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主人公、異世界での生活を始める 1


 さて、なんだかんだでこの城で生活することが決まった。


 それはいい。あの夜に開催された話し合いでも言ったように、就職直後に僻地に飛ばされたと開き直れば、ここで生活することそれ自体は受け入れられたからだ。


 しかし、どんな経緯であれ、どんな場所であれ。生活していれば、耐えがたいものというのは出てくるものである。


 究極的には慣れてしまえば全て無視できるようになることでもあるのだろうけども。そもそも生活を続けるために、改善できるのなら改善してしまいたいという欲求を抑えることは難しい。


 ……それが、異世界と呼ばれるほど違う場所ならなおさらだ。


 施設や文化の一部等を簡単に説明してもらったが、やはり異なる部分が目立って見えてしまうからだ。


 例えば、電気ガス水道そのほかインフラが整っていないところだとかは代表的なものだろう。


 電気は、施設を見る限りにおいて概念そのものがなさそうだったし。そう考えれば機械の類も無さそうだと判断できた。

 ガスも同様に存在せず、燃料としては薪などが主流なようだった。

 おまけに水道もないので、水の調達は井戸や川から汲んでくるしかないときた。


 ……こう並べ立ててみると、自分がどれほど恵まれた環境で生活してきたのかわかるわぁ。


 ため息しか出ない事実だが、無いものねだりをしたところで仕方がないということは理解しているのであまり考えないようにはしていた。


 ただ、考えないようにすることと、その環境に実際に耐えられるかどうかは別問題である。


 特に厳しいのはトイレの問題だった。

 紙は貴重品だから当然使えないし、かといって水も満足には使えない。

 そんなわけで不潔極まりなかった。


 ……だから嫌なんだよ。


 慣れろと言われても、臭いも酷くてなかなかに辛いものがあったわけだった。


 次に大きい問題は食事に関することだった。

 あまり調理という文化が発達していないのか、味が大雑把にすぎるのだ。

 調味料が無いのか、調理そのものに興味がないのかはわからないけれど、ジャンクフードや駄菓子の味が恋しくなってしまった。


 ……食えないものではないことだけが唯一の救いというところか。


 そのほか、細かい不満をあげればキリがないのだけども――嘆いたところで事態は改善されないあたりが何ともいえない気分にさせられた。


 ……この世界に来てからは、そんなことばかりだけどな。


 ただ、不幸中の幸いとでも言うべきこともあった。


 それは、懸念材料のひとつだった用意された訓練とやらが、どうにかなる程度の問題だったことである。


 訓練内容は筋トレ、マラソン、組み手といった基礎訓練が主だった。

 しかし用意された量が尋常じゃなかった。

 その訓練量はおよそ素人にいきなり課すような内容ではなく、おそらく軍隊出身者であっても引くレベルだろうと内心で悪態をついたものだったが。


 ……やってみると意外とこなせるんだもんなぁ。


 おそらく、牢屋で死にかけているときに想像した副作用がほぼ当たりだったということなのだろうと思う。


 本来なら動き続ける際に障害となる疲労や苦痛といったものに非常に鈍くなっているから、動き続けられるという塩梅になっているわけだった。


 これはこれで自分の活動限界を知る必要性が出て面倒なのだけど。与えられたメニューをこなすという当面の仕事を考えれば都合はいいので、ラッキーだったと考えておくことにした。


 それに――どうやら相手側でも当初からこの内容をこなせるとは思っていなかったらしく、きっちりこなしてやった時の相手の面といえば、そりゃあもう、笑いたくなるくらいに愉快なものだった。


 流石に組み手みたいな戦闘訓練は慣れない作業でうまくいかなかったから、相手の顔もしてやったりといったものになっていたのが多少悔しかったけれど。

 全体を通して得られた結果としては及第点というところだろう。


 ――まぁそんなわけで。


 あの話し合いから数日が経ち、今のところはこの城で保護を受けるために必要な仕事はきちんとこなせることがわかった。


 だからこそ、生活を快適に続けるための環境改善をしたい、という欲求が抑えられないわけで。

 そのためにアテにしたいものが、この世界に存在する魔術と呼ばれる技術なのだが。


 ……これもどこまでアテにできるか怪しいものなのがなぁ。


 魔術という技術は俺が居た世界には無かったものだ。


 ――いやまぁ、こんな事態に巻き込まれてしまった今となっては、もしかしたらあったのかもしれない思うけれども。それは置いといて。


 会話の上で魔術という単語を使っても訝しがる様子もなかった事実と、意思疎通を成立させている仕組みが自身の語彙力や単語に対する印象に依存しているという予想を基に考えるならば、この世界には本当に魔法のような技術としての魔術が存在していると考えられた。

 

……ただ、もし実際にそうなっているなら、もうちょっと生活が楽そうになってると思うんだよなぁ。


 想像と実態が一致しない。もやもやする。

 だけど確かめる手段はない。


「…………」


 どうしたものかと考えていると――たしか話し合いを都度持とうという話になっていたなということを思い出した。


 どうしたらその機会が持てるのかはわからないというのが厄介なところだったが――とりあえず世話役として宛がわれている人間に言い続ければどうにかなるかと伝え続けてたところ、今日の夜であればと回答が来た。


 断る理由はなかったから、すぐに了承の返事をした。


 そして、今度の相手も話が通じるといいんだが、なんて思いつつ。

 あの夜と同じように、二人の案内役に連れて行かれた部屋へと入ることになったのだった。



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