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主人公、城を追い出される 2


 気持ちよく眠っていたところに、遠慮のないノックの音が聞こえてきて目が覚めた。


 もはや壁ドンと変わらない騒音に思わず顔をしかめつつ、寝台から体を起こした。


 目を開けても視界は暗いままだったから、どうやらまだ夜半のようだと判断した。


 そして、こんな夜半に自分を訪ねる人間が居る理由など、ひとつしか思いつかなかった。


 ……十中八九、お偉いさんからの呼び出しだろうなぁ。


 まさか一日と間を置かずに呼び出しを食らうとは思っていなかったので少しびっくりしてしまったが、相手からすれば半年も処分できなかったものが処分できるようになったのだ。

 早く動くのも当然と言えば当然の話だった。


 ……まぁ、理解はできても、当事者としては受け入れられる事態ではないのだけど。


 そんな言葉を思いつつ、憂鬱な気分を溜息と一緒に吐き出した後で、軽く伸びをしてから寝台を出た


 ――寝起きでまだ少しだるい感じも残っているものの、行動に支障はなさそうだった。


 未だに鳴り続けるノックの音に、はいはい起きましたってと声をかけると途端に音が止んだ。


 相手が扉を開く。


 扉の向こうから現れたのは一人の侍女だった。

 蝋燭の光に照らされる顔はここ半年で見慣れたものだ。

 世話役として宛がわれた顔見知りだった。


 この城に居る人間のうち、自分の私的な時間でもっとも面を付き合わせた時間が長いのは彼女だっただろう。


 ……だからと言って遠慮がなくなるのもどうかと思うが。


 そう思って、その不平不満を隠さないままに言う。


「こんな夜に、いくらなんでもうるさくし過ぎじゃないかね」

「寝てしまっていた貴方が悪いのです」


 しかし、彼女は平然と、悪びれる様子もなくそう返してくるだけだった。


 相も変らぬその態度に、思わず小さく笑ってしまった。


「無茶苦茶言ってるなぁ、おい」

「私は貴方を連れてくるようにと言われてしまいましたので。

 部屋に勝手に入らなかっただけ、いい判断だったと思っています」

「いや、そこはむしろ素直に部屋に入って起こせよ俺を」

「殿方の部屋に一人で入るなど、とてもとても」

「へいへい、そういうことにしておきましょう」

「……皆様が待っています。こちらです」


 彼女はひとつ咳払いを挟んでそう言うと、先導するように歩き出した。


 最初に比べれば随分と会話が弾むようになったものだと思いつつ、彼女の後に続いて歩き出した。


 しばらく歩いた後で彼女は立ち止まり、


「こちらです」


 と言って、ある扉を示してきた。


 彼女の誘導に対して、どうもと軽く礼を言った後で扉を開いて部屋に入った。



                 ●



 案内された部屋は、どうやら、この世界に来て初めて呼び出された時と同じ部屋のようだった。


 ただ、当時と違う点があるとすれば、机についた人影がひとつ増えているというところだろうか。


 見覚えのない顔であることを差し引いても、おっさんやおばさんという年齢の連中に混ざって一人だけ明らかに若いと思える容姿をしていれば、その姿は嫌でも目立った。


 ――あれが件の、こいつらからすると正統な勇者様というやつだろうか。


 そんなことを一瞬だけ考えた後で、今回は予め用意されていた空席に躊躇い無く座る。


 勧められるのを待つような間柄でもないし、いい意味でも悪い意味でも、遠慮をする必要がない連中が主だからだった。


 礼を欠く振る舞いであることは自覚しているが、ここで礼を尽くした方がいいと思う相手は――少なくとも一人しかいなかったから。


 その一人にだけ視線を向けて、軽く謝っておく。


「勧められない内に座ってしまって申し訳ない。今日の訓練はちょっと辛かったもんでな」


 この場に居る者のうち、二番目か三番目に若いであろう男――自分との話し合いで矢面に立ち続けた彼は、こちらの言葉を受けて肩を軽く竦めるとこう言った。


「ああ、既に報告は受けている。

 流石に、あの基礎訓練を丸一日やっていればそうもなろう。私は気にしない」

「それはありがたい。じゃあ夜も遅いし、手早く用件を済ませよう。

 ……呼び出した理由はきっと、そこに座っている若い子に関係しているんだと思うがな」


 こちらの言葉に、彼以外の誰かが口を開いた。


「そうだ。彼女が、彼女こそが我らの待ち望んでいた勇者だ。

 お前とは違う、本物のな」


 相変わらず口を開けばゴミしか出ないな、と溜息が出た。


 こちらの反応が癇に障ったのか、部屋の空気が少し張り詰めたように感じられた。


 気に入られるつもりも毛頭ないので無視をすることにして、彼だけを見て話を続ける。


「それで、新しいのが入ったから古いのは切り捨てようって話でいいのか?」

「……君はいつもそうだな」

「いきなり何だ」


 彼の口から漏れるように出た曖昧な言葉に、思わず眉をひそめてしまった。


 ……何を指して、そうだ、と言っているんだろうか。


 少なくとも、険のある声音ではなかったので責められたわけではなさそうだ、とは思うのだが。


 彼はこちらの疑問符に小さく笑った後で、首を横に振って笑みを消すと言葉を続けた。


「いや、話が早くて助かるなと思っただけだ。

 少しは反発があるんじゃないかと、少し構えていたところがあったんだ。

 君にとっては、君自身は被害者であり、私たちは加害者だ。

 加害者の都合で振り回されることを良しとしないのではないかと、そう思っていたからな」


 出てきた言葉の内容は、先ほど漏れた呟きには触れていない、と感じた。


 しかし、それを追求しても答えは返ってこないだろうとも思ったのも確かだったから。


 ――答えの出ない疑問符は持っていても仕方が無い。


 内心で吐息を吐いて思考を切り替え、納得したように頷いてみせた。


「ああ、なるほど。

 まぁ、そう考えていないと言えば嘘になるし、ごねてどうにかなる時はごねるが、今回はどうにもなりそうにない気がしているからな。

 だったら早めに切り上げて、最後になるかもしれないマトモな寝床での睡眠を優先したい。

 それだけの話だ」

「なるほど。では、手短に決定事項だけを」


 こちらが頷いて言葉の先を促せば、彼は続きを口にした。


「明日には城を出てもらうことになる。荷物をまとめて欲しい」


 告げられた内容は、意外でも何でもないものだった。


 ……処刑するだとか言われないだけマシだな。


 意外に思う部分があるとすれば、それは明日という日取りだけだった。


 随分急な話だとは思ったものの、口にするのは別なことだった。


「まとめるほどの荷物は無いから構わんが、それだけか?」

「……何か要望が?」

「金が欲しい。一生暮らせるだけとは言わない。

 ここの兵士がもらえる一か月分の給金でいい」


 こちらに向けられる視線の大半が一変した気配がした。


 ……どうせ浅ましいとでも思っているんだろうな。


 有象無象がどう感じようが、どう評しようが知ったことじゃあなかった。


 この国では貨幣が流通している。


 つまり、生活するには金が必要なのだ。


 休日労働をした時期もあるのでまったく蓄えが無いとは言わないけども、それでも金はあるに越したことはない。

 持ちきれない財はゴミ同然だが、持てる範囲であれば無いよりは有る方がいいし、なにより、ごねて通らなかったところで痛いところはどこにも無い。


 だったらごねておく方が得というものだ。


 彼はしばらく悩むように黙り込んでいたが、やがて諦めるように溜息を吐いて、こちらの言葉を首肯した。


「……わかった、用意しよう。

 明日、城を出る前に私のところに来てくれ」


 彼の言葉に、周囲の誰かが机を叩いて立ち上がり、声を荒げて言った。


「王よ、それはあなた一人で決定していいことではない!」


 大きな音に多少驚いたものの、それ以上に驚くべきことがあった。


 それは、彼を王と呼んだことだった。


 ……え、マジで?


 という言葉しか浮かばなかった。


 ……かなり偉いんだろうとは思っていたけれどさぁ。


 まさか一番偉い人だとは――いや、ちょっぴりも思わなかったと言えば嘘になるけども。

 そうでなければいいなと現実逃避していた部分が強かったとも言うけども。


 ……よく命があったな、俺。


 内心で冷や汗をだらだら流しつつ、表情には出さないように努力しておく。


 ここはポーカーフェイスで平然としているべき場面だからだ。


 でも正直なところを言えば、うまく出来ている自信は全くない。

 出来てるといいな、どうかな。


 彼――この国の王様は、声をあげた者を一瞥した後でこちらに視線を戻すと、吐息をひとつ吐いて言った。


「彼はこの程度でこちらの仕打ちに目を瞑ってくれるのだ。安いものだろう」


 いい表現だ、と思わず笑ってしまった。


 こういう場面でなければ、その通り! なんて膝を打ちながら声を出していたかもしれない。


 ……聡い人だよなぁ、本当に。


 この王様はこちらを理解するための努力を怠っていなかった。

 だから、俺が何を考えているのか想像できて、こういう表現を使えるのだろうと強く思う。


 俺は確かに、この世界で生きていくために色々なことをやっている。

 誰に何を言われようとも利がある状況であれば受け入れるし、少なくとも受け流すつもりではいる。


 その様は、外から見れば最初の出来事を受け入れ、無かったことにしたように映るかもしれない。


 ――しかし、自分はこの世界に無理矢理招かれた結果として、これまでの人生で積み重ねたものの殆どが消えてしまったことを忘れたわけじゃあない。


 そして、その行いを許したつもりもなかった。


 ……それがたとえ彼らの意図していなかったものであったとしても、だ。


 そこに気付いているからこそ、王様はああ言ったのだろう。


 とは言え、王様以外の心情も想像できないわけじゃあない。


 一人の人間に出来ることなどたかが知れている。

 例え世界を滅ぼしたいと願うほど憎んでいても、多少他よりも出来ることが多くとも、出来ることには限りがある。


 一人では、国という集団にはよっぽどのことが無い限り勝てやしない。


 ゆえに、個人からどう思われるかなど、国という集団には関係がないわけだ。


 ……それが当たり前で、大前提だろう。


 そう考えれば、この王様の判断はこちらに随分と甘いものだということがわかる。

 周りの有象無象が思っている通りに、ここで自分に金を渡すことは王様の損にしかならないだろうに。


 ……見捨てる人間にまで情をかけることをどう捉えるかは難しいが。


 ただ、自分にとっては都合のいいことではあった。


 そういう意味では、この国に呼びつけられたことそれ自体は悪いことではなかったのかもしれなかった。


 運が良かったのかもしれなかった。


 ……まぁ不幸中に幸いを見つけても、大勢は変わらないのだけど。


 少なくとも区切りを素直に受け入れる理由のひとつにはなったから。


 俺は王様と視線を合わせた後で椅子から立ち上がり、頭を下げた。


「ありがとう。助かる」

『――――』


 一瞬だけ、部屋の中が無音になった気がした。


 ……そこまでかい。


 確かに振る舞いは粗野だったかもしれないけど。別に礼を言えないわけじゃないんですよ?


 内心でそう嘆息してから、頭を上げて椅子に座りなおした。


 王様は咳払いをした後で、何と言うべきか考えるように口をまごつかせていたが、


「…………」


 結局言うべき言葉が見つからなかったようで吐息を吐くだけに終わった。



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