支援が随分手厚いと見える」

「……いちいち突っかかるような言い方をするのは止めてもらえないかしら」

「性分だ。これからも同行したいというのなら慣れろ」


 そう言われてしまっては、私の立場ではこれ以上文句を言うこともできなかった。


「……考えておくわ」

「そうしてくれ」


 こちらの言葉に彼が小さく笑ってそう言ったところで、ひらけた場所に出た。


「…………」


 明るさの違いに思わず顔をしかめてしまったけれど、所詮は月明かりなので、すぐに目が慣れた。


 そうやって明るさに慣れた視界に映るのは、似たような形の大きな建物がいくつも並んでいる光景だった。


 後ろをちらっと振り返れば、こちらにも同じものが見えて――どうやら建物の間にある狭い通路を抜けてきたのだろうということがわかった。


 ……今が夜遅くである、ということもあるのだろうけど。


 周囲は耳が痛くなるほど静かだった。


 彼は明暗の差など気にした様子もなく、歩き続けていた。


 ……送るというのなら、もう少し気遣いを見せてくれてもいいんじゃないかしら。


 そんなことを考えながら、遅れた分を取り戻すように小走りで彼の後を追った。


 そうして少し距離を置いて、彼の背後について歩きながら考えるのは、ここがどういう場所なのかという点だったのだけれど――それについてはすぐに答えが出た。


 同じ形の建物が並ぶ場所というのはそうそうあるものではないからだった。


「ギルドの倉庫街よね、ここ」


 呟くように、しかし確かに彼へと向けて作った言葉に、彼は笑いながら応じた。


「ご明察。

 ……まぁ、よほどの馬鹿でなければすぐに理解できるだろうけどな」

「ホントに一言多いわよね、あなた」


 半目でそう言うと、彼はこちらに視線も向けずに大袈裟に肩を竦めて見せるだけだった。


 ……まぁこの場合は彼の言う通りなのだけど。


 ギルドを通さない商売は無いと言われる理由のひとつなのだから、それなりに常識のある人間であればすぐに思い至って当然のことであり、褒められるようなことではなかった。


 ――余計な一言をつける理由もないはずだけどね!


 ただ、ここがギルド管理の倉庫街という点がわかれば、自ずと理解できることもあった。


 それは、どこの誰が私を拘束したのかということであり、その誰かが何を目的にして私を狙ったのかということだった。


 ……ここまで情報が揃えば馬鹿でもわかる。


「私はあなたとギルドのいざこざに巻き込まれたわけね」


 しかし、ある種の確信をもって放ったこちらの言葉に対する彼の反応は、思っていたものとは違うもので。


「その表現は正しくないな。

 自分から飛び込んできた、の間違いだろう」


 言われた言葉に、その瞬間こそ何言ってんだこいつはと苛立ったりもしたのだけれど。


 次の瞬間には彼と再会してからの自分の行動を顧みて、言い返せる点がまったくないことに気付いて閉口してしまったのだった。


 ――彼はこれまでギルドと事を構えるようなことはなかったはずだ。


 そういう事態に繋がらないように注意を払い、対策をしてきたからだろう。


 そんなことが出来る手段なんてまるで想像もつかないけれど、ギルドに尻尾を掴ませないようにしていたからこそ、噂になるまでに至ったことだけは理解できた。


 彼は自身がギルドと敵対している噂の人物だということを気付かせなかった。


 ――一方で、自分はどうだった? 何をした?


 衆目を集めるような大声を出して彼に掴みかかり。

 あまつさえ、人の多い酒場で、彼が噂の人物そのものだと確認していなかったか?


 ギルドや互助会が実力行使に出る可能性を十分理解していたにも関わらずだ。


 ……うっわぁ、これは恥ずかしいわ。


 もはや醜態と言ってもいい己の迂闊さに思い至れば、自然と口も閉じようというものだった。


 うわぁ以外に言葉も出なかった。ないわぁ、でも可。


 そんな風に考えながらこちらが黙っていると、彼は歩きながらこちらに視線を寄越し、感心したような吐息を漏らした後で言葉を続けた。


「寝起きにしては随分と頭が回るようだ。賢い奴は好きだぜ」


 こちらの表情を見て、彼も私が何を考えているか理解したのだろう。そんなことを言ってから、足を止めると、こちらに振り向いてからこう言った。


「良かったな、命があって。

 ……正直なところを言えば、死体を確認するだけになるかと思っていたがね」


 彼の言葉は、事態を考えれば十二分に有り得た可能性のひとつだった。


 関係者と思しき人物を見せしめに処す、なんてのは脅しの典型だったからだ。


 頷くことしかできなかった。


 まぁよくよく思い返せば、彼も私にそんな話をするように誘導していたような気がしないでもないけれど――それを加味しても、失態を演じ続けていた私のせいだと言えただろう。


 あるいはそれさえ、状況を整理し、相手の動きを把握するために行っていたことであったなら、彼はずっとこちらの身を案じて行動していたことになるのだけども。


 ……実際のところはどうかわからないか。


 そもそも、私と彼は友人でもなければ好い仲というわけでもないのだ。


 仮に見捨てられていたとしても文句は言えない間柄である以上、結果として助けられた形になったなら、そこにどんな意図があったにせよ、感謝こそすれ恨みを言う理由はなかった。


 それにどう考えてみたところで、彼が本来ならしなくてもいい面倒事をわざわざやってくれていることに変わりはない。


 ――だったら、今言うべき言葉はひとつしかなかった。


「……助けてくれてありがとう。面倒をかけたわね」


 こちらが礼の言葉を口にしたのがよほど意外だったのか。


 彼は少し驚いた様子で固まってしまったけれど、小さな吐息をひとつ吐いて表情を戻してから口を開いてこう言った。


「気にするな。相応の収穫はあった。

 ……まぁ、次も期待されては困るがな」

「わかってる。気をつけるわ」

「是非そうしてくれ」


 そう言って彼は私から視線を外すと、止めてしまっていた足を動かして歩き出した。


 その足取りは先ほどまでよりわずかに速かった。


「あんたの取ってる宿はここから割と遠い。

 急がないと陽が昇っちまうからなぁ」

「私が絡んでから行った酒場のときと、どっちが遠いの?」

「似たようなもんだ」

「うんざりするわ」


 彼の言葉にそう応えてから、私も止めていた足を動かして彼を追う。


「そう言うな。俺よりはマシだと思って歩いてくれ」

「面倒をかけて悪いわね」

「本当にそう思っているなら、今度何かで返してくれ。期待はしてないが」


 しかしまぁ、いくら彼の物言いに少しだけかちんと来たとは言え、


「……なんなら身体で払ってもいいけど?

 あなたの面倒も少しは減るんじゃないかしら」


 からかうような口調でそんなことを言ってみた挙句に、


「逆に面倒が増えそうだから遠慮します」


 即答でそんな言葉が返ってきたのでその背中を思わず思い切り叩いてしまって――言うんじゃなかったと後悔したのは、我ながら学習能力が無いとしか言いようがなかった。




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