06
『ジャックが相手に誘拐された。メモリースティックと交換だそうだ』
追っ手を退けたアリーゼの元に届いた電話の内容に、アリーゼの動きが止まる。だが、ここまで色々な手でメモリースティックを取り返そうとしてきた連中である。目的のためなら、手段を選ばないとしても、なんら不思議ではない。むしろ、敵が意外にあっさりと引き下がった理由もわかった気がした。最初から、ここで失敗したら次の手として備えていたのである。
だが、それならそれでこちらにも考えはある。やる事は決まっている。
「場所は?」
『郊外のスタジアムだそうだ。そこに今から2時間後、メモリースティックを持って、1人で来いと。来なかったら、人質の命はないそうだ』
「ん…。じゃあ、速達プラン」
『速達か。わかった。じゃあ、まずは合流しよう。場所は、昼飯食ったところで』
即座に言葉を交わす。速達、の一言でシズマは何を企んだ察したようだった。だがまずは合流することにして、電話を切る。アリーゼは、すぐさま止めてあるバイクに飛び乗ると、一路昼間に食事をしたファーストフード店へと向かうのであった。
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それから30分後。合流してシズマとアリーゼの2人はすぐに移動。スタジアムを見渡せる近くのビルの屋上に、その姿があった。シズマはビルの縁に足を乗せてスタジアムを眺めており、アリーゼはちょこんと適当な場所に腰を下ろしている。
「どう?」
「まだ来てないようだ。風で網は張ってるから、ここに来れば先に気づける」
振り向くことなくシズマが答える。
風による探査。それはシズマの得意な技の一つだ。風使いであるシズマは、風を通じて周囲の状況を知ることが出来、広域探査なども行う事が出来る。風であるため、侵入できない場所はほぼなく、相手に気づかれる事もほとんどない。索敵手段としては、かなり強力な部類だ。強いて難点を言うなら、レーダーのように広範囲を一気に調べるのではなく、偵察機を飛ばして探査するようなものなので、距離や広さに比例して探索時間が必要となることくらいか。
それでも上手く使えば、かなりのアドバンテージを得られる力なのは間違いない。
「…見つけた。これは、また大集団だな。30くらいいるぞ」
そう言って、シズマが指を差す。それを見て、アリーゼも座っている場所から立ち上って、隣へと移動。スタジアムの方を見る。
調べ
「ん、ぞろぞろいる。同じ奴ら」
「ジャックも見つけた。怪我とかはないな」
「あったら、全力で殲滅する」
ちょっとだけ不機嫌そうにアリーゼが答える。相変わらずのポーカーフェイスだが、どことなく負のオーラが漂ってるようにも感じる。
「まぁ、それには俺も同意する。幸いにも逆鱗には触れなかったようだけどな。よし、それじゃあ速達するか」
「ん、お届け物は早い方がいい」
互いに顔を見合わせて頷く。そして、すぐさま移動を開始することにする。受け渡しの時間は指定されたが、それに素直に従うつもりは一切ない。少しでもジャックを安全に助けるため、相手が用意し終わる前に、こちらから仕掛けるつもりなのだ。
と、言うわけでビルを降りて、大きく迂回して待ち伏せんために展開している敵集団の警戒網を潜ってスタジアム内に侵入する。シズマの風索敵があるので、くぐりぬけるのはそう難しいことではない。
照明の消えた薄暗い通路を静かに進んでいく。
「今の所、控え室みたいなところにいるようだな。このまま真っ直ぐ行けば、直にたどり着くだろうよ。……っと、巡回が来たな。数は2。やり過ごせるならやり過ごした方が良いが…」
「そこに更衣室がある」
アリーゼが指を差した方向を見れば、そこには更衣室の入口があった。その中に隠れれば、今きている巡回をやりすごすことはできそうだ。
「じゃあ、そこに隠れるか」
「どっちに入る?」
「え?」
アリーゼの不意の問い掛けに、シズマの動きが止まる。そして気づいた。更衣室は男女別だ。
「ちなみに私は男子更衣室は遠慮したい」
「いや、それを言うなら。俺だって、女子更衣室に入る気はないぞ?」
「「………」」
2人の間を沈黙が支配する。だが、ぐずぐずしている暇はない。こうしている間にも巡回は近づいてきているのだ。
「となれば、いつものアレで平等に決めるしかない」
「いつものアレか…。わかった」
向き合う。そして構える。巡回がこっちくるまでには数分はあるので、コレくらいの余裕はまだある。2人の間には決闘でもするかのような、張り詰めた緊張感があった。意見が食い違って平行線になった時の対処方法の一つである。
「じゃあいくぞ」
「ん」
「「じゃーんけーん……ぽん!!」」
二人の手が前に出る。勝ったのは、アリーゼだった。
「勝った。じゃあ、観念して入る」
「少しだけ待ってくれ。ちょっと心の準備を…」
「ほら、さっさとする」
ぐぬぬっと悔しそうな顔をしつつも、アリーゼに引っ張られる形で女子更衣室に入るシズマ。別に着替えるわけではないのだが、それでも一人の男として思う事は色々ある。入った瞬間、あぁついにやっちまった…とブルーになるが、幸いにもアリーゼはそういうことを気にするタイプではないのが唯一の救いだろう。
そのまま女子更衣室の中に隠れて、巡回を無事にやり過ごす。それから、隠れている場所を出て再び移動を再会したところで、ふと気づいたようにアリーゼが呟いた。
「それぞれ別々に隠れるって手もあった」
「アリーゼ……。お前、なんでそれをこのタイミングで言うんだ…」
「今気づいたから?」
「………あぁ、うん。そういう奴だよな、お前は」
がっくしと肩を落とすシズマ。これで悪気は一切ないのだから、ある意味性質は悪い。でも、やっぱりもう少し早く気づいてほしかったと思わずにはいられない。最も、別々に隠れると言うアイデアを思いつかなかった自分も自分なのだが。
だが、とりあえず落ち込むのは後にしよう。何はともあれ、ジャックを助け出さなくてはいけないのだ。
さらに通路を進むことしばし。目的の部屋が見える位置まで二人はたどり着くことが出来た。物陰から様子を伺えば、入口に二人見張りが立っている。
「シズマ、任せた」
「任された」
短く言葉を交わし、すぐさまシズマがその場で身を低く構える。なるべく安全に助けるためには、静かに相手を無力化する必要がある。だが隠密行動と言う点においては、アリーゼはやや不向きだ。そもそも銃で、相手を気絶させるのが難しい。
だから、こういう時は大抵シズマの出番となるのだ。
「疾風!!」
風を纏い、高速移動の技を使って一気に距離をつめる。相手がシズマの接近に気づいた時には、すでに1人が刀の柄を鳩尾に叩き込まれて沈黙するところだった。すぐさま味方に知らせるために声を上げつつSMGを向ける敵兵であったが、声を上げる間もなく、鞘底による打突を叩き込まれてその場に倒れこむ。
ほんの数秒の展開であった。
「…これでよし、と」
「ん、おつかれ。後は中だけ」
「今度は気づかれずにってのは無理だろうな」
入口は一つだ。当然中の連中も、そこそこに警戒はしているだろう。
「じゃ、私がやる」
「そうか?じゃあ、頼む」
「ん」
アリーゼは頷くと、ホルスターからサイレンサーをつけたハンドガンを右手に抜く。左手でドアノブを掴み、ゆっくり静かに開けていく。僅かに隙間が出来、中の様子が見えてくる。敵の数は2人だった。1人は部屋の隅に座らせたジャックへと銃を向けており、もう一人は暇そうに壁に寄りかかっている。それぞれ離れた位置に立っている辺りが地味に嫌らしい。
位置は確認できた。ならば後は無力化するだけ。。一度そーっとドアを閉め、左手にもハンドガン―サイレンサーをつけている―を持つ。
ふっと小さく息を吸えば、アリーゼはおもむろにドアを開いた。
「「!?」」
突然の乱入者に敵が驚いた様子でこちらにSMGを向ける。だが、それよりも早くアリーゼの両手の銃口がすでに相手を捕捉していた。
静か銃声が4つ響く。2発ワンセット。一発目と二発目で手持ちのSMGをそれぞれ撃ちぬき、続く2発でそれぞれに相手の頭部を狙う。通常なら即死コースだが、相手は防具も充実した面々。しっかり防弾のヘッドギアを装備しているので死ぬことはないだろう。最も叩き込まれる衝撃までは防げないので、そうとうキツイ一撃なのには変わりないのだが。
見張りの無力化と同時に部屋の中へと突入する。見れば、ジャックが驚いたようにこっちを見ている姿が見え、声をかける。
「助けに来た」
「ねーちゃん!!にーちゃん!!」
入ってくるアリーゼとシズマに気づけば、ジャックはすぐさま駆け寄ってきて、アリーゼに抱きつく。やはり怖かったのだろう。抱きとめると、僅かに身体が震えているのがわかった。
「大丈夫?」
「…俺は大丈夫。ちょっと荒っぽくされただけだよ」
「よくがんばったな」
ぽんぽんとシズマがジャックの頭を撫でる。
「とりあえず目的は果たした。さっさと撤収するぞ」
「ん。ジャック、今から逃げる」
「う、うん。わかった」
ジャックに告げると、彼は小さく頷いた。それを見て、即座にその場からの脱出すべく、部屋の外へと出ようとする。が、そこでシズマが2人を片手で制した。声を出すな、とジェスチャーで伝えてきて黙る。
静かに耳を澄ませば、巡回チームが部屋の外に倒れている二人を見つけてしまったようだった。
間違いなく侵入がバレた。こちらが部屋の中にいるかどうかはまだわからないだろうが、ジャックを連れ出したことは容易に想像が付くだろう。脱出が容易でなくなるのは確実だ。
「まずいことになった。静かに帰るのは無理そうだ」
眉を潜めつつシズマが告げる。が、それに対してアリーゼは、やはり表情を変えぬまま落ち着いた声で答える。
「だったらやる事は決まってる。静かに帰れなら、騒いで帰ればいい」
「やっぱり、それしかないか…」
小さくため息を一つ。そしてアリーゼの方を見る。
「アリーゼ、前衛を頼む。俺はジャックのガードに専念する。援護はあまり出来ないと思ってくれ」
「ん、わかった。」
「ジャック。今から大暴れしながら帰ることになる。俺から絶対離れるなよ?」
「わ、わかった!!」
ジャックが頷く。置かれた状況はわかっているはずだが、そのわりには落ち着いている気もする。スラム育ちのせいだろうか。肝が据わっている子だ、と内心苦笑いすら浮かぶ。
「大した子だな。…よし、それじゃあいくか」
そう言ってシズマが扉の方へと視線を向ける。外の敵はいままさにこちらの部屋を確認しようとドアの部に手を伸ばしているところだ。
「いくぞアリーゼ」
「ん。派手に行く」
シズマの言葉に頷き、アリーゼはドア向こうの相手ごと吹き飛ばす勢いで蹴りを繰り出した。




