07
蹴破られたドアに吹っ飛ばされた敵が廊下に転がる。それに一瞬を気を取られた瞬間に、アリーゼのハンドガンが火を吹く。狙いは、相手が手にしているSMGとヘッドギアへの射撃による昏倒だ。
瞬く間に巡回の2人は倒れて動かなくなる。その間に、ジャックが閉じ込められていた部屋から飛び出し、スタジアムの出口を目指して、シズマとアリーゼ、そして攫われていたジャックは駆け出した。
侵入はバレた。こちらの目的も気づかれたことだろう。今、何処まで情報が伝わったかは定かではないが、簡単に脱出できないのは言うまでもない。それでも今は脱出が最優先だ。
「いたぞ、やれ!!」
「させない」
通路を走っていると、前方から別の敵が姿を現した。すぐさまこちらに気がついてSMGを向けてくるが、やはりアリーゼの敵ではない。
瞬く間に銃声が響き、沈黙させられる。
こちらは移動しながら、相手は立ち止まって。動いている目標よりも止まっている目標の方が狙いやすい、とはアリーゼの弁だが、こちらは移動しながらの射撃である。それでもその命中精度に歪みは一切ない。
さらに通路を駆け抜ける。散発的に敵と遭遇するが、そのいずれもがアリーゼの手によって沈黙されていく。
脱出は順調、そう思いかけるも気持ちを逆に引き締める。こういう状況でこそ、油断しないことが重要なのだ。
「……!!シズマ、ストップ」
アリーゼが不意に制止の声をかけた。その言葉にシズマが立ち止まり、ジャックの手を掴んで強引に彼も止める。直後、足元で銃弾が弾けた。
「物陰に」
続くアリーゼの言葉に、すぐさま近くにあった柱の陰へと身を滑り込ませた。一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに事情はわかった。
「…スナイパーか」
「ん。外から撃ってきた」
そう言って柱の陰から、窓の外を指差す。ちょうど、今いる場所はちょっとした展望フロアとなっていた。基本的に完全屋内ではあるが、ところどころこうして広めの窓が置かれているエリアがある。そこを通過すると判断して、待ち伏せていたようだ。
「ぐずぐずしていると追っ手が来る」
「そうだな。スナイパーの援護つきの状態で、やりあうのはちょっと厳しいな。狙えるか?」
「ちょっと厳しい。ハンドガンじゃ届かない距離」
「だったら、俺が何とかするしかないな」
すぐにシズマは柱から風を送り込む。窓に穴が空いているおかげで、回り道させる必要はない。大体の射撃位置は見当が付いている。すぐにスナイパーの位置を特定する事が出来た。
「よし、ジャック。今度はアリーゼと一緒に行くんだ」
そう告げて、ゆっくりとした動きで柱の陰から出る。刀は鞘に収めたまま、柄には手をかけている。やがて遠くの方できらりと一瞬何かが煌いた。
刹那。剣閃が煌き、シズマの後ろ二箇所で火花が散った。
「いまだ、行け!!」
シズマが叫び、アリーゼとジャックがその場から駆け出す。少し遅れてシズマも刀を鞘に戻しつつ駆け出し、アリーゼとジャックの盾になる位置取りを保ちつつ並んで駆け出す。
次の狙撃。だが、アリーゼとジャックを狙ったその一撃はシズマの居合によって切り払われる。
「連射されてたらきついが、これならなんとかなるな」
「私が対処する?」
「いや大丈夫。そもそも残弾少ないだろ?」
「あ…」
そもそも一仕事終えて、弾を補充しようとした矢先にジャックと会ったのだ。そして、いろいろあって、そのままこっちに来てしまった。まだ幾らかは残っているが、あんまり派手に撃ちまくれるほど弾は残っていない。両手の銃にそれぞれ残り1マガジン分だ。
「思い立ったが吉日なのはいいけど、そこら辺は気をつけないとだぞ?」
「ん、ちょっと失敗した。気をつける」
「それ以前に、思い立ったが吉日ってのがまずいんじゃねーの?」
「「………」」
シズマの忠告にアリーゼが答え、それを聞いて、ジャックが首を傾げながら呟く。非常に的を得た発言ゆえに思わず黙り込む2人。アリーゼは痛い所を突かれて。シズマはそのスタンスが常に日常になってて感覚が鈍っている事実に気づいて、である。
とりあえずシズマのガードのおかげもあって、再び壁に覆われた通路へと周りの風景は変わっていた。ひとまず狙撃の心配はいらないだろう。
「アリーゼ、ポジションチェンジだ」
「ん」
前衛と後衛を入れ替える。大丈夫とは思うが、アリーゼの手持ちの弾が少なくなっている手前、可能であれば温存したいと言う気持ちからだ。
今度はアリーゼがジャックの傍に並び、少し前をシズマが走る。だが、狙撃されたのを最後に敵との遭遇は全くなくなっていた。出口へと急ぎつつも、その事に気づいたアリーゼが首をかしげる。
「…打ち止め?」
「どうだろうな。このまま引き下がるとも思えないが」
「なんかちょっとだけいやな予感がする」
「俺もだ」
だが、それでも立ち止まるわけにはいかない。とりあえずスタジアムから脱出する事を優先して、出口を目指す。結局道中でさらに遭遇する事はなくいまま出口へとたどり着く事が出来た。だが、出口を出たところで、いきなりライトを浴びせられた。
「「!!」」
立ち止まる。
ライトの逆光がまぶしくて相手の姿がよく見えないが、それでも何人もの敵が銃をこちらに向けているのは間違いなかった。
「ここまでだ。シズマ・ミナヅキ。アリーゼ・レクエイム」
ライトの光を背に、1人のスーツを来た男が姿を現す。周りにはこれまで遭遇した手機兵よりもさらに防御力のありそうなアーマーに身を包んだ護衛が2人、両サイドに並んでいる。装備もSMGではなくLMG…軽機関銃だ。
「まさかこちらの時間指定を無視して切り込んでくるとは思わなかったよ」
「大事な物をさっさと届けようと思ってきたけど、渡し主がわからなかった」
「ふん、よく言う」
アリーゼの言葉を鼻で笑い、僅かに目を細めて睨み返す。
「まぁいい。メモリースティックを渡せ。そうすれば命まではとらない」
「わかった」
「アリーゼ?」
「ねーちゃん?」
敵のボスと思しき男の言葉にアリーゼが即答し、シズマとジャックの2人が揃ってアリーゼの顔を見る。そこでちょうどアリーゼとシズマの目が合う。しばしの沈黙がその場を包み、おもむろにアリーゼが口を開く。
「シズマ、今何分くらい?」
「……。50分くらいかな。いや52…54…。待てよ7時過ぎてるから4分か9分か…、12分くらいか」
「そっか」
「………?」
よくわからないやりとりに敵のボスが首を傾げる。それを追求しようと口を開きかけるも、アリーゼがメモリースティックを懐から出したのを見て、結局追求はしなかった。
「これでしょ? ほら」
そう言ってアリーゼがメモリースティックをボスの方へと放り投げた。普通に投げるのではなく、大きく放物線を描くように高く。
自然とボスや周りの視線がそれへと向くその瞬間。
アリーゼが両手の銃を抜いた。抜きざまに両手を左右へと広げながら、銃を一気に連射し、幾人もの小さな悲鳴が響く。防弾アーマー装備の敵は無事だったが、それでも銃弾を撃ち込まれてわずかに怯む。
「馬鹿な?!見えない相手を狙い撃っただと!?」
「いやアリーゼには位置がわかってたぞ。俺が伝えたからな」
そんな言葉と共にシズマが距離を詰める。
「砕・突風!!」
瞬時に距離を詰め、強力な突きを繰り出す。勢いに加え螺旋状に強力な風を纏った状態での刀の突きを防弾アーマーの相手へと叩き込む。アーマーが抉られつつ、突進を受けてシズマもろとも護衛の1人が後ろへと共にいなくなる。
強力な防御力を誇るはずの1人が沈められ、ボスの表情が驚きの色に染まる。そうしている間にアリーゼがボスへと銃を向けていた。すぐさま護衛が正面へと立つ。防弾アーマーを来ているのだ。双銃の奇術師と呼ばれるほどのガンナーであろうと、さすがにベスト以上の防御を抜く手段はない…はず。
「無駄なことを…!!」
「やってみなきゃわからない」
アリーゼが引き金を引く。
…カチン。
小さな音が響いた。ある程度、こう言った世界に身を追いている者なら、それが何を意味するかはよくわかる。弾切れだ。
一瞬、時間が止まったように感じた。その場にいた誰もがあまりにも予想外な出来事に固まっていた。双銃の奇術師などと呼ばれる二つ名持ちが、残弾計算をミスったのである。
「…は、はははっ。どうやら運は私に向いていたようだな!!」
「問題ない」
次の瞬間。護衛の1人が轟く風と共に豪快に横へと吹き跳んだ。何事だと振り返れば、先ほどと同じ突きを受けて、押し込まれるように運ばれていく護衛の姿がそこに。
「……なっ?!」
いつの間に!?と目を丸くするボスにアリーゼは静かに右手に持っていたハンドガンを降ろす。
「私がミスをすれば、皆動きが止まると思ってた。それが狙い」
「わ、わざとだと?!」
「今日の私だとその装備は、さすがにさくっとは倒せないから。シズマが戻ってくる時間を稼いだ。そして、こっちは弾が一発残ってる。一発あれば、あなたは仕留められる。どうする?」
そう言って、左手にもったハンドガンを静かに向けらる。
形勢はこちらが有利だったはずなのに、一瞬の隙を突かれて護衛は瞬く間に全滅させられてしまった。
双銃の奇術師と疾風の刃。2人とも二つ名もちのフリーランスではあるが、それと同時に2人が一つのチームであることを、ボスは思い出していた。
「伊達にチームを組んでいるわけではないと言うわけか…」
「ん。チーム・べヨネット。私達の登録名称はそれ」
べヨネット。英語で意味は「銃剣」。それが2人がフリーランスのチームとして登録している名称であった。
「2人で一つのチーム。だから片方忘れた時点で勝ち目はない」
アリーゼが告げる。それを聞いて、ボスは観念したようにその場に膝から崩れ落ちるのであった。